第7話 7、黄金の目を持つ種族
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たった2日間のめまぐるしい出来事が過ぎるとミーナには落ち着いた日々が廻(めぐ)って来た。
粗末な朝食を終えると水袋を持って川に行き、水を汲んでから夕方まで美味しい昼食を挟んで千と楽しい時間を過ごした。
千は最初に加減乗除を教えた。
ワルの頭の中では6以上の数がないことがわかったからだ。
次に文字を教えた。
記憶は曖昧なものだ。
記憶するためには言葉と同じ音を発する文字が必要だった。
ミーナには申し訳なかったが文字はホムスク語にした。
部族ごとに言葉が違う世界では一部族の使う言葉の文字を作って何になろう。
ホムスク語を知ればホムスク文明の持つ溢れるばかりの知識をホムスク文字を通して学ぶことができる。
ミーナは一ヶ月も経たないうちに耳と口を使って千とホムスク語で会話することができるようになった。
午前中はいわゆる勉強で、午後は物を作ることにした。
それは部族の仕事をしないことに対する補償でもあった。
最初は木製の箱を作った。
蓋付きで隙間は木のヤニを使って防水構造にした。
防水仕様の箱は部族では必要だった。
最初の時には材料は千が準備した。
次の物作りは石で炉を作ることだった。
河原と林の境目にある小さな崖の上に炉を作った。
雨が降って大水になったら崖の所まで水が来るだろうことが予想できたからだ。
炉床としては河原の石を平に敷き、その上に河原の砂を厚く敷いた。木の枝で大きな半球状の形をつくり、周囲から石を積み上げていき、石と石との間を河原の粘土で塞いだ。中の枝を取除いて内側にも粘土を塗った。
大きな入口は二つで、煙突は竹を立て、その周りに小さな石を積み上げてから竹を抜いて周りを粘土で固めた。
火を燃やすことができる炉はこれからの工作に欠くことができない物だった。
最初の目標は部族で必要とする陶器を作ることだった。
陶器はほとんど永久に保存でき、腐ることもなく何度も使うことができる。
河原の粘土を集め、何度もこねてどんぶりの形を作って行く。
ミーナの想像力の試験場だ。
出来上がった造形は乾かされ、炉の片方の入口から入れられ入口は土で蓋をされる。
林から多数の枯れ木を集めて炉の前に積み上げ、炉の中に整然と並べられた。
火を点ける時になってミーナは千から火付け道具が入った袋をプレゼントされた。
それは小さな小箱の中に7㎝くらいの細い棒がぎっしり入っているものだった。
棒の先端はふくらんで丸くなっていた。
「これは『マッチ』と言うの。これはミーナのために私が作ったの。私は火を点けるのに普通はこんな物は使わないから。でもこのマッチは持っていると便利よ。簡単に火を作ることができるし、濡れてもおそらく使うことができるわ。木の棒は木から採れるロウを塗ってあって先端の丸い部分は大部分が硫黄という物よ。火山の近くにはそこら中にころがっている。硫黄の先端には硫化リンという物を塗ってあるの。来月くらいの勉強で出て来るものよ。硫化リンの発火温度は100℃だからこすれば発火する。でも簡単に火が着くのは危険だから全体をロウで覆ってこすれないようにしてあるの。だから水に濡れても使えるのよ。使い方はね、右手の親指と中指で棒を摘んで人差し指の先端を木の頭に添える。人差し指はこする時に頭が折れてしまうことを防ぐためよ。平らな所ならどこでもいいのだけど、周りにはなかなか平らな所は見つからないから小箱を用意したの。小箱の表面を丸い部分でこすると火が着くわ。こうするの。見ていて。」
千はマッチ箱から一本のマッチを出し、箱の上をこすった。
マッチは「パチッ」と音を出して明るく燃え出した。
「発火するには少し時間がかかるけど素早く人差し指を離してね。火傷するから。簡単でしょ。ミーナもやってみて。」
ミーナはマッチ棒の頭を折ることもなく上手に点火させることができた。
「凄い物ですね。こんな簡単に火種ができた。もちろん雨の中では点かないですよね。」
「小さい火だからね。先端は雨の中でも火が着くけど軸の棒の火は雨つぶがかかったら消えるわ。」
ミーナは炉の入口に燃えやすい物を慎重に積み重ねマッチで点火して新炉の最初の火入れを行った。
「後はひたすら薪を燃やし続けるの。夕方までかかるわね。粘土の中にまで熱が伝わるのには時間がかかるからよ。その後の作業は炉が冷えた後でしましょう。ミーナ、問題よ。この炉の形はミーナの部落のかまどとは違う形でしょ。なぜこんな形をしていると思う。」
「えーと、高い温度が得られるからだと思います。」
「でも、同じように火を焚いているのよ。どうして炉の方が高い温度になるの。」
「えーと、周りを囲っているからだと思います。」
「どうして周りを囲っていると高い温度になるの。」
「えーと、かまどの周りは暖かいけど炉の周りは暖かくありません。熱さが出ない分だけ高い温度になると思います。」
「まあ、半分正解かな。炉の形にすると炉の中の温度はどこも同じになるの。それが重要なの。炎の方だけが熱ければ土器は均一には暖められないでしょ。閉じた空間での温度はどこでも同じになると言うことを勉強するのはもう少し後ね。その時になって炉を作った理由が理解できると思うわ。」
「一生懸命勉強します。ワクワクします。」
翌日は雨だったがミーナは水場に行った。
千はすぐに来てミーナを洞窟に連れて行った。
雨の日の川は濁り、とても飲料水にはならない。
午前中の勉強が終わってから千はミーナに言った。
「ミーナ、今日の午後は地理の勉強をします。ミーナにこの世界を見せてあげる。おもしろいわよ。どこかのきれいな水が出ている所で水袋に水を入れたらいいわ。」
「私の世界が広がるのですね。」
「そうよ。ミーナの考え方が変るかもしれない。」
昼食後、ミーナと千はフライヤーに乗って上空に舞い上がった。
川に沿って下り、いくつかの集落を過ぎ、家のような物も建っている町を眺め、やがて海に出た。
海沿いには大きな町が広がっており、多くの人が粗末な衣服を羽織って働いていた。中には裸で働いている者もいた。
「ここが黄金の不思議の目を持つ人間の町らしいわね。大部分の人は征服した部族から連れてきた奴隷ね。」
「おおぜいの人が住んでいるのですね。一カ所にこんなに多くの人がいれば食料は不足すると思いますが、どうしているのでしょうか。」
「まだ分らないわ。海岸には小さな船があるから海からは魚を取っていることはわかるけど。でもそれだけではバランスが悪くなる。あったわ。町の離れた所に平らな場所がたくさんあるでしょ。あそこは畑と言うの。野菜や穀物を育てている場所よ。穀物さえできれば生活は安定するし多くの人を食べさせることができるわ。」
「穀物ですか。植物ですよね。そんなに凄いのですか。」
「凄いわよ。このフライヤーの大きさはおよそ20㎡だから、フライヤー8台分の広さで人間一人が一年間食べる食料を作ることができるわ。この世界での穀物の生産性は悪いだろうからまあ十台分ってところかな。10mと20mの4角の土地の広さよ。狭いでしょ。たったそれだけの広さの土地で一生食べて行くことができるの。向こうの畑は一つが縦横で50mと100mってところだから25人を食べさせることができる計算になるでしょ。それがえーと200カ所くらいあるみたいだからあそこの一帯だけで5000人を一年間養うことができるわけ。畑の世話は毎日する必要はないから百人もいればできる。残りの4900人は食べ物の心配はしなくて別のことができるわけ。だから町では色々な物が作り出されるの。どお。ミーナの部落とは違うでしょ。」
「全く違います。私たちの部族は毎日の食料の確保に汲汲としていますから。」
「それが穀物の威力よ。」
「もう少し見てみましょうか。町の中心に行って見るわ。」
町の中心には明らかに周りと違う場所があった。
土塀で囲まれた領域だ。
広い敷地を持つ清潔そうな家々がてんでんばらばらに建っており、それらの中心にはひときわ大きい瓦屋根の豪邸が建っていた。
土塁の内側にも整然と並んだ建物もあった。
その辺りでは槍を持った兵士らしい人間が戦いの訓練をしていた。
鏃は金属ではないらしいが黒光りする鋭く磨き上げられた黒曜石がしっかりと槍の柄に括り付けられていた。
弓を持つ部隊もあり、鏃を痛めないような的に向かって練習をしていた。
「軍隊もいるのね。これではこの辺りの部族はとてもかなわないわね。ミーナ、黄金の目を持つ部族の不思議の力はどんなものか知っている。」
「知りません。でもいくつもの不思議の力を持っているそうです。それを知ったときは奴隷になるそうです。」
「恐ろしい力みたいね。少し準備をしていた方がいいかしら。」
そう言って千はヘッドフォンを頭に着けた。
「この頭に着けたのはミーナにはおなじみだけど『ヘッドフォン』っていうの。違う言葉を話す人と会話するのに使っているのだけど、ヘッドフォンには別の機能もあるの。ヘッドフォンの近くでは不思議の力が使えなくなるの。人の心が読めるワル君はミーナの心を見ることができたけど私の心は見ることができなかったでしょ。あれは私がヘッドフォンを着けていたからなの。いま冠るのは黄金の目を持つ部族の力が分らないので予防のために冠ったわけ。」
「そうだったのですか。ワルさんが千さんには心が無いって言ってから気にかかっていたのです。そうですよね。心がなければ会話はできませんから。」
突然、操縦席に座っていた千とミーナの前に立派な衣装を着けた男と槍を構えた男が現れた。
ミーナは「キャー。」という奇声を発して腰の石投げ具の紐に手を伸ばした。
千は男達の出現した時には少し動揺したようだったが数秒すると少し微笑んだ。
もちろんその微笑みはミーナに向ける微笑みとは違って楽しさが含まれているようだった。
立派な衣装を着た男はフライヤーの中を見回し、驚きと不安の感情を含めて言った。
「お前達は何者か。」
「神よ。」
千は男を見つめて言った。
「嘘をつくな。神がそんな粗末な獣の衣装をしているわけがない。」
「貴方は神はどんな衣装をしていると思っているのですか。」
「神は白いゆったりした衣装を着けて大きな目を額に持っているのだ。」
「女の神はいないのですか。男の神は女の神から生まれたのでしょ。女の神にも大きな目があるのですか。」
「女の神には・・・貴様、ワシをバカにするのか。」
「私はあなた様を馬鹿にしてはおりません。お怒りになられたのならお許し下さい。私は女の神には大きな目があるのかどうかを知りたかっただけです。女の神様には大きな目があるのでしょうか。」
「知らん。」
「あなた様のようなご立派な方でも神様のことはわからないのでしょうか。貴方様の部族の方でご存知の方はいらっしゃいますか。」
「わからん。」
「そうですか。残念です。それでなぜ此処に来られたのですか。」
「お前はワシが突然ここに来たのに驚かないのか。」
「大変驚きました。それでなぜ此処に来られたのかを聞いているのですか。」
「驚いたようには見えないが、お前達は何者だ。」
「それを答える前に私の質問にも答えていただけませんでしょうか。」
「質問とは何だ。」
「忘れやすい方なのかも知れませんね。私の質問は『なぜ此処に来たのか』です。」
「そうだった。空に不思議な物が浮かんでいたので兵士を連れて調べに来たのだ。」
「そうでしたか。了解しました。納得のいく理由だと思います。あなた様の不思議の力の一つは遷移だと思います。遷移には遷移先を想い出すか見えなければ行けません。それは実時間観測と私は呼んでおります。貴方は地表からこの場所が見えたのですか。」
「お前は我々の不思議の力の理屈を知っているのか。そうだ。地表からは中が見えなかったからこの上に移ってからこの中に移ったのだ。」
「それは賢い方法でしたね。でもそれはこのフライヤーが止まっていたからです。早く動いているときとか空気も薄い上空にいたらその方法は使えませんね。」
「お前はいったい何者なんだ。」
「獣の衣装を着ているので神ではなかったですね。神ではない者です。ところで貴方の別の不思議の力はどんな物ですか。」
「さっきからお前に使っているのだが効かないのだ。」
「そうですか。ひょっとするとこういう力ですか。」
男は突然目を大きく開けて胸をかきむしったが暫くすると落着きを取り戻した。
「お前はこれができるのか。」
「やはりそうでしたか。貴方のもう一つの不思議の力は念動力、テレキネシスで心臓を止めることができるのですね。」
「そうだ。お前もできるのか。」
「できるのかもしれませんね。そうですか。遷移して敵の心臓を止めることができれば確かに戦いには有利ですね。強い部族のはずです。」
「貴方はいったいどなたでしょうか。」
「おや。言い方が変りましたね。優越感が無くなったからですね。さてどうしましょう。二人の心臓を止めてここからけり落とせば文字通りけりがつくのですがね。」
千がそう言った時、立派な衣装を着た男は兵士を残して消えた。
残された兵士はあせった様子だった。
「兵士君、殺さないから安心していい。それにつけても卑劣な男だったな。自分だけ逃げてしまった。君は向こうの畑の中に降ろそうと思うがそれでいいか。」
「もちろんです。お美しい女神様。一生感謝します。」
「女神様か。悪くはないわね。」
千はフライヤーを畑の中に進め兵士を地表に降ろしてから見えない高空に上昇させた。
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