第16話 16、交易者用の宿
<< 16、交易者用の宿 >>
「大儲けしたわね。そろそろ夕方になるし、宿に行きましょうか。」
「千姉さんはどうして勝ったのですか。」
「私が小粒の数を知らなかったからだと思うわ。あの打ち手は相手が迷った時にどちらにするかを暗示できるのだと思う。自分の山が偶数だったら相手が奇数にするように暗示するの。だから自由にゲームをコントロールできるのね。でも私は袋の中の数も知らなかったから相手は勝負せざるを得なかったの。」
「それじゃあ負ける場合もあったのですか。」
「そうよ。だから私は勝負師なの。でも1個の小粒は袋に残したの。負けた時の保険ね。一つあればいくらでも複製できるから。」
千とミーナはもと来た道を戻って宿の前に来た。
宿屋の扉を開けると広い土間があり、四角形の立ち上がりが中央に張り出していた。
板張りの立ち上がりの中央には低い板で囲まれた番台があって、老人が腰掛けていた。
二人が土間に立つと番台の老人は二人に声をかけた。
「ここは交易者用の宿だ。お前達は交易者か。」
「私たちはこの町に初めて来た交易者です。この場所は船溜まりの男の方に教えてもらいました。今晩ここに泊めていただけますか。」
「頭の中で話す若い娘か。初めてだな。部屋は空いている。この宿の料金は一人一室一泊で金の小粒一つだ。夕飯が付いている。だが、お前達は二人だから二人部屋一つを使うがいいだろう。二人部屋は少し広くて寝場所が2つある。料金はそうだな、小粒二つでは二部屋と比べると割高になるから1泊小粒一つ半でどうだ。ただし、二泊が条件だ。」
「よろしゅうございます。それでお願いします。料金は前払いですか。」
「当たり前だ。交易者は居なくなると請求できないからな。」
「ごもっともで。それでは二人で二泊をお願いします。」
そう言ってミーナをはち切れんばかりの小袋から金の小粒3個を取り出して相手の机の上に置いた。」
「大金を持っているな。注意しておこう。金と交易品は自分で守れ。盗難に関しては宿は保障しない。部屋の引き戸は内側から用心棒で閉めることができるが、大金は人の心を変える場合がある。特に交易者ではな。交易者は逃げ切れたら捕まらない。赤目や金目なら自由に部屋に入ることができるはずだ。緑目なら用心棒を動かすことも出来るかもしれない。」
「泥棒や強盗を捕まえるお役人様はこの町には居ないのでしょうか。」
「居ることは居るが数が少ないし、役人が守るのはこの町の市民だけだ。奴隷や外来者は守らない。」
「それではどうしたらいいのでしょうか。」
「どうしようもない。お前達は女だ。不思議の力はない。男なら不思議の目を持っている。普通、不思議の目は閉じられているから相手がどんな力を持っているのか分らない。それが抑止力として働いて不法な行動を押さえるのだ。だが女には不思議の力はないから相手は安心して不法な行為をすることができる。もし、信頼できる男がいるなら護衛として雇えばいいのかもしれん。護衛の宿賃は取らない。食事も出さない。」
「分りました。部屋はどこですか。」
「お前達の右側の突き当たりだ。ここから一番近い部屋だ。食事は左側の突き当たりで戸は無くて開いている。木鐸(ぼくたく)の音がしたら食事を取りに来い。木札を四枚渡しておく。木札を一枚渡して食事をもらう。今日の夕食は米の握り飯と川魚の焼き物と野菜だ。食べ物は木の板の上に載っている。部屋に持って帰って部屋の中で食事を取る。終わったら木の板を食堂に戻す。わかったか。」
「分りました。便所はどこでしょう。」
「宿の裏手だ。この土間を奥に行って外に出ると便所がある。すぐ分る。女だから二人連れで行くのがいいだろう。雨の時は辛いがな。」
「水飲み場はどこですか。」
「食堂の入口の横に井戸が見えるだろう。あそこだ。桶が着いた竹竿を入れて汲み上げる。飲み水専用だ。あそこで体を洗ってはならない。体を洗いたければ便所の少し横に水が樋(とい)を伝って流れっぱなしの所がある。そこであらえばいい。」
「いろいろと説明していただきありがとうございます。それでは部屋に行こうと思います。」
