第12話 12、赤目族の村 

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 大男は仲間の兵士に支えられ前方の集団に連れて行かれた。

千はミーナの方を向いて手で呼び寄せてから集団の方に近づいた。

集団の兵士達の千を見る目が変っていた。

兵士の一人が何も手を下さないで死に、最強の兵士が軽くあしらわれたのだった。

「さて、部落に連れて行ってくれない。」

千は優しく言った。

「分った、ついて来い。」

船に乗り込んで来た兵士が虚勢を含んで言った。

 「そうそう、腕を折った大男さん、気分が乗ったら後でその手を治してあげるわ。数時間で元の通りに治るから。」

集団の中央にいた大男に千は後ろから声をかけた。

「骨折が数時間で元通りに治ると言うのか。」

「そうよ。それまでに死んでいなければ治るから。」

「そんなこと、できるはずがない。」

「いやならいいわ。数ヶ月かけて痛みを我慢して治しなさい。」

「悪かった。信用する。治してくれ。お前は俺にはとても理解できない女だ。」

「部落に着いたらね。それまでは痛みに苦しみなさい。」

「嫌な女だ。」

 赤目族の部落は大きかった。

川の支流に沿って大きく森が切り広げられていた。

豊富な労働力があるのだろう。

畑も平地に広がっていた。

部落というより村に近い。

しっかりした作りの家が並んでいる。

川の上流から水を引き入れ、汚物は川の下流に流しているらしい。

多数の奴隷もいるらしかった。

 千とミーナは兵士を先導させて村に入った。

兵士達は千とミーナを連行して来たように思わせたかったようだったが千とミーナの後ろに兵士はいなかったし兵士達と千達の間はかなり開いていた。

兵士達は村の広場の中央に進んで止まり、千とミーナは広場の端にある屋根と椅子とテーブルのある場所に向かった。

「おい、こっちに来い。」

兵士の一人が言ったが、千は「そこは日向(ひなた)で暑いから。」と言って屋根付きの場所に行って一本木の腰掛けに腰掛けた。

 「ミーナ、ここに座って一休みしようか。いまクリームソーダを持って来させるわ。」

「えーっ。ここでクリームソーダを飲むのですか。」

「そうよ。どのみち治療機を持って来なければならないしフライヤーは海辺の国で見られているでしょ。」

「それはそうですが。」

「大丈夫。・・・治療箱とクリームソーダを持って来て。そうね。クリームソーダは3つ持って来て。」

千は左腕のバンドに言った。

 千とミーナが木の椅子に腰掛けていると村の長老らしい男が広場に立っていた兵士の集団を連れてこちらに向かって歩いて来た。

二人の前2mで止まって二人の様子を黙って観察した。

未だに納得できない様子だった。

「川上の部族から来た娘と言うのはお前達か。」

長老は両手を杖に載せて言った。

 「私は千と申します。もう一人はミーナと言います。貴方の名前はなんですか。」

千は腰掛けから立ち上がって言った。

千の言葉が頭の中で聞こえたので少し驚いた様子だったがそのことは既に兵士から聞いていたのであろう、言葉を続けた。

「ワシはゴンと言う。この村の長老だ。何しにここに来たのだ。」

「我々はここに来たわけではなくこの村の強い兵士によって連れて来られたのです。我々は海辺の町に向かうところでした。」

「だがお前達は強いと兵士は言っている。兵士から逃げることは出来たはずだ。」

 「逃げるためには兵士を殺さなければなりません。別に恨みはありませんから殺すより従いました。」

「そうか。それではそうした理由は何だ。」

「この村のことを知りたかったためです。ここの村の人口はかなり多いと見ました。どのように多くの人を養っているのかを知りたいと思って従いました。」

「落ち着いているな。自分に自信があるようだ。」

「我々は若く小さい女です。自信などありません。」

 千がそう言った時、上空から片手に長細い箱を持ち、もう一方にグラスが載ったお盆を持った男がゆっくりと降りて来て兵士の横に立った。

兵士達は槍を構えて長老の背後を護(まも)った。

男は色白で黒髪の短髪をしており、衣服は白いシャツと黒ズボンと黒の革靴を履いていた。

男は槍を構える兵士を全く無視して日の当る地面に足を閉じて直立していた。

 「長老様、少し待っていただけますか。従者が治療箱と飲み物を持って来たようです。治療箱は腕を骨折した兵士の骨折を治すため。飲み物は私達が飲むためのものです。飲み物は長老様の分も用意してあります。兵士達に従者を攻撃しないように指示して下さい。従者は攻撃されれば自動的に防御します。攻撃とほぼ同時に攻撃者は消されます。骨も残りません。従者は生きた人間ではありません。機械人間です。」

 「空から降りて来たのか。人間とそっくりだが生きていないのか。わかった。みんな、攻撃するな。」

「ありがとうございます、長老様。賢い判断です。マン、ここに来てクリームソーダをテーブルの上に置いて。治療箱はそうね、屋根の日陰に置いて。」

「了解しました、千様。」

マンは言葉を発したが、それはホムスク語であったのでミーナには理解できたが長老や兵士には理解できない言葉だった。

マンは最初に左手に持った治療箱をミーナの後ろの日陰に置き、次にクリームソーダのグラスが乗ったお盆を右手を伸ばしてテーブルに置いた。

「治療が終わったら治療箱を持って帰ってもらうから後ろで待っていて。」

「かしこまりました、千様。」

 「長老様、腰掛けに座ってもう少し待っていて下さい。先に兵士の治療を始めたいと思います。腕を折った兵士さん、ここに来て。治療してあげる。」

腕を折った兵士は周囲から兵士に支えられて千の前に来た。

千は治療箱の留め金を外して蓋を開け兵士に言った。

「申し訳ないけど床の上に仰向けで横になって、痛いだろうけど折れた腕を箱の切り込みに入れて。折れた場所を箱の中央にして。蓋を閉じればすぐに痛みは無くなるから。蓋を閉じた後は腕を動かしてはだめよ。腕が曲がって治るから。分った。」

「分った。絶対に動かさない。」

兵士は素直に言い、千は箱を閉じた。

 「長老様、お待たせしました。この三角形のガラス容器に入ったものがクリームソーダです。緑色の液体は甘い炭酸水で浮いている透明なものは氷でその上に載っているのがアイスクリームです。刺してある筒はストローと言います。先端が平になっているからソーダ水を吸ってもいいしアイスクリームを掬(すく)うこともできます。私たちの飲み方を見てご自分で飲んでみて下さい。」

そう言って千とミーナは美味しそうにクリームソーダを飲んだ。

長老はそれをまねて飲んだ。

「うまいな。若い娘が喜ぶ味だ。」

 クリームソーダを半分くらい飲んで落ち着くと千はまだアイスクリームを吸っている長老に言った。

「さて、長老様。話を続けましょう。ここに来て畑を見ました。畑で採れる物を見せてくれませんか。我々は海辺の町に広がっている畑の作物の種を得るために町に向かっていたのです。ここの畑で採れる作物を見せてくれませんか。」

