第13話 13、青目族の川関所 

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 桟橋に着くと丸木舟は無事だったことがわかった。

「案内してくれてありがとう、大男さん。」

そう言って千とミーナは丸木舟に乗り込み、舫紐(もやいひも)を解いて船に入れた。

「私の名前はドアナと言います、女神様。」

「強そうな名前ね。」

「私は生涯、女神様の味方です。」

「ありがとう。長生きしてね。ドアナ。」

千がそう言った時には既に丸木舟は数m流されて流れに乗っていた。

 「おもしろかったわね。テレポーションの赤目族か。おそらく強い部族ね。緑目族はテレキネシスが不思議の力でミーナの部落の隣の茶色目族は読心力だった。テレポーションと心臓への念動力の二つを持つ部族は金色の目を持っていたわね。しかも生活レベルがそれぞれの部族で違っている。ミーナの部族の男は何色の目を持っているの。」

「黒です。長老が言うには危険を予知が出来るそうです。うちの部族は襲撃された事は一度もありません。数日前に襲撃が分るそうです。だからいつも逃げ回っているのです。」

「それでは安定した生活はできないわね。家を建てることもできないし、穀物も育てることができない。いつまで経っても狩猟生活ね。強い不思議の力を持つ部族ほど安定した生活をすることができるので生活レベルに違いができるのかしら。」

「はい、そう思います。」

 「みんな協力し合えば強い集団になるのにね。言葉が問題ね。」

「はい、そう思います。赤目族と話すのが出来たのはこの帽子のおかげです。言葉が通じなかったら殺し合いになったと思います。でもみんながこの帽子を持つのはできません。共通の言葉が必要です。共通の言葉を教えるにはこの帽子が必要となります。」

「そう思うわ。ミーナがそうするかもね。今日はもう岸に着けて休みましょうか。長い一日だったわ。」

「意義無し、千姉さん。」

 翌朝は少し遅くに出発した。

丸木舟の左舷に括(くく)ってあった木の柱を丸木舟の中央前方に立て、船の舳先の格納庫にあった帆を出し、マストに緩く縛って簡単な三角帆を作ったからだ。

右舷に接して付けてあった補助浮きの物入れも張り出して固定した。

二本のオールも丸木舟の中に入れた。

この辺りの川幅は広がり竹の棒では川底にとどかなくなっていた。

川の流れもゆっくりしたものになっており、オールで漕ぐか帆走しなければ満足に進むことができなくなっていた。

 三角帆で船が進む原理は教えてもらっていたがミーナが実際に操るのは初めてだった。

ミーナには言っていなかったが千自身も丸木舟の帆走は初めてだった。

予想通り、川の中央に進めたのだが、最初は満足に帆走できなかった。

しかしながら、原理を知っている賢い二人は1時間もかからずなんとか思い通りに丸木舟を進めることができるようになった。

短いキールより丸木舟の長い船体の抵抗が効果的だったらしい。

補助浮き(アウトリガー)のおかげで風にも負けず丸木舟は以前よりもずっと安定した。

三角帆にはこの世界には不似合いな金属製品と丈夫な紐がしれっとして使われていた。

見つからなければいいのだ。

 川を下ると前方に橋が見えた。

この辺りでは川幅が狭くなっているが流れはゆっくりだ。

近づくと橋は小舟を連ねて綱で結び、小舟の上に板を掛けて人が川を渡れるようになっている浮き橋になっていた。

浮き橋の川岸近くには川の中に杭を立てて長い桟橋(さんばし)ができており、浮き橋は桟橋に繋がっていた。

「これは関所ね。川を下って海辺の町に行くにはここを通らなければならないわけね。」

千は又も不敵に微笑んだ。

「無事に通ることができるのでしょうか。言葉はどうしているのでしょうか。」

「まあ、行って見れば分るでしょう。でもここは通行には邪魔ね。」

 千とミーナは浮き橋の関所に近づくと三角帆を降ろして畳み、川の流れに乗ってオールで調節しながら丸木舟を桟橋のある方向に進めた。

川の関所に近づくと既に3艘(そう)の船が桟橋に縦に並んでいることが見えた。

桟橋は川に沿って長く続いており、岸側の桟橋に沿って建っている長細い小屋の中には短弓を肩に挟んだ兵士が長椅子に整列して腰掛けている。

関所を破る船があれば弓を射るようだ。

桟橋は川側にもあるので船は川中に方向を変えることができない。

ミーナが舵を操って桟橋の最後尾の船の後ろに丸木舟を着けると、ちょうど二つ前の船の検査が始まったところだった。

 「わしの言葉がわかるか。どこから来た。どの部族だ。積み荷は何だ。」

『すみません。何を言っているのか分りませんので。』

「なにを言っているのかわからない。おい、通訳、こいつの言葉がわかる者はここに来い。」

その役人らしい男は後ろに向かって大声で叫んだ。

役人の後ろには壁の無い小屋があって十人ほどの男女が座っていたが一人の中年の女が出て来た。

「その船の男は白目族の言葉を話しています。私にはわかります。」

「そうか。ワシが言ったことを伝えろ。」

 女は船の男と話をして役人に言った。

「川上の白目族の村から来ました。積み荷は塩だそうです。」

「白目族か。不思議の力は確かテレパシーだったな。考えを相手に伝えるやつだ。相手を強制できるわけではないな。よし。伝えろ。この関所を通るには通行税として積み荷の一割が必要だ。それが嫌なら引き返せ。」

船の男は関所の仕組みをよく分っているらしい。船首に行って塩の入った革袋を一つ取り出して役人に差し出した。

「素直で良い。帰りは通行税は不要だ。この木札を渡すから帰りに戻せば通行税は取らない。」

そう言って腰に吊るした五角形の木札を差し出した

女は同時に通訳した。

いつも言う言葉なのだ。

船の男は無言で木札を受け取り、懐に入れてから竹竿を出して船を前に進めた。

 ミーナ達の前の船が役人の前に船を進めた。

「わしの言葉がわかるか。どこから来た。どの部族だ。積み荷は何だ。」

「へい、言葉は分ります。同じ青目族の者です。数ヶ月前に上流に行き、毛革を仕入れて来ました。」

「同族か。力を出さずに目を開け。」

「分った。同族だ。通行税は一分でいい。」

船の男は船首から毛革を一枚取り出して役人に差し出した。

「21枚の一枚ですがお収め下さい、お役人様。」

「分った。木札を渡す。」

船の男はだまって竿を川底に突いて船を進めた。

 いよいよ千とミーナの船の番であった。

千は桟橋では川底が浅いことを知って竹竿で丸木舟を役人の前に進めた。

「丸木舟で娘二人か。帆走して来たみたいだし、変な服も着ているな。わしの言葉がわかるか。どこから来た。どの部族だ。積み荷は何だ。」

「川上の黒目族から来ました。積み荷は陶器の皿です。」

「お前はわしの言葉がわかるのか。頭の中から声が聞こえた。」

「言葉は分ります。黒目族の女はそんな風に話すのです。」

 「よく見ればお前は美形だな。黒目族の女は美形なのか。」

「他の部族の娘は見た事がありませんが、青目族の娘に美形はいないのですか。」

「いや、そんなことはない。美人もいる。」

「それではどこでも同じだと思います。先ほどからの会話を聞いておりました。積み荷の一割を払えばよろしいのでしょうか。」

「女が通るときは積み荷の半分が税金として徴集される。支払が嫌なら引き返すがいい。」

「理不尽な割合だと思います。それではあなた様は困った立場になると思います。」

「困った立場はお前達になる。怪しい者達だ。お前達を捕らえ船は没収する。」

 「本当に困りました。反撃してもよろしいのでしょうか。」

役人は黙って左手を上げた。

桟橋沿いの小屋の兵士達は短弓に矢をつがえながら役人の後ろに集まって整列した。

「反撃できるかな。女に不思議の力はない。」

「青目族の不思議の力は知りません。どんな力なのですか。弓を使わなければならないならない力なのでしょうか。」

「生意気な娘だな。こんな力だ。」

役人は額の目を開き、千を睨んだ。

千は片手で胸を押さえてしゃがみこみ片手で船縁を掴んだ。

「どうだ、心臓が止まったら苦しかったろう。」

 「この不思議の力は海辺の金色の目の種族の持つ力の一つですね。たいした力です。」

千は胸を押さえて下を向いたまま言った。

「なにい。お前、心臓が止まって苦しくなかったのか。」

「死ぬほど苦しかったですよ。同じ苦しみを味わってみますか。」

今度は役人が白目を出して胸を押さえ仰向けに倒れて体全体を痙攣させた。

兵士達はあっけにとられていた。

千は船縁に腰掛けて辺りを眺めていた。

補助浮きを伸ばしたおかげで船縁に腰掛けることができるようになっていた。

30秒ほど経って役人はようやく身を起こした。

「貴様、よくもワシに力をかけたな。」

役人は千の方を向いて再び青い目を開いた。

千に向けて不思議の力を出しているようだった。

 千本は微笑んで役人に言った。

「残念でした。さっきのは演技。うまかったでしょう。私には貴方の力は届かないの。どう、もう一度心臓を止めましょうか。」

役人は両手を地面について懇願した。

「止めてくれ。参った。助けてくれ。」

「金目族はこんな時には遷移して逃げることができたわよ。青目族は逃げ出せないから殺されるだけね。」

「何でもする。助けてくれ。」

「そう。それなら最初に兵士を下げなさい。兵士達を殺したくはない。」

役人は頭を地面に付けたまま左手を振った。

兵士達は安堵感を抱いて元の小屋に戻って行った。

圧倒的な力の差を感じたのだ。

 「さて、交渉しましょうか。税金は何割。」

「いりません。お助け下さい。」

「ありがとう。助かるわ。でも帰りがまた困るから少し準備しておきたいのだけどいいかしら。」

「何でもおっしゃって下さい。命だけはお助け下さい。」

「大丈夫。貴方には何もしないわ。上への報告は見た通りに言えばいいから。」

そう言って千は左の腰からステッキを取り出し、川を渡って並んでいる浮き橋の方に向けてから小さなボタンを押した。

 一瞬の事だった。

川に半円形の凹みが出来、その凹みは向いの川岸の30mまで続いた。

川はすぐさま元の流れに戻った。

浮き橋は跡形も無く消えていた。

「ごめんなさいね。帰りはそのまま川の中央を帰りたかったから浮き橋は消させてもらったわ。向こう岸も少し削らせてもらった。もう行ってもいいかしら。」

「もちろんでございます。どうぞお通り下さい。」

千はまだ残っている桟橋に沿って丸木舟を進め、川側の桟橋が途切れると川の中央に船を進めた

丸木舟は川の中央に流れて行き、そのうちに見えなくなった。

 役人も兵士も通訳も全てを見ていた。

浮き橋も川の水も向こう岸の土手も一瞬で消えた。

川側の桟橋も中程からきれいに半円形に抉り取られていた。

あのきれいな娘が腰から取り出した細いステッキがそれをした事はわかった。

もし、あのステッキが反対側に向いて振られていたらこちら側の岸は無くなっていたのかもしれなかった。

役人も兵士も通訳も生き延びた事に感謝した。

 川の中央で三角帆での帆走を始めてからミーナは千に言った。

「千姉さん、あのステッキはあんな威力があったのですか。」

「私のステッキだけよ。ミーナのステッキは防御だけ。服鎧を作った時いろいろな武器を作ってあげたでしょ。あの中の一つにも入っていたわ。分子分解銃と言って物質を原子に変えてしまうの。見た通り、威力が凄過ぎるから止めたの。私がここに来た宇宙船にも付いているの。この大きさの星なら30分くらいで半分に切る事が出来る威力よ。」

「それも知識の力ですか。」

 「そう。何千万年も継続した知識の蓄積が作り出したものよ。知識は蓄積できるけど人間の心は蓄積できないし進歩しないの。それでたいていの文明は滅びるの。」

「この世界の文明も滅びるのでしょうか。」

「この世界にはまだ文明と呼べるものはないわ。一生懸命文明を作ろうとしている段階。そんな時が一番楽しい時期なの。ミーナは幸せな時期に生きていると思ってもいいわ。」

「一番苦しい時期でもあるのですね。」

「その通りよ。」

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