第10話 10、テレキネシスの緑の目 

<< 10、テレキネシスの緑の目 >> 

 川には浅く幅広く緩い流れになっている場所もあれば狭い巾で深くて緩やかな流れの場所もあれば狭い巾で浅く流れが早い部分もある。

浅く流れが早い場所では川底には大岩がある場合が多い。

丸木舟は川下りには適している。

何よりも丈夫だ。

水面から出ている岩に当ろうが浅瀬の砂利で船底を擦られてもびくともしない。

 川を下り始めてから1時間ほど経ってから千はミーナに言った。

「ミーナ、ミーナは泳げるわよね。」

「泳ぐって、水に浮かんで進むことですね。出来ません。」

「そうか、やっぱり。そうじゃあないかと急に思ったの。ミーナは子供の頃から川で遊んでいたからてっきり泳げると思っていたわ。でも子供の時は水の中で遊ぶけど、泳ぎを習わないと泳いでは遊ばないわね。そしたら川の深みに入ったり海に行ったら溺れるんだ。」

「私は水の上に浮いていることができません。」

 「そう。服鎧を着たまま川に落ちたら絶対に溺れるわね。ミーナ、今日はここで休みましょう。この場所は川の流れも緩やかだし深さは十分にあるわ。ミーナに水泳を教えてあげる。泳ぐことができるのとできないのではいざと言う時におおきな違いが出るわ。全然泳げないと水に落ちるとあせるの。あせるとますます溺れるの。」

「すぐに泳げるようになるのでしょうか。」

「子供と違って大人だからすぐに泳げるようになれるわ。もちろんすぐに上手にはならないけどね。要は水の中ではそれほど動く必要はなく水に浮いて生き残ることができればいいの。だから簡単よ。」

「教えて下さい、千さん。溺れたくはありません。」

 「いいわよ。その前にちょっと待ってね。安全ジャケットを作るから。」

そう言って千は左腕のバンドに「ライフジャケット」と言った。

「30分くらいしたらフライヤーが安全ジャケットをここに届けてくれる。それまで泳ぎの基本を教えてあげるわ。まず背が立つ浅瀬に行って錨を下ろしてからよ、」

千は胸くらいの深さの場所まで丸木舟を進め、錨を投げ込み、余った紐を流木の枝に数回巻き付けた。

「ミーナ、服鎧を船の中で脱いでふんどし一つになって。私も下着になるわ。」

ミーナは服鎧を脱いでブラジャーを外して裸身を曝した。

以前はほとんど裸身のようなものだったが恥ずかしくはなかった。

それしかなかったからしかたがなかったのだ。

しかしながら、ひとたび体を覆う生活になるとふんどしひとつの姿にはやはり羞恥心は生じた。

 ミーナは千の下着と体型を初めて見た。

千の乳房はブラジャーをしていなくても広がっていない。

乳首は乳房の真ん中にあって左右にではなく前に突き出していた。

ミーナは部落の女達の乳房の形を知っている。

大きい乳房もあれば小さい乳房もある。

でもたいていの乳房は左右に広がっている。

ミーナはそれが当たり前だと思っていた。

しかし千の左右対称の体型を初めて見ると部落の女達の乳房の形は醜いと思えた。

 ミーナの乳房はまだまだ大きくなるはずだ。

乳房の外側がもっと大きくなれば千と同じような前に突き出す乳房になれるはずだ。

「千さんの裸ってほんとにきれいですね。白くて色が透き通っていて肌の肌理(きめ)が赤ちゃんのように細かい。乳房も美術の勉強の時に出て来た「旗を持つ自由の女神」のように真直ぐ前を向いている。完全に左右対称だし、足首も胴も細いけれど骨は出ていない。腕なんて私なんかよりもずっと細いわ。でもずっと強い筋肉を持っているんですよね。信じられないわ。」

「私はこの星の人間ではないからね。今にミーナもずっときれいになるから。」

「そうでしょうか。そうなるといいですね。」

 千は船縁から川に入った。

「やはり水は冷たいわね。ミーナ、川に入って。背は立つから大丈夫。」

ミーナも赤いふんどし姿で川に入った。

ふんどしの替えはたくさん持っているから濡れてもいい。

千は川の上流に立ってミーナの両手を取り、ミーナは体を水にまかせた。

「ミーナ、息を大きく吸ってその状態を保って呼吸するの。そうすれば3㎏は浮力が増えるから。そう。浮いて背中が水面に少し出るでしょ。体は力を抜いて不要な部分は水の中に入れるの。そうすると体は浮くから。そうそう、上手よ。次は立ってみて。手を持っているから大丈夫。次は脚を曲げて椅子に座るような形にして。そう、そうすると頭は重いから目くらいまで沈むからあとは鼻まで浮き上がればいいの。大丈夫。手を持っているから。浮き上がるのには足を足踏みすればいいの。してみて。足首はぶらぶらにして。そうそう。ほら。首まで浮いた。今は手にはほとんど力がかかっていないでしょ。ミーナは一人で川に浮いているの。そうそう上手よ。上に進む力は足の裏で生まれるの。だから脚の裏を下げるときは早く。持ち上げるときはゆっくりよ。そうそう。上手ね。」

 1時間の訓練でミーナは川で泳ぐことができるようになった。

浮くだけではなく、前に進むことも出来るようになった。

「千さん、泳げるようになりました。」

「ミーナは飲み込みが早いわ。」

「感動しました。」

「でもね。服を着たらこうはならないの。水の中では服は泳ぐのにじゃまなの。服が体にまとわりついて手足を動かすのにものすごい力が必要になるの。それで力を使い過ぎて溺れるわけ。服鎧を着たまま川に落ちたらまず助からないわね。それで何としても浮く物がほしいわけ。水泳の訓練はここまでにしましょう。船に上がって体を拭いて。」

 二人は丸木舟に乗り、体を拭いた。

ミーナはふんどしを新しい物に替えブラジャーを着けてから服鎧を着、千はそのままそれまでの服を着た。

千の下着は拭いただけで乾いてしまっていたのだ。

二人が服鎧を着終わると丸木舟の横にフライヤーが降りて来て千はフライヤーの端に置かれていた安全ジャケットを取った。

フライヤーは直ぐさま上昇し見えなくなった。

 「ミーナ、これが安全ジャケットよ。丸木舟に乗るときは必ずこれを着て。これを着ていれば絶対に沈まないわ。服鎧の上から羽織ってから前の紐を結ぶだけ。どんな体勢で水に落ちてもすぐに脚が下になって浮き上がって頭が上になるわ。水に落ちたら慌てないで息を止めて水を飲まないこと。いい。」

「了解、千さん。」

「ミーナ、この旅の間は私のことを『千姉さん』って呼んでくれない。その方が自然だわ。」

「了解。千姉さん。」

「OK。」

 船の旅は再び始まった。

船が川底の浅い幅広い流れのある部分に来た時、突然、船の後ろに水柱が立った。

千が上を見ると空中には5〜6個の大小の石が浮かんで船を追いかけて来ていた。

「ミーナ、ステッキを出して開いて船底にちいさくなっていて。敵よ。」

千もステッキを素早く腰から引き出し、左手に持って先端を上に向け、握りのボタンを押した。

ステッキはただちに透明な傘になった。

次に千は右手で腰の拳銃を取り出し、ろくに狙いもせずに空に向けて連射した。

 響きのない乾いた発射音が半秒間ほど連続しその直後に大きな爆発音が空中から聞こえて来た。

空中に浮いていた6個の石は爆発して小さな破片になって一部が船に降り注いだ。

その後は石の攻撃は無かった。

敵は石の爆発に驚いたのかもしれなかった。

次の攻撃は丸木舟の方向を変えて浅瀬に乗り上げさせようとしたらしい。

船は浅瀬に向かって移動していた。

 「川下に住んでいる念動力、テレキネシスができる部族ね。河原の石を持ち上げたり船を移動させたりしている。今のところは船の中が見えないようだから船の中の物を動かすことが出来ないので船全体を動かしているのね。最初はきっと私たちを川の中に落とそうとしたのだと思うわ。だけど帽子のおかげでそれは出来なくて石の攻撃や船を移動させたのね。さて、どうしようか、ミーナ。」

