第8話 8、服鎧
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千とミーナは海の上に出てから大笑いした。
立派な衣服を着た男の優越から不安への心の変化と置き去りにされた兵士の不安を想像して可笑(おか)しかったのだ
笑いが収まった時に千はミーナに言った。
「ミーナ、そろそろ帰るわね。今日の地理の勉強はこれでおしまい。今日の地理の勉強の最後にミーナにこの星の概様を見せてあげる。このフライヤーの与圧装置は貧弱だから空気の無い宇宙には行けないの。でもこれからできるだけ高くに上がるからこの地球が丸いというのを自分の目で確認してみて。」
「空気がない場所なんてあるのですか。」
「あるわ。宇宙の大部分は空気がないの。この星の空気なんて地表に薄く広がっているだけ。その上には空気はないし、とても寒いの。人間でも動物でもすぐに凍ってしまうわ。でも大丈夫。そこまでは行かないから。」
千はフライヤーのドームを閉じフライヤーを急速に上昇させた。
外の景色はどんどん暗くなって行った。
「あまりここに長居はできないけど外を見て。この星の輪郭が見えるでしょ。丸くなっている。この星は他の星と同じように球形をしているの。輪郭の表面が青く見えるでしょ。あれが空気のある場所。ほんとに薄いでしょ。我々はあそこで息をして生きているの。下に広がっている白いものは雲よ。空気の層の上端よりもずっと下にあるわ。この位置は地面から40㎞。川の上流の部落から川下の町までの距離よりずっと短い長さ。どお。考え方が少しは変った。」
「何か地表で生活をすることがちっぽけな事のような気がしました。今まではそれが私の世界でしたから。」
「それを教えたかったの。降りて部落に戻るわね。」
千は途中の山の川で水袋に水を大量に汲んでからミーナを部落の近くで降ろした。
新しい知識は少しずつ増やすのがいい。
陶器の製作は上薬を塗る段階になっていた。
千はミーナにこれからの予定を話して聞かせた。それは気の遠くなるような話だった。
焼き上げた素焼きの土器の穴を塞ぐために灰から作った上薬(うわぐすり)を塗ってからもう一度焼いて完成品にする。
次に土器で丈夫な乳鉢を作ってその乳鉢で長石を粉にしてより良い上薬を作ってより良い陶器を作る。
それが終わったら土から焼きレンガを作って新しい小さな空気を送り込める炉を作る。
それが終わったら木から炭を作る。
その炭と小さな炉を使って鉄鉱石を焼いて鉄を作る。
鉄を使って平らな鉄床を作る。
鉄を使って金槌をつくる。
鉄床と金槌とを使って鉄を鍛えて刃の付いた斧をつくる。
斧があれば木を切ることができて大量に必要とする木材を確保できる。
石器生活から土器や鉄製品を作ることは大変なことなのだ。
「ミーナ、とてもミーナだけでは出来ないと思うでしょ。物を作るための道具を作るための材料を作るために大変な作業が必要とされることが分るでしょ。そうなの。文明は一人の力ではとても発展させることができないの。例え方法を知っていても一人ではできないの。時間がかかるからとても一人の一生では成し遂げることができないの。」
「どうすればできるのでしょう、千さん。」
「あの海辺の町を考えてみて、ミーナ。5000人の人が食べることができて4900人が食料以外のことで毎日働くことができたら出来そうに思えるでしょ。」
「そう思います。何でもするのではなく一つのことをするのなら簡単だと思います。木を集める人と粘土を集める人と粘土で形を作る人と鉄の鉱石を見つける人と鉄から道具を作る人と道具から製品を作る人が別々であればできると思います。」
「そうね。人数が多ければ作業を分業にすることができる。でも最初に教える人が必要なの。私がミーナに色々なことを教えているのはミーナが最初に教える人になってほしいからなの。どんなに多くの人がいても鉄の斧はできないわ。最初に教える人、最初に見つける人がいなければね。」
「分りました、千さん。それで千さんは大量の薪や炭を準備してくれたのですね。」
「その方が楽になるでしょ。木を切って薪を作ることや炭を作ることはだれでもできることだからね。」
「でも薪は乾いています。生木を切って割っておいても乾いて薪になるのには時間がかかります。千さんが準備してくれたものは既に乾いていて薪になっています。どうして短時間で薪にすることができたのでしょうか。」
「鋭いことを聞くわね、ミーナ。それは私が魔法使いだからだよ。ヒッ、ヒッ、ヒッ。」
「千さんはとっても美人なので魔法使いのおばあさんは似合わないと思います。」
「そうかい。うれしいねえ、ヒッ、ヒッ、ヒッ。暖めて乾かしたからよ。」
そんな理由でミーナの物作りの時間は千が介入して容易になった。
鉄の乳鉢を使うことができ、鉄床もハンマーも与えられた。
ミーナは長石の見分け方と鉄鉱石の見分け方と椿油をとるための椿の木を教えられ、粘土を丸く仕上げるための轆轤(ろくろ)と砥石と砂鉄を集めるための磁石も与えられた。
要するに上げ膳据え膳の物作り時間を過ごした。
非難することではない。
小学生が工作の時間に物を作ることと同じだ。
工作の時間に使う鉋(かんな)やトンカチやハサミのような道具を作ることは小学生にはできない。
一ヶ月を過ぎてミーナは白い多数の皿と白い多数のカップと土色の大きな水瓶(みずがめ)を作って部落に持って帰った。
さらに一ヶ月を過ぎてミーナは一つの鉄の斧と数丁の鉄の出刃包丁を部落に持って帰った。
二種類の鉄製品は部落の生活を大きく変えた。
手が出なかった太い木を鉄の斧で切り倒すことができるようになり、切り倒した木を出刃包丁で整形することが出来るようになった。
雨の日の洞窟の中で千はミーナに言った。
「さて、鉄が出来て木を細工することができるようになったら次は布と紙ね。両方とも植物からできるのだけど作るまでには時間がかかるわ。でも川下の人達は立派な服を着ていたから布を作ることはこの世界では既にできているわけよね。そうすると布はミーナが実際に作る必要はないわね。紙は作っても使うことができないし、布と紙は職人の技術に負うことが大きいので布と紙は映像で教えるだけにするわね。ミーナには服をプレゼントしてあげる。ミーナの乳房は最近どんどん大きくなって来ているからブラジャーも着ける必要があるわね。それに暫くすれば冬になるわ。この大陸は赤道近くにあるから極端に寒くはならないのだけどやはり冬は寒いわね。それにミーナにはもうすぐ初潮が始まる。いつまでも腰巻き一枚では活動しづらいわね。それもあるからミーナには暖かくて丈夫な服を作ってあげる。下着も一緒にね。」
「ありがとうございます。千さんと同じような服ですか。」
「私が今着ている服はこの時代には合わないわ。ミーナが着る服はこの時代に合った服よ。まあ、服と言うより鎧(よろい)と言った方が合っているかもね。」
「鎧と言ったらこの前見た下の町の兵士の服装のようなものですか。」
「そうよ。でもあれよりもずっと軽くて強くて動きやすいはずよ。」
「初潮と言うのは人間の体を勉強した時に出て来たあれですね。」
「そう。厄介なあれよ。あれが起るようになるとミーナは女の大人になるの。子供を産むことが出来るようになるの。」
「部落のお姐さん達の様子を知っています。血が流れ出ると大急ぎでどこかに行ってしばらく経ってから帰って来ます。血が出ている間は帰って来ないようです。」
「そうね。仕方がないわね。流れる血を止める方法を知らないのだから。」
「千さんは何とかなっているのでしょうか。」
「生理の時に使う道具を持っているから何とかなるわ。」
「それを教えてくれませんか。」
「いいわよ。簡単だから。」
「安心しました。」
「上手くいったら部落の娘さん達にも教えてあげたらいいわね。」
「そうします。」
千がミーナにプレゼントした服は革に似ている丈夫な布の服であった。
首の部分は襟が付いていて襟を立てるとピッタリ首を覆う事ができた。
当然、片方の襟が少し長い。
首元から腰までは開くようになっており体の前で重ねて服に開いた穴に小さなひも付き棒を通して止めるようになっていた。
乳房の部分は半球状に出っ張っており、硬く、押してもほとんど凹まなかった。
上着の裾は太腿辺りまであった。
上着の袖はゆったりとした七分袖になっており、袖の内側には手の甲まで覆うことができる手甲付きの腕貫(うでぬき)が縫い着けられていた。
この腕貫は通常は袖から出され上に折り返されて指に通す部分を前のボタンと同じようなひも付き棒にかけて止められていた。
下半身はズボンで覆われた。
ゆったりとしたズボンでズボンに通された幅広の紐で腰を締めることができる。
ズボンの裾は膝の下で急速に狭まり、臑(すね)に挟むような硬さになっていた。
臑(すね)の部分は外側に革紐が通っており脚絆を締めることができるようになっていた。
千はミーナに靴もプレゼントした。
軽く丈夫な靴だ。
靴ひもで固定する。
通常は足首まで覆うことになっていたが必要な時には足首で折り返された部分を立てれば脚絆の上まで覆うことができた。
服の全体はゆったりとしたものだった。
ゆったりした服は暑さを防ぐし寒さも防ぐ。
ゆったりした服はミーナのふんどしを隠す役目もあった。
千はミーナに赤い色の綿のふんどしを締めさせた。
巾が30㎝で長さが2mほどの柔らかい布でできている。
締めるときは4つに畳んで7㎝くらいの巾にして使う。
ふんどしはこの時代の少女には最適の物だと千は思っていたからだ。
しっかりと締めたふんどしは生理の血を止めることができるし、ふんどしの下に木の葉を仲立ちに血受けを入れることもできる。
多くのふんどしの予備と共に綿でできた生理の血受けもミーナに与えた。
服は本当に丈夫だった。
木の枝に引っかかっても石に引っかかっても破れなかった。
木の槍で突いても穴が開かなかったし、作った出刃包丁で突いても通らなかった。
千はこの服は革で出来ているように見せているが革よりもずっと強いと言っていた
服鎧の内側は厚めの綿で裏打されていた。
夏場は少し暑いかもしれないが慣れれば何とかなる。
とにかくダブダブの構造なのだ。
千はミーナにはレース付きの綿のブラジャーをプレゼントした。
色は目立たないように服の色と同じにした。
レースはこの時代には合わなかったが作ろうとすれば作れるはずだ。
最後は帽子であった。
長めの鍔が前に付いていて帽子の周囲は折り返して3重になっている。
折り返しを解けば側頭部を覆って顎の前で止めることが出来るようになっていた。
要するに、折り返しを全て解けば足の先から頭の上までで露出している部分は目と手の指先だけになる構造になる。
千は笑いながらおまけとして帽子に縁のついた防弾眼鏡を着けてあげた。
千は帽子の周りに眼鏡のバンドを廻らせながら「この眼鏡のレンズは硬いから弓矢くらいでは割れないから。それと服鎧の材質もこの世界にはまだ無いわ。最強の軽量鎧よ」と言っていた。
千はミーナの服鎧に興味を持ったようで次から次に驚くような武器を着けさせようとした。
最初は少し重い鞘付きの長剣で早く動かせば大木でも石でも切ることができた。
長剣の刃はどんなものも切断するらしかった。
次は小型の銃で5㎜ほどの小さな弾を火薬で発射する。
銃把には小さな弾が3列に詰っていた。
弾の種類は3種類で銃把の横のつまみで使用する弾の種類を変えることができる。
弾の種類を最も強い爆発性の弾に変えれば強烈な威力を持つようになる。
大木でも当った部分は粉々に粉砕されて倒れた。
次は何でも切れる分子分解銃だったが、さすがにこれはすぐに止めた。
ミーナは次から次に出て来る圧倒的な威力を持つ武器にあきれるだけだった。
結局、良く切れる鞘付きナイフと小型の銃を腰のバンドに吊り下げ、細身のステッキを腰のバンドに挿すことを戦いの時のスタイルにした。
ステッキは傘の様に薄い膜を展開でき、透明な盾の役割をした。
それらの武器は鞘ナイフ以外は通常は洞窟の中に保管された。
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