第6話 6、治療箱
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千は横の方で痛みで泣いている男に近づいて言った。
「私は千と言う。お前の名前は何と言う。」
男は頭の中で言葉が聞こえたので驚いたが自分たちが話している言葉だったので答えた。
「『ワル』だ。」
「ワルか。いかにも悪そうな名前だな。どうしたい。」
「おまえはだれだ。助けてくれ。」
「私は千だと言っている。どうすればお前を助けることができると思うか。」
「このまま逃がしてくれ。」
「そうしたらどうする。部族の争いになるぞ。」
「・・・そうなるかな。」
「もう2人を殺している。お前を殺して3人とも川に流したら部族の争いにはならないと思うが、そう思わないか。」
「そうかも知れないが、俺は死にたくない。痛たっ。」
「3人が消えた方が部族間の争いにはならないのだぞ。その方がみんなのためになると思わないのか。」
「そうかも知れないが、痛たっ、俺は死にたくない。」
「弱ったな。殺して3人とも川に流した方が楽なんだがな。どうするかな。他の二人が川に嵌(は)まって流されたと言うことができるか。」
「できる、できる。簡単だ。痛たっ。」
「そうか、では部落のみんなにはそう言え。そう言えば助けてやる。どうだ。できるか。」
「できる。何でもする。痛たっ。」
「よし、お前を信用することにする。今からお前の腕の骨を治してやるから此処で暫く待っておれ。いいか。」
「待ってる。」
千は男が寄りかかっている大岩の後ろに行って「フライヤー」と腕のバンドに小声で言った。
数秒も経たないうちにフライヤーが上空から無音で降りて来て千の前で止まった。
男からは見えない位置だったし無音だったので男はフライヤーに気が付かなかった。
千はフライヤーに乗り込み、ガラステーブルの一部を触れると床から長細い4角の箱がせり上がって来た。
千は箱の上部に付いていた取っ手を持って持ち上げると箱は簡単に移動できた。
重さが無いようだった。
千は箱を水平に保ってフライヤーを降り腕のバンドに何かを言ってフライヤーを高空に移動させてから男の前に現れた。
千は男の折れた左腕の前に箱を置いて止め金具を外して箱の蓋を開けた。
箱の中は柔らかそうな詰め物が入っており、両側の壁がU字形に抉(えぐ)られていた。
「これは治療機だ。お前の骨折を治してくれる。痛みはない。くすぐったいかもしれないが。お前の腕は骨が飛び出ているが少し我慢して腕をこの溝に置け。蓋を閉じれば治療が始まる。分ったか。」
「分った。」
男は根拠も何も無かったが千の言っている言葉が信用できなかった。
骨が飛び出している骨折がこんな小さな箱で治るはずがない。
だが反論しても骨折は治らないし素直に従うことにした。
男は腕の痛みをこらえて二の腕を伸ばし箱の溝の一つに嵌めた。
千はそれを見てから無造作に折れた前腕を箱の中に横たえ、手首をもう一つの溝から出してから箱を閉めた。
男はその間、痛みで絶叫していたが千は無視した。
「これでいい。腕を動かすな。腕が動くと治った腕は曲がったものになる。分ったか。」
「分った。痛みは引いているようだ。」
「今は痛みを止めているだけだ。まだ治療は始まっていない。状況を調べてから治療が始まるのだ。とにかく腕は動かすな。」
「分った。どれくらいで終わるんだ。」
「骨折の治療には時間がかかる。夕方前までかかる。小便をしたくなったらこの場でしろ。とにかく腕を動かすな。」
「分った、そうする。」
千は男の前の手頃な石に腰掛け男をじっと見ていた。
ミーナは治療機の横でじっと治療機を見ていた。
男は額の茶色の目を開けてミーナと千を見てから戸惑った表情を示した。
それを見ていた千はクスッとしてから言った。
「ワル、聞きたいことがある。いいか。」
「いい。」
「お前の部落はどこにある。」
「川の上流だ。」
「人数は何人いるのか。」
「おおぜいだ。」
「お前の家族は何人いるのか。」
「おおぜいだ。」
「父親は何人いるのか。」
「一人だ。」
「母親は何人いるのか。」
「一人だ。」
「兄は何人いるのか。」
「二人だ。」
「弟は何人いるのか。」
「一人だ。」
「姉は何人いるのか。」
「一人だ。」
「妹は何人いるのか。」
「一人だ。」
「祖父は何人いるのか。」
「一人だ。」
「祖母は何人いるのか。」
「一人だ。」
「全部で何人になるか。」
「おおぜいだ。」
「家族の男は何人か。」
「・・・俺を含めて6人だ。」
「家族の女は何人か。」
「・・4人だ。」
「もう一度聞く。家族は何人だ。」
「おおぜいだ。」
「分った。お前の茶色の不思議の目は何を見る。」
「心を見る。」
「相手の思っていることがわかるのか。」
「分る。」
「私の思っていることが見えるか。」
「見えない。不思議だが見えない。お前は心を持っていない。」
「ミーナの心は見えるのか。」
「見える。」
「何を考えている。」
「この箱を見て不思議そうに思っている。」
「お前の不思議の目は戦いで役に立つのか。」
「役に立つ。相手の次の行動が見える。」
「お前の部族は他の部族と戦ったことがあるのか。」
「ある。」
「勝ったのか。」
「うちの部落は強い。」
「勝ったことがあるのか。」
「まだない。」
「相手は強かったのか。」
「物を動かすことができた。考えていることは分ったが勝てなかった。」