「相手はどこにいるのですか。」

「それがわからないの。テレキネシスを使っているのだからここが見えているはずなのだけど。見えないのは隠れているのね。」

「私たちは不思議の力を使えない女なのに臆病ですね。」

「まあ、遠目には男のように見えるかもね。女は服鎧やナイフは持たないでしょ。」

 「私が見逃すように頼んでみます。」

「見ているわ。」

ミーナは船の上に立ち、辺りに聞こえるように大声で言った。

「私は川上の部族のミーナ。恐れることはない。不思議の力を持たない女だ。ここの部族の男は力を持たない女を恐れて隠れている臆病者なのか。姿を現し私と話せ。私は話すことができる。この声が聞こえる者は河原に姿を現せ。繰返す。ミーナと話をしたければ川岸に姿を現せ。」

 最初に姿を現した者はイノシシの親子だった。

河原に続く森の中から出て来て船から20mの位置で止まった。

次に来たのは野うさぎだった。

イノシシの後ろで止まった。

森からは鳥の群れが飛び立って河原の石の上に群れをなして降りた。

川岸の近くには川魚が集まって来た。

しばらく経つと大きな熊が森から姿を現し、周りの動物を無視してイノシシの前で腰を下ろしてミーナの方を見つめた。

 ミーナは驚いた。

人間の代りに動物達が集まって来た。

ミーナは集まってくれた動物達を愛おしく思い、再び大声を出した。

「私の声を聞きたいと集まってくれたか。私は川上の部族のミーナだ。私はここの部族の人間達と話をしたいと思って声を出した。しかし私の話を聞きたいならばここに留まって話を聞いてもいい。ここの部族の心根がわかるだろう。」

そこまで言った時、川の向こう岸とこちらの森の中から十人ほどの男が現れた。

向こう岸の男達は川を渡って近づいて来た。

男達は丸木舟の10mの距離まで近づいて止まった。

額の緑の目が輝いている。

 「話をしたいそうだな、娘。」

「ミーナと言う。お前の名前は何だ。」

「ムーだ。」

「ムー、私たちはお前達に害意を持たない。海辺の町に行くために川を下っている。私たちを通してくれないか。」

「通してやったら何をくれる。」

「友情くらいかな。通さなかったら別のものをあげなくてはならない。」

「通さなかったら何をくれるつもりなんだ。ミーナ。」

男の緑の目は大きく開いていた。

「部族の破滅だ。部族の位置は周りの動物達が知っている。部族の近くに行ってこうする。」

ミーナは右腰の拳銃を抜き出し、対岸に向けて最強弾10発を撃ちだした。

大爆発音と共に対岸の大岩は吹き飛び、川辺の砂は高くに舞い上がりその向こうの森の大木数本が破壊されて崩れ落ちた。

 「部落を破壊するのは容易だ。こちらの方がいいか。」

その男は怯(ひる)み、その周りの男達も信じられないように互いの顔を見合っていた。

「森の動物を味方にできる女には逆らえない。友情をもらうことにする。だが、どうして不思議の力が効かないのだ。」

「この世界には色々な女がいるということだ。私の声はお前の頭の中で聞こえている。私の声はどの部族の者も聞くことができる。もしお前が他の部族の者と話したいと思ったら私はお前の声を相手に伝えてやる。それが私の友情だ。」

「分った。我が部族はミーナの味方だ。そんな声を持った女は見たことがない。」

「それでは川を下っていいのだな。」

「もちろんいい。助けが必要なら言ってほしい。」

「それなら丸木舟を川の中に押して出してくれ。その前に動物に言うから待ってくれ。河原に集まって来た者達よ、元の世界に戻り、元の生活をせよ。解散せよ。」

 しばらく経ってから集まっていた動物達は森に戻って行き、鳥は飛び立った。

男達はミーナと千を見上げながら船を川中に押し出した。

男達は船が見えなくなるまで川の中に立っていた。

信じられない光景を眼前に見たのだった。

動物と話ができる。

破壊力も凄まじい。

不思議の力も全く通じなかった。

従うしかない。

別に何の要求もしなかったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る