「お前達は海辺の町に行った事があるのか。」

「はい。この前、少しだけ行ってきました。」

「よく捕まらなかったな。」

「相手は兵士を残して逃げましたから。」

「相手が逃げたのだと。信じられない。」

 「でもこの部族にとっては驚く事ではないと思います。この部族の不思議の力は町の者の持つ力の一つだと思いますが。」

「そんなことも知っているのか。町の連中にはどうしても勝てないのだ。」

「それは戦いの方法が悪いからです。」

「どう戦えばいいのだ。」

「それはみんなが考えることです。自分たちの不思議の力はどういう時に起こすことができるのかを考えれば、勝てる方法が分るはずです。」

「そうか、考えてみよう。作物と作物の種だったな。少し待て。」

そう言って長老は後ろにいた兵士に何かを言った。

 兵士が持って来たのは土器に入った白い粉と細く尖った部分を持つ粒であった。

「パン粉と小麦か。長老、ありがとう。この部落の穀物が何かわかりました。酵母は使っていますか。」

「酵母とは何だ。」

「酵母とは細菌の一つです。生地に酵母を入れて暖めると酵母からガスが出て焼き上がると小さい穴が開いたおいしいパンになります。」

「知らなかった。そんなことを知っているお前はなにゆえ種を欲しがるのだ。」

「知っていることと実際の種を持つこととは違います。川上の部落には穀物はありません。」

 「その種はお前にやろう。お前は我々に希望を持たせてくれた。海辺の部族と戦う方法を考えてみよう。」

「ありがたく頂戴します。お礼にヒントを言いましょう。皆さんが遷移するときは遷移先が見えなければ移れません。もちろん良く知っている場所は見えなくても移れますね。相手の姿が見えれば心臓の位置は分ります。相手の心臓の位置がわからなければ心臓を止めることはできません。」

「そうか。そうだった。その通りだ。姿を見せなければいいんだ。」

「二人一組も有効かもしれませんね。」

「その手もあるか。」

 その時、治療箱から小さな音がした。

千は治療箱の緑ランプを見てから立ち上がり治療箱の前でしゃがんだ。

「治療は終わったわ。今度の骨折は単純骨折だから治療時間が短かったみたい。骨が飛び出していたり、腕が潰れたりしていたら倍くらいの時間がかかるから。さてどうなっているかな。」

千は治療箱の留め具を外し、蓋を開けた。

「兵士君、腕をそっと持ち上げて動きを確かめてみて。」

兵士は腕を上げ、ゆっくり肘を曲げ、腕を回転させた。

 「信じられない。治ってる。しかも前より筋肉も増えてるような気がする。」

「良かったわね。私は死んでいなければどんな傷でも治すことができるから。腕でも無くなったら尋ねて来てもいいわ。新しい腕を再生させてあげる。」

「ほんとか。イモリみたいにか。」

「それ以上よ。」

 村の長老は腰掛けから立ち上がって治療箱の前に来て治療箱をしげしげと眺めた。

「凄い物だな。どうして治すのだ。」

「説明するけど分らなくても聞き流してね。普通、怪我したら時間が経つと治るでしょ。私は創傷と治癒は平衡関係にあると考えたの。それで平衡を治癒の方向に傾けたら早く治療できると考えたの。そのまま早めるだけだと醜い跡が残るのだけど周りの正常部分を参考にさせて遺伝子発現を考慮に入れて治療を制御させるの。そうすると元のように治る。この箱は私が発明したの。比較的若い時にね。」

「ほとんど理解できなかったがお前が作った事は分った。分らないことは比較的若い時という言葉だ。お前は十分若くみえる。子供の時に作ったのか。」

「比較的若い時とは私が千歳くらいの時という意味。私は何千万年も生きているの。体を不老にしたからずっとこの姿なの。老婆より若い娘の方がいいでしょ。」

 「悪かった。わしよりずっと若いと思って今まで不敬な言葉を使っていた。許してほしい。今はあなた様は私には神様のようにみえます。」

「女神様ね。でも長老、神様は歳をとりますよ。」

「そうでした。子供の神は聞いたことがないし。たいてい髭を生やした年寄です。そうすると貴方様は神様以上の神様です。」

 「女神も悪くはないわね。長老、女神様はおいとましようと思います。だれか桟橋まで案内を付けてくれませんか。道がわかりません。」

「私に案内させて下さい。女神様。」

腕が治った兵士はその場にいて話を全て聞いていたのだった。

「よろしくね、大男さん。マン、治療箱を持って帰って。クリームソーダは残しておいて。」

「かしこまりました、千様。」

ロボットは素早く治療箱をつかみ、石が落ちるように上昇して空に消えた。

「ミーナ、行きましょう。長老様、ごきげんよう。」

そう言って千とミーナは兵士に案内されてもと来た道を歩いて行った。

長老は二人が見えなくなるまで頭を下げていた。

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