「戦いでは何人が死んだのか。」
「5人が死んだ。」
「男だけか。」
「そうだ。部族間の争いでは女は殺さない。」
「なぜ女は殺さないのか。」
「生かしておけば役に立つからだ。」
「どんな役に立つのか。」
「働かせたり子供を生ますことができる。」
「生まれた男の子供は不思議の目を持っているのか。」
「持っている。」
「その不思議の力はお前の部族の不思議の力か。」
「同じ力だ。」
「物を動かす力を持った部族はどこに住んでいるのか。」
「川下に住んでいる。」
「部落の人数はお前の部落の人数よりも多いのか。」
「多い。」
「お前の部族はいつも逃げているのか。」
「逃げない。」
「相手は攻めて来ないのか。」
「来ない。」
「なぜ攻めて来ないと思うのか。」
「女の数が少ないからだ。」
「お前の部落には何家族が住んでいるのか。」
「・・・6家族よりも多い。」
「食べ物は何だ。」
「獣の肉だ。」
「獲物は十分に多いのか。」
「多い時と少ない時がある。」
「肉は保存できないのか。」
「水に浸けておけば少しの間は保存できる。」
「薫製にして保存することを知らないのだな。」
「薫製の意味がわからない。」
「肉を煙であぶることだ。」
「それは知らないし、していない。」
「分った。少し休め。」
千はそう言って石から立ち上がり大岩の後ろの方に歩いて行った。
千本がワルに色々な質問をしている間、ミーナは治療機から目を離さなかった。
箱から出ている手首は明らかに箱から出ていたままだった。
「ミルクセーキを持って来たわ、ミーナ。喉が乾いたでしょう。」
そう言って千は手に持った3本の縦長の容器を前に掲げた。
元の石に座って容器の一つをミーナに渡した。
その容器は透明で柔らかく、中に茶黄色の液体が入っていた。
「こうやって飲むのよ。一緒にまねしてみて。容器を左手で握って、そう、右手で容器の蓋を親指を引く方向に回す。この回転を左回転っていうの。蓋は最初は固定されているから少し力を入れると固定が切れて廻るから。そう、そうよ。後は蓋を摘んで回せば蓋は外れる。そう、それでいいわ。後は容器の口から液体を飲めばいい。途中で止めて取っておきたいのなら蓋をしっかり回して閉じれば中身は漏れないわ。」
ミーナはボトルの中のミルクセーキを少し飲んで口の中で味わい飲み込んだ。
「これも甘くて美味しいです。でももっとびっくりしたのはこの容器です。軽くて透明でペコペコしているのに壊れない。それにこの蓋の構造には驚嘆しました。理屈は直(すぐ)に分りましたがこれまで全然思いつきませんでした。恥ずかしいことです。」
「その構造は『ねじ』って言うの。でもそんなに恥じることは無いわ。千年間も優れた文明を築いた国だって実際の物を見るまでねじの応用ができなかったこともあるのよ。お父上様の国だったかしら。その容器はミーナにあげる。水を持って歩く時に便利だから。革紐で縛って吊るしたら水筒になるわ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
「さて、ワル君。君にもミルクセーキをあげる。片手では蓋を外すのは出来ないだろうから蓋は外してあげる。」
千はそういって3本目の容器の蓋を外してワルの右手に手渡した。
ワルは上手に容器のミルクセーキを飲んだ。
喉が乾いていたのだ。
治療には体の水分を大量に消費する。
「うっめえ。」
それがワルの最初に発した言葉だった。
ワルはミルクセーキの味を味わいもせず一気に飲み干した
千はミルクセーキを飲み終えた後、ワルの容器と自分の容器を持って川に行き容器を洗って川の水を満たし、栓をしてから戻った。
「ミーナ、川の水を満たして来たわ。これもあげる。これがあればいつでも水を使うことができるから。」
「ありがとうございます。こんな物はだれも持っていません。透明ですが硬くはありません。ガラス製ではないですね。何と言う材質ですか。」
「ガラスではないわ。ポリエチレンテレフタレートという材質だけどまだミーナにはわからないでしょうね。知識を学べば分るようになるわ。」
「千さん。がんばります。知識を学ばせてください。お願いします。」
「いいわよ。でも少し大変よ。」
その時、治療機から音がして蓋に緑の明りが灯った。
「治療完了ね。さてワル君。どうなっているかな。」
千は治療箱に近づいて治療機の留め金を外して蓋を開いた。
そこには何の傷も見当たらない腕があった。
「ワル君、腕を持ち上げて動かしてみて。」
ワルは慎重に腕を持ち上げ右手で左腕を掴んで異常があるかどうかを確認した。
「骨が飛び出していた骨折が治っている。自由に動かせるし痛くない。治ってる。信じられない。」
「うまくいったみたいね。早速だけど、ワル君には仕事があります。死んだ友達を川まで運んで川に流して下さい。それが約束です。わかりましたか。」
「分った。約束だ。友達は川に嵌(は)まって流された。」
ワルは立ち上がり、少し遠くに横たわっていた友達の所に行き、遺体を背負って川の中に入って行き、川の中程で友達を川に流した。
それから川の中に頭までもぐって背中の血を洗い流してから立ち上がり、治った左手をあげて挨拶をしてから向こう岸に行き、茂みの中に消えた。
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