第4話 4、石投げ
<< 4、石投げ >>
翌日からミーナはいい子になった。
朝食が終わるとそそくさと4つの水袋を背負い水汲みに出かけるようになった。
朝早くからなら別の部落の男達もまだ出て来ないだろう。
昨日の別れ際に千さんは水場でミーナに声をかけると言っていた。
ミーナは駈けるように林を通り抜け河原の水場に来て素早く革袋に水を汲んで革紐で縛った。
これでおしまい。
後は千さんが声をかけて来るのを待つだけ。
ミーナは上を仰ぎ見た。
川の向こう岸の奥は岩の絶壁になっており絶壁の中間当りに出っ張った岩が見える。
下からは洞窟はみえない。
朝日は絶壁の横から昇って絶壁の反対側の横に沈んで行く。
絶壁は昼間は常に日の光に当っていることになる。
「ミーナ、待った。」
突然後ろから声が聞こえ、頭の中で言葉が聞こえた。
ミーナが後ろを振り向くと川中の少し大きな石の上に千さんが立ってミーナを見ていた。
「お早うございます。千さん。」
ミーナは頭を下げた。
「おはよう、ミーナ。今日もいい天気ね。」
千は川の中の石を軽快に跳び渡ってミーナの近くに着地した。
「今日は白い服を着て来なかったのですか。」
「今日はミーナと河原で話そうと思ってみんなと同じような服を着て来たの。」
「でも、みんなの服とは違います。」
ミーナは千のきれいな服をしげしげと眺めた。
靴はミーナと同じような編み上げ靴だったが靴の底は蔦の組み物ではなく一枚の板になっていたし、上着は肌にぴったりと張り付いた服の上からミーナの着ているような革のチョッキを着けていた。
革の腰巻きは着けてはいたのだが腰巻きの端は細紐で繋げられていた。
腰巻きの下にも肌色のぴったりと張り付いた服を着けていた。
白く美しい細腕には革の細紐で繋ぎ合わせた腕貫(うでぬき)を着けていた。
同性のミーナから見ても格好がいいのだ。
「そうね。似ているけど違うわ。わたしはおっぱいを出すのが恥ずかしいの。」
「私もそうですけど革のこの服しかないからしかたがないのです。」
「それにおっぱいを出していると動きにくいしね。」
「私もそう思います。今はまだ小さいですがもう少し大きくなったら乳房を押さえつけるものを革で編もうと思っています。」
「それがいいわ。それを作る時には相談に乗るわ。」
「お願いします、千さん。」
「今日はミーナにお土産を持って来たの。石投げの石の代りよ。石よりも威力があるわ。」
そう言って千は腰に吊るした二つの革袋の一つをミーナに差し出した。
ミーナが差し出された革袋を受け取るとその革袋は予想よりもずっと重かった。
ミーナが革紐を緩めて中を覗(のぞ)くと中には3㎝ほどの灰色の光沢を持つ丸い玉がいくつか入っていた。
「中の球は鉛って言うものよ。石よりも重いの。石投げの石は重い方がいいけど重い石はおおきくなるでしょ。それで小石を使うことになるわね。でも鉛の球は重くて小さいから威力が増すの。今日はミーナの石投げの腕を見せてくれない。」
石投げに自信を持っていたミーナは黙って脚下の適当な大きさの小石を拾って腰の革袋から出ている革紐の一方の端を引き上げて石投げ具を取り出し、小石を中央の幅広部分に包んでから静かに言った。
「石投げは私の唯一の自慢です。どれが的ですか。」
「そうとう自信がありそうね、ミーナ。そうねえ。川の中程に枯れた木があるでしょ。あれに当てることができる。」
「見ていて下さい。」
ミーナは石投げ具を頭上で回転させ石を飛ばせた。
小石は見事枯れ木の中央に当って水中に落ちた。
「上手ねえ、ミーナ。次は私の腕を見せて上げるわね。」
千は腰の革袋からミーナと同じような石投げ具を取り出し同じような小石を拾い上げて同じように石を包んでから石投げ具の革紐を肩の後ろに掛けてから革紐を引き上げようにして石を投げた。
石が飛んで行くのはほとんど見えなかったが枯れ木は二つに割れて破片は向こう側に飛んで行った。
「どう、すごいでしょ。腕の力が強いと石を早く飛ばすことができるの。早ければ威力は大きくなるわ。これくらいの威力になると人を倒せるの。額に当れば頭はこなごなになるわ。」
ミーナはあっけに取られた。
「すごいわ、千さん。わたしの石は子供みたい。」
「もう一つ凄い技を見せるわね。そうねえ、向こうに大きな丸い岩があるでしょ。あの岩の真ん中に小石を当てるから見ていて。」
千は同じような小石を拾って河原にあった大石に向けて小石を当てた。
小石は粉々になって辺りに散った。
「どう、すごいでしょう。」
「凄い。小石が砕けた。」
ミーナは千の方を見ないで砕けた小石の方を見たままで言った。
「飛んで行く石の力は石の重さと早さで決まって来るの。私は石を早く投げるから威力が大きくなるの。ミーナはまだ早く投げることが出来ないので威力を増やすために重い球をミーナにあげたの。」
「私の石は遅いんですか。」
ミーナは少し不満げに言った
「少しね。ミーナの石なら打ち落としたり手で掴んだりすることができるから。」
「本当に。」
「そうよ。実証して上げましょうか。ミーナ、ここから10mほど離れた所に大きな石があるでしょ。あそこの石のどこでもいいから石を十個当ててみて。私は石の前に立って棒でミーナの石を打ち落としてみせるから。私を狙ってもいいわよ。」
「そんなことをしたら千さんは傷つきます。」
「そんなドジはしないわ。それに怪我をしてもすぐに治せるから。昨日のミーナは大怪我していたのよ。」
「不思議だったんです。大怪我をしていたはずなのに傷一つ無くなっていました。草で切れたすり傷までも治っていました。」
「わたし、死んでいさえしなければどんな傷でも治すことができるから。」
「本当に。」
「本当よ。ま、その話は後にしましょう。とにかく信用して思いっきり石を投げてみて。」
「分りました。当ったらごめんなさい。」
「了解。」
千は的の大石に向かって歩いて行く途中で手頃な長さの棒を拾い、石に軽く打ち付けて丈夫さを確認してから大石の前に立った。
「ミーナ、投げていいわよ。思いっきりよ。私に当てるのが嫌なら最初の数個は体を外してもいいわ。」
「分りました。一個目を投げます。」
ミーナは石投げ具を頭の上で回してから千の右手を狙って投げた。
石は狙い通りの軌跡をとって千の右腕に向かって進んだ。
千はほとんど動かなかったが石が到着する少し前に体を右に開いて棒で小石を真上に跳ね上げた。
「狙い通りね。いいわ。2個目を投げて」。
次の石は千の左足を狙って飛んできた。
千は体を動かさないで右手だけで飛んで来る石を左に撥ね飛ばした。
「いいわね。次を投げて。」
今度は千の右肩をめがけて飛んできた。
千はその石を左の手の平で包むようにして受け止めて石を脚元に落とした。
4個目は千の胸に向かって飛んできたが千は左手の親指と人差し指と中指で石を摘み止めてミーナに微笑んだ。
「千さん、もう止めませんか。どこに投げても全部受け止められてしまうと思います。これ以上続けても無駄だと思います。」
ミーナは大声で叫んだ。
「そうね。止めましょうか。」
千はそう言って右手の棒を捨てて大石の前から離れた。
「私の石は全部止められてしまうのですね。」
ミーナは近づいて来る千に俯(うつむ)いて言った。
「ミーナの石は遅いから掴むことができたの。私の投げる石の早さでは掴むことはできないわ。」
「早さが遅いのですね。」
「でも対抗策はあるのよ。石を一つではなく二つにすればいいわ。そうすれば同時に受けることはできないわ。」
「それはそうでしょうが。」
「そうね。やはり早く投げることが大事ね。ミーナは石を投げるときは石を回転させるわね。早く投げるためには早く回転させなければならない。でも早く回すと投げるタイミングが難しくなる。私は石を回転させないで投げるの。石には背中から腕の長さまで力がかかっているの。どれだけ長く石に力を加え続けるかで石の早さが決まるわ。本当は腕の先まで力をかけることができる投石具を使えればいいのだけれど、邪魔だしね。」
「石投げ具よりも早く投げることが出来るものがあるのですか。」
「あるわよ。作り方も簡単。」
「教えて下さい、千さん。」
「興味を持ったようね。ちょっと待ってね。」
千は辺りの河原を見回し、先端が二又に別れている少し曲がった木の枝を拾い、二股の間を石投げ具の革紐を巻いた。
「これがそうよ。まだ言葉が無いから『石投げ具』ではなく『投石具』と呼ぶことにしましょう。革紐の所に小石を載せて投げるの。腕を長くするのと同じ理屈ね。これだと石に加える時間を伸ばすことができるから威力が増すの。見てて。」
千は脚元の小石を革紐の網に載せて振りかぶり石を落とさないように投石具で投げた。
千はたいして力強く投げている様には見えなかったが、ミーナは飛んで行く石の早さが異常に早いことに気が付いた。
そして小石は大石に当って砕けた。
「どお。なかなか威力が強いでしょ。これくらい早くなると石を掴むことができなくなるの。人間の神経の早さは一秒で100mほどだけど、この石の早さは一秒で80mほどなの。だから目で見てから対応するのが追い着かないのね。」
「凄い。私にも投げさせてくれませんか。」
「もちろんいいわよ。練習してみて。」
ミーナは小石を革網に載せて千がしたと同じように投げた。
石投げのこつを体得していたからだろうか。
投げた小石は大石に当って砕け散った。
「凄い。小石が裂けた。」
ミーナは投石具をしげしげと眺めた。
自分でも信じられないほどの威力だったのだ。
「なかなか筋がいいわね。ミーナ。それでいいわ。何回か練習してみて。」
「信じられません。こんなに威力が強くなるなんて。」
そう言ってからミーナは何回か石を投石具で投げた。
石は全て砕け散った。
「ミーナは石投げ具を持っているから同じような物をいつでも作ることができるわ。威力を増やしたいと思ったら投石具を使ったらいいわね。」
「そうします。これなら男にも勝つことができます。」
「でもそう簡単にはならないわ。構造が