第11話 11、テレポーションの赤目族
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「びっくりしたわね。動物達にも言葉が通じるとは思っていなかった。」
千は男達が見えなくなると言った。
「私もです。動物達にも言葉があるのでしょうか。」
「それは『ことば』をどういう風に定義するかによるわね。同じ動物同士ではあるのかもしれない。言葉はあるけど口の構造で発音できないのかもしれない。人間でもあるのよ。言葉は耳で聞いて使えるようになるから最初から全く聞こえない人は言葉を失いがち。左脳に出血すると言葉は知っていても話せなくなる。」
「私たちは幸せなのですね。」
丸木舟がその日に進んだ距離はたいした距離ではなかった。
その日は色々なことがあったのだ。
夕方になる前に小さな支流の中に乗り入れ、広い河原に丸木舟を引き上げ、夕食の準備をした。
夕食の準備と言っても乾いた流木を集めて焚き火の準備をするだけであった。
夕食は千が準備した。
フライヤーが空から降りて来ると端の方に四角いお盆に載せられた食べ物の入った容器と液体の入ったポットとカップが並べられて置かれていた。
「千姉さん、安全ジャケットの時といい今回の時といい、だれがそれらを準備してフライヤーに載せているのですか。」
「ミーナには初めての言葉だろうけどロボットが用意してくれているの。」
「ロボットって何ですか。」
「人間の形をした機械よ。人間よりも力が強く、人間よりも豊富な知識を持っていて、人間のように考えて行動することができるの。しかも死なない。」
「そしたら人間より凄いじゃないですか。」
「そうよ。人間より凄いわ。」
「当然、人間が作ったのですよね。」
「そうよ。人間が作ったの。」
「なぜ人間はそんなものを作るのですか。」
「なぜでしょうね。最初は『あれば便利だから』だけど、おおもとは『人間は最高だ』と思う奢(おご)りかもしれないわね。」
陽が落ちる前に、ミーナと千はロボットが用意したカレーライスを食べ、ココアを飲んだ。
「ミーナ、この食べ物の小さいつぶつぶが米という穀物なの。稲という草の実よ。これが草の先端にたくさんなるのでそれを収穫して調理してたべるわけ。どう、おいしいでしょ。」
「とっても美味しいと思います。こんな食べ物が採れるようになったらいいですね。」
「おそらく海辺の町の畑で採れる穀物はこれより少し劣るかもしれないわね。ミーナが食べている米は美味しくなるように品種改良されているから。」
「品種改良ですか。人間が人間より凄いロボットを作った動機と似ているように思います。」
「その通りよ。似ているわね。」
その夜、ミーナは丸木舟の中で眠り、千はフライヤーの中で眠った。
早く寝れば早く起きる
朝食は携帯食料を食べるだけで出発した。
川は次第に川幅を増し、流れは緩やかになって行った。
丸木舟は川の中央を進んでいた。
川の中央は安全だった。
両岸には人間の姿がときどき見かけられたが顔の判別も男女の判別さえもできない距離だった。
前方に川の中に突き出した桟橋があり、数隻の小舟が繋がれた場所に多くの人の姿が見えて来た。
小舟に乗り込もうとしている。
小舟に乗り込んでいるのは兵士らしく、槍と短弓を持っている。
「ミーナ、注意して。危険よ。ステッキを開いて。」
舳先(へさき)にいた千が後ろを振り向いて艫(とも)で舵を握っていたミーナに言った
まさにそのとき、船の中央の船縁に槍を持った一人の兵士が現れたが千が振り向いたことが幸いした。
兵士が船に降りた丁度その時に千が振り向いて丸い丸木舟は片方に傾いたのだった。
兵士は両腕をあげてバランスを取ろうとしたが背中から川の中に落ちた。
「遷移、テレポート部族か。ミーナ、相手は遷移ができる。上と後ろを護るようにして。相手の武器は槍と弓よ。槍は重いからステッキをしっかり持っていてね。」
「了解。拳銃で攻撃してもいいですか。」
「だめよ。相手はこの船を止めようとはしているけど私たちを殺そうとはしていない。」
「どうしてそれが分るのですか。」
「最初から殺すつもりなら、空中に遷移して来て、落ちている間に矢を射掛けてから元の場所に遷移すればいいだけだから。」
そんなことを話している時、二人目の兵士が丸木舟の中央に降り立った。
こんどはしっかりと槍を持って立っている。
男の額の目は赤く光っていた。
「お前達は誰だ。どこに行く。おれの言っていることがわかるか。」
「言葉は分る。私たちは川上の部族の女。海辺の町に行こうとしている。」
「なんだこれは。お前の声が頭の中で聞こえる。」
「私たちはどの部族の言葉でも話すことができる。」
「それは便利な女だな。別の部族を捕虜にしても言葉が通じなくて困っている。一緒に来い。」
「一緒に行ったら何をくれる。」
「一生、生かしてやる。」
「一緒に行かなかったらどうする。」
「打ちのめしてから連れて帰るさ。どうする。痛い目に会いたいか。」
「お前は男で兵士だから強いのだろうな。」
「お前はおれが恐(こわ)くないのか。」
「恐くて震えているわ。」
「どうする、女。一緒に来るか。」
「一緒に行こう。その方がいい。ミーナ、向こうの桟橋の方に船を向けて。」
「大丈夫ですか、千姉さん。」
「一生、生かしてくれるそうだから安心でしょ。」
「そんな。殺されてもそれが一生ですよ。」
「そう言えばそうね。でもこの旅は冒険の旅だから。」
千は状況を楽しんでいるように見えた。
ミーナは左手でステッキ傘を持って右手を拳銃の銃把を握っていた。
いつでも抜き出して撃てるが、今の位置では射線に千が入っているのが難点だった。
舵は左手で抱えるように操った。
丸木舟が桟橋に近づくと桟橋から出て来た小舟が丸木舟を囲んだ。
逃がすつもりはないようだ。
丸木舟が桟橋の一番先に着くと千は桟橋に跳び移り、船の紐を出ている杭に舫(もや)った。
ミーナも慎重に桟橋によじ登った。
周りの船が丸木舟によって来て兵士が丸木舟に乗り込もうとしたとき千は強く言った。
「船に触れてはならない。触れれば死ぬぞ。」
千はそう言ったのだが一人の兵士が小舟から丸木舟に脚を踏み入れた。
脚が丸木舟にふれたと同時にその兵士は胸を掴んで後ろの小舟の中に仰向けに倒れた。
「おい、こいつ死んでるぞ。」
倒れ込んだ男を調べた小舟の仲間の兵士は大声で叫び槍を千の方に向けた。
「だから忠告したのだ。触れれば死ぬとな。嘘だと思うのなら誰かもう一度船に触れてみろ。」
誰も船に触れようとはしなかった。
「それがいい。丸木舟をそのままにして桟橋に上がって来い。話はそれからだ。『あがれ』。」
『あがれ』の言葉は強い命令口調であった。
周りの男達の体には戦慄が走った。
ミーナも声の恐ろしさで体が震えた。
こんな強制的な声をこれまで聞いたことがなかった。
男達は小舟から桟橋に移り、槍を構えて固まっていた。
「ミーナ、ごめんね。少し強く言い過ぎたわ。」
それは優しい言葉で、いつもの千の声だった。
「さてっと、一緒に来たけどどうする、兵士さん。部落に連れて行くの。」
千は一緒に来た兵士にやさしく言った。
「お前はあいつに何をしたんだ。死んだぞ。」
「そうね、かわいそうに。私の言葉を信用しなかったから。私の言葉は信じる方がいいわよ。死にたくなければね。さて、私たちを貴方の部落に案内してくれない。部落までは遠いの。」
「そんなに遠くはない。」
「そしたら歩いて行きましょうか。後ろの兵士諸君、貴方達も私の先に歩いて行って。遷移はだめよ。」