ミーナと千は土間に面した部屋に入って用心棒を引き戸にかけた。
部屋は何も飾りが無い四角でドアの反対側に格子の着いた大きな窓が嵌(は)まっている。外とは素通しだ。
壁の両側には木のベッドが造られていた。
「無事に宿を取れたわね。あの番台の老人、なかなか率直で親切な老人だった。」
千は部屋に入って壁の両側にある木製のベッドの一つに腰掛けて言った。
「そうですね。つっけんどんだけど必要なことを言ってくれました。」
「喉が渇いたわね。ミーナ、ココアとクリームソーダとミルクセーキとクルコルとどれがいい。」
「そんな飲み物がここで飲めるのですか。」
「マンに出前を頼むことにするわ。夜にはどのみち男の護衛が必要でしょ。」
「そうでした。クルコルって初めての飲み物ですね。どんなものですか。」
「色は琥珀色で透明で甘くはないわ。この星ではいずれコーヒーって呼ばれるわ。」
「千姉さんは未来が分るのですか。」
「私の不思議の力の一つよ。この世界は便利ね。不合理に思えることでも何でも『不思議の力』で説明できてしまう。」
「コーヒーを飲んで見たいと思います。千姉さん。」
「了解。」
千は左手首のバンドに「コーヒーとポット」と言った。
暫くして扉をノックする音がした。
千が用心棒を外すと外からホムスク語が聞こえて来た。
「千様、コーヒーをお持ちしました。」
千が引き戸を開けると洋服を着た人間の姿をしたロボットのマンがお盆を体の前に捧げて立っていた。
「ありがとう、マン。」
そう言って千はマンからお盆を受け取り部屋の中のベッドの上に置いた。
「この男はあんた等の仲間か。言葉が通じない。勝手に入って来て、教えもしないのにあんた等の部屋の前に行った。」
マンの蔭で見えなかったが、マンの後ろに番台の老人が立っていた。
「そうでしたか。ご迷惑をおかけしたようですね。この男は私の従者で護衛を頼もうと思いました。」
千はマンの横から言った。
マンは横に移動して千の視界を開けた。
「そうか、えらく重い男だな。後ろから掴もうとしてもびくともしなかった。」
「はい、鍛えた男ですから。言葉は通じません。」
「こいつが持って来たのは飲み物か。」
「そうですよ。飲んでみますか。」
「ほんとうか。酒か。」
「いいえ。アルコールではありません。」
「アルコールだと。初めて聞く言葉だ。少しでいいから飲ませてくれんか。」
「いいですよ。たくさん持って来てくれましたからお分けします。容器を持って来て下さい。」
「分った。ありがたい。」
老人は食堂に小走りに入って行き、方形の木製の升を持って来た。
千は部屋の中からガラスポットを持って来て老人の持つ升の中に半分ほど注いだ。
「まだ熱いかもしれませんから火傷をしないように飲んで下さい。」
老人は湯気の出ているコーヒーを慎重に啜った。
「初めての味だ。うまいな。」
「ご老人は甘い物がお好きですか。コーヒーを甘くすることができます。」
「甘みか。どんな味だろう。聞いたことがない。」
「そうですか。ちょっと待ってて下さいね。」
千はそう言ってポットを持って部屋に入り、ポットを置いてからお盆にあった角砂糖の入れ物から角砂糖を一つ摘んで戻った。
「これは角砂糖です。これをコーヒーに入れると甘くなります。入れて飲みますか。」
「悪砂糖か。入れてみてくれ。」
「悪砂糖ではありません。角砂糖です。入れたら溶けるように少し揺すったらいいですよ。」
そう言って千は角砂糖を升にいれた。
「これはうまいな。入れない物よりうまい。だがいつも飲むなら前の方がいいかもしれんな。」
「私もそうしています。通の飲み方ですよ。」
「分った。用心棒のことも分った。強そうな護衛だ。」
老人はそう言って升を持ちながら番台に戻った。
「マン、私たちを護衛しなさい。」
「了解しました、千様。」
ロボットのマンは引き戸の横に直立した。
「ミーナ、コーヒーを飲みましょう。」
千はそう言ってカップを並べてポットからコーヒーを注いだ。
ミーナはコーヒーは苦いと思ったが、角砂糖入りのコーヒーは好きになった。
若い娘はやはり独特の味感を持っている。
