第9話 9、工夫の丸木舟 

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 2年が経ってミーナは少女から娘になった。

硬い乳房を持ち、生理も正常に廻って来た。

小学生の学習から始まった学習は千の個人教授のためか今では大学のレベルに達し、ミーナの目には理知的な輝きが宿るようになった。

ミーナの一番楽しいものは音楽。

一番興味が湧くものは化学だった。

 音楽では多くの曲を暗譜させられた。

暗譜さえしていれば与えられた横笛でどんな曲も演奏できる。

ミーナは部落に帰ってからその歌を横笛でみんなに聴かせた。

数学や物理は理路整然とした理屈が楽しかったが化学は部族のみんなが知りたがっている知識を次々に与えてくれた。

知識を持つようになると物の見方も変る。

道端の石一つを見ても石の組成や出来方が頭の中で説明してくれるのだ。

虹を見ても空の青さを見ても「きれいだ」という印象だけではなく、どうしてそう見えるのかを頭の中で説明してくれる。

納得できるのだ。

 ミーナの武術はそこそこだった。

とても千のように素早く動いたり力強くはできなかった。

千はそれを是とした。

全ての男がなんらかの不思議な力を使うことができるこの世界では一人の武芸の達人が必ず相手に勝てるとは思えない。

黄金の目を持つ種族のように突然背後に遷移して心臓を止められたら勝てるわけがない。

物を動かすことができる不思議の力を持つ川下の部族はミーナの動きを制限できるかもしれない。

この世界ではミーナの部族が持つ予知の力が生き残るのに最も強いのかもしれなかった。

逃げ回っていれば殺されない。

 千のヘッドフォンはそんな不思議の力を遮(さえぎ)ることができた。

千はどうして男達の不思議の力が発揮できるのかの理屈を知っているのだ。

知っているからこそ、その力を遮ることができた。

それは千の持つ知識が不思議の力に勝(まさ)っていることを意味する。

ミーナは早く不思議の力の理屈が理解できるまでの知識を得たいと必死に勉強した。

 ミーナの部族での地位も上がった。

ミーナが次々と持って来る物で部落の生活レベルも上がった。

水を溜めることができる陶器の瓶(かめ)と水を運ぶための荷車は部落での水の価値を下げた。

それまでは水は貴重品だったのだ。

荷車は部落が逃げ出す時には役に立つはずだ。

 ミーナの一番のお手柄は岩塩のある場所を見つけたことだった。

これまでの塩分の摂取は主として動物の肉からだった。

ミーナが岩塩の塊を持ち帰った時、部族の長老は小躍りして喜んだ。

岩塩があれば肉を保存するときにも調理するときにも塩を使うことができる。

塩があれば美味しくない草も食べることができる。

 ミーナが服鎧を着て部落に戻ったときもそれほどは驚かれなかった。

ミーナと不思議な娘との間の友達関係は部族のみんなが知っていた。

部族の皆は何かを知りたい時にはミーナに聞くようになった。

大抵の質問にはミーナは答えることができたし、分らなくても翌日には答えることができるようになっていた。

わずか2年間の必死の勉強でミーナの持つ知識の量は部落の誰よりも圧倒的に多くなっていたのだ。

 勉強する時間に別のことをしても別の知識と経験が増えるという主張は勉強に反論するのに昔から良く使われる主張だ。

しかしながら毎日同じことをして得られる知識と経験の増加は多くはない。

勉強から得られる知識とは比較にならない。

それは部族のみんなを見れば分ることだった。

 ある日ミーナは千に「しばらく休みを取りたい」と申し出た。

「どうしたの、ミーナ。」

「はい、穀物の種を得ようと思います。このまま狩猟生活を続けても生活の向上は望めないと思います。日々の食料が安定しなければ生活は不安定のままです。多くの人々が生活できている河口の大きな町に行ってどんな風に生活が成り立っているのかを知りたいと思います。それと同時にあの町の郊外に広がっている畑の穀物の種を得ようと思っております。穀物の種があれば川の近くのこの辺りでも畑を作ることができると思います。」

「それはいいことね。ぜひともそうするべきだわ。でもおもしろそうね。ミーナ、二人で行きましょう。ここで作っている物を売って替わりに穀物の種をもらったらいいわ。」

「一緒に行ってくれるのですか、千さん。」

「おもしろそうだからね。行くわ。旅行と言うより大冒険ね。」

「千さんが一緒に行ってくれるのなら大安心です。」

 「ミーナの帽子に少し細工して装置を着けてあげる。ミーナは河口の町に行っても言葉が通じないでしょ。言葉が通じることができるようにヘッドフォンを少し細工してミーナの帽子に着けてあげる。そうすればだれとでも話すことができるようになるわ。」

「そうしてくれると安心です。一人で町に出かけて行ってだれかが話しかけて来たらどうしようと思っていたのです。」

「まあ確かに、言葉が通じない娘に商売はできないわね。もっとも、あの町では貨幣があるかどうかもわからないし。物々交換というわけではないでしょうが、どうしているのでしょうね。楽しみだわ。」

 「商売とは貨幣を共通の仲立ちとして物と貨幣を交換することでしたね。」

「狭義にはそうなるわね。文明の推進力になるもの。でもはっきり言って、言葉がバラバラのこの世界では大きな文明を築くことができないと思うの。私の星では世界中でたった一つの言葉が話されていたの。もちろん色々な方言はあったけれど基本的にはどこに行っても話は通じたの。ミーナが着けるヘッドフォンはこの世界をまとめることが出来る大事な物になるかもしれないわね。」

 千が作った通訳機は帽子の内側に埋めたインナーキャップの形になっており、千のようなヘッドフォンの形ではなかった。

耳の部分には何も無く黄金に輝く空中アンテナも帽子の中で輝くようになっていた。通常目には普通に帽子を冠っているようにみえる。

もう一つの特徴は帽子がヘルメットあるいは兜になることだった。

帽子の中のインナーは硬く、刃物も通さなかったし細い鉄棒で叩いても変形することはなかった。

帽子の重さは少し増加した。

 町には川を下って行くことにした。

山の奥地から川を下って来た田舎者らしく丸木舟で川を下ることにした。

大木の枝の切断、大木の切断はフライヤーを使って行った。

フライヤーは大木を容易に吊り下げることができた。

大木は木製の台座の上に水平に置かれ、最初に上側を平に切断された

千は三脚に分子分解銃を着け数秒で切断した。

切断面の中央に線を引き左右対称に側面を削っていった。

千は薄い板に船の断面を切り抜いた物を作り、それを使って丸木舟の外形を整えていった。

 丸木舟の内側の成形はミーナの仕事だった。

ミーナは与えられた電動の丸鉋(まるかんな)を使って薄板の木型で指定された形になるように削っていった。

恐ろしく良く切れる鉋で、粘土をヘラで搔き出すようだった。

溝とか穴とか舵は千が専用の電動器具で成形した。

どれも新品の電動器具だった。

新しく作ったに違いない。

切断した大木の余った部分を使って、千は船に着ける物入れを作った。

 丸木舟は長さが8m、巾は90㎝、高さは60㎝になった。

丸木舟は一様に削られているのではなく先端と後端から3mの所で厚さが20㎝の壁があって舷側を補強してあった。

先端と壁までの3mの部分には鍔の付いたスライド式の蓋が付いており、水が船の中に入って来るのを防いだり、大事な荷物を濡らさないようにしてあった。

中央の二つの壁の上方には横の穴が通っており、予備の竿オール代わりになる二本の棒が差し込まれており、二本の棒の先端には浮き代わりの物入れが付いており、通常は舷側に接していた。

 もう片方の舷側には長い二本の棒が括り付けられていた。

海に出たらその棒を立てて三角帆をはり、物入れの浮きを外に出せば風が良ければ進めるかもしれなかった。

丸木舟の船底中央には短いキールしかないのだから進むための横方向の抵抗は船体しかない。

船の中央には小さな錨が10mの丈夫な細紐と共に船縁に掛けられており、手押しの小さなポンプが舷側に固定されていた。

丸木舟に入った水を柄杓で汲み出すなんて美しい娘のすることではないと千は思ったらしい。

 主な商品は白い陶器の皿であった。

白テンの毛革も数枚持って行くことにした。

金の粒も小さな袋に入れた。

飲料水と保存食料も積んだ。

保存食と言うのは棒状に固められた粉状のもので、少量を食べても満腹感が得られた。

向こうに行っても泊まる場所が無いかも知れないので丸木舟の前後に袋状の寝袋を押し込んでおいた。

不用心だったが丸木舟の前後に寝袋を広げてもぐり込み上からスライドを引いて蓋をすれば雨や夜露は防ぐことができる。

 千は「これに入ることはないでしょう」と言った。

眠るときはフライヤーを呼んでフライヤーの簡易ベッドで寝た方がいいだろうと言った。

でもミーナは丸木舟の中で眠ろうと思っていたし、小便をするときは船の後ろで用を足そうと考えていた。

丸木舟の後ろには浅く短い舵が付いているが、その上には小さな握りの付いた張り出し板が付いている。

そこが小便をするには最適の場所なのだ。

大便をすることもできるかもしれない。

恥ずかしがり屋の千は決してそんなことはしないだろう。

フライヤーを呼んで空で用を足すだろう。

 千の衣装はミーナとほとんど同じだった。

でも、千は赤いふんどしをしていないらしい。

女同士であるのにミーナは千の下着をこれまで見たことがなかった。

千は体にピッタリ張り付いた下着の上に白い薄手の上着を着て、その上から服鎧を着けた。服鎧の色は赤黒だった。

「姉妹戦士ね。私が黒の戦士。ミーナは茶の戦士。」

千はニコニコして言った。

 ある日の朝早く二人は工夫に満ちた丸木舟を川に浮かべて川を下り始めた。

もちろん丸木舟の進水にはフライヤーを使った。

だれも見ていない。

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