後ろの兵士が桟橋の千とミーナの横を通った時、その中の大柄な一人が千を上から睨みつけて通りすがに言った。
「図に乗るなよ。小娘。」
確かに千もミーナも小娘だった。
額に目を持つこの世界の男達は身長が2m近くある。
170㎝ほどの千を上から睨みつけた男は230㎝近くあった。
「お待ちなさい。今言った兵士。」
千は男達が通り過ぎてから言った。
「何か言ったか、小娘。」
大男は歩みを止め、千の方に向いて言った。
「お待ちなさいと言った。お前は私より強いと思っているのか。」
「当たり前だ。」
「そうか。お前の部落に行く前に彼我の立場を確認する必要があるようだな。」
「何を分らないことを言っているんだ、小娘。」
「私がお前より強いことを見せておきたい。小娘の私の挑戦を受けるか。それとも小娘に怖じ気づいて逃げる腰抜けか。」
「言ったな、小娘。さっきからずっと気に入らなかったんだ。痛めつけても部落に連れて行くことができるからな。痛めつけてやる。」
「よし。決闘だ。お前は殺さないことにしてやる。私を殺してもいい。私が死んでももう一人がいるから部族は困らないだろう。槍を使ってもいい。私は素手でいい。行くぞ。」
千は両手を下げて無防備にゆっくり近づいて行った。
大男は槍を構えて待ち構えた。
他の兵士は大男の後方に引き下がり、事の成り行きを見守っていた。
部族の中の最強の戦士ときれいな若い小娘だ。
結果は明らかだ。
ミーナは桟橋の端の近くで拳銃の銃把を握りしめて見ていた。
大男はさすがに千を殺してはならないと思ったのであろう。
千が3mまで近づくと槍を振りかぶって千の右肩めがけて打ち下ろした。
千は体を少しだけ前に動かして右手を上げて振り下ろされた槍の柄を掴んでゆっくりと自分の右肩に槍を触れさせた。
大男は槍を引こうとしたが槍はぴくりとも動かなかった。
「よかったな。私の肩に槍が触れたぞ。でも、そんなに遅いと痛くないからもっと早くしないとな。」
そう言って千は槍を相手の重心にかかるように突き放した。
大男は後ろによろけて尻餅をついた。
大男は怒り狂った。
素早く立ち上がり千に向かって突進し、千の足を払うために槍を右から左に思いっきり振り払った。
今度も槍は正確に千の左足首に向かって進んで来たが千は直前に少し飛び上がり、右足の足裏で槍の動きを緩め左足で槍の上に乗った。
槍の穂先は桟橋を削って止まった。
「どうした。小娘が乗った槍を持ち上げることができないのか。力を出して槍を持ち上げなければ私を刺せないぞ。」
そう言って千は槍の柄の上を素早く歩き大男の額を蹴り上げた。
大男は槍を落とし、後ろに仰向けに倒れ額の目を手で押さえた。
千は足で踏んでいる槍を持ち上げて「まだまだ未熟だな。槍はこうして使うんだ」と言って槍を男の股間に向けて投げた。
槍は桟橋の板を打ち砕き、そのまま進んで川の中に消えた。
石の穂先が砕けたのだろう、やがて槍の柄は浮いて流れて行った。
「さて、次はどうする。不思議の力を使ってもいいのだぞ。」
大男は尻餅をついたままあっけにとられていた。
大人が子供をあしらうように扱われている。
大男の赤い目が輝き、男は消えた。
同時に男は千の真後ろに現れ千の後頭部に殴り掛かった。
千は素早く左に動き、拳をよけながら右手を相手の殴り掛かって来た右手の二の腕に下から手刀を打ち込んだ。
鈍い音が皆の耳にも聞こえた。
大男は絶叫を発し、左手で垂れ下がった右腕を支えた。
大男の右腕は完全に折れていたのだ。
「これで決闘は終わりだ。お前はもう攻撃できない。もう一本の腕を折ってしまったら生活が大変だろう。負けを認めるか。」
「認める。おれの負けだ。」
大男は呻(うめ)きながらそう言った。
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