おそらく大人になったら消えて行く感覚だ。
宵闇が迫って来た。
ミーナと千はマンをつれて便所に行った。
ミーナと千は順番に用を済ませてから千はミーナに言った。
「ミーナ、私、やっぱりここでは眠れないわ。あんな硬いベッドでは眠れない。いつものようにフライヤーの中で眠っていいかしら。」
「了解。」
「マンを護衛として残しておくわ。マンがいれば絶対に安全だから。部屋の中にいれておけばいいわ。ホムスク語で話せばわかるから。」
「了解。」
千は左手首のバンドにフライヤーと言った。
フライヤーは見えなかったがこの近くの空に浮いているはずだ。
「マン、私をフライヤーに連れて行って。それからここに戻ってミーナを一晩中護衛して。」
「了解しました、千様。最初に千様を連れて行きます。」
そう言ってマンは千を後ろから抱きしめ上空に高速で昇って行った。
数秒後にマンはミーナの前に突然現れた。
遷移したに違いなかった。
「ミーナ様、護衛いたします。」
マンはホムスク語で言った。
「よろしくね、マンさん。」
ミーナはホムスク語でそう言って宿の方に歩き始めた。
マンは後に続いた。
部屋に着くと木鐸の音が聞こえた。
扉を開けると辺りは少し暗くなって土間には油の入った石の容器から出した芯に火が灯されていた。
ミーナは部屋から木札を2枚持って食堂に行き木の板に載った夕食を二つもらった。
ミーナは二人分を食べた。
お腹が空いていたのだった。
お盆を食堂に持って行った後は何もすることがなかった。
「マンさん、私は眠ります。もうすぐ真っ暗になると思います。真っ暗でも大丈夫ですか。」
「大丈夫です。私は暗闇でも見ることができます。」
「凄いですね。後はよろしくお願いします。」
「了解しました。ミーナ様を護衛いたします。」
ミーナはお腹がいっぱいになって木製のベッドに横になるとすぐさま深い眠りに入った。
狭い丸木舟で眠るよりもずっと心地よかったのだ。
予想通り深夜に族が侵入した。
テレポーションで直接に部屋の中に入って来た。
部屋の構造は熟知しているらしい。ベッドとベッドの間に10㎝くらいの高さに遷移して来て静かに床に着地した。
手には抜き身のナイフを握っている。
賊が静かに一歩ベッドに近づいた時、賊の男は背後から両脇を掴まれ、掴まれたことを感じたときは上空の高みにいた。
賊が下に月明かりにおぼろに浮かぶ町を見た直後、賊の胴体は2つに切断されて落下して行った。
叫び声を発する間もなかった。
マンは何事もなかったようにベッドの横の定位置に遷移して前と同じように立った。
30分後に二人目の賊が侵入して来た。
仲間がいつまで経っても戻って来なかったので心配になったのだ。
今度の賊は窓際に遷移して来た。
その賊は部屋の状況を暗闇に透かして観察しようとするまえに体が動かなくなり、あっと思う間に夜空を落下し始めていた。
その賊も遷移して落下から逃げることはできなかった。
落下し始めた直後に賊の体は原子に分解して消えた。
マンは何事もなかったようにベッドの横の定位置に遷移して再び前と同じように立った。
空が夜明け前の明るさで満たされた時、ミーナは爽やかに目覚め、金の小粒が無事であったことを確認した。
「お早う、マンさん。何事もなかったようですね。」
「はい、賊が二人入りましたが始末いたしました。」
「気がつかなかった。熟睡していたのね。」
「はい、ミーナ様は熟睡しておりました。」
「賊はどうやって入って来たのですか。」
「二人とも遷移で入って来ました。そこから推測されることは二人の賊はこの部屋の構造を熟知しており、この部屋の賊の常連だということです。」
「マンさんはとても賢いのですね。」
「私は普通のロボットです。」
「千姉さんはもう起きたかどうかわかりますか。」
「分ります。千様はまだ眠っておられます。」
「そしたら私、お便所に行ってくるわ。」
「お供致します。」
「えーっ。・・・そうね。見張っていてね。」
「了解しました、ミーナ様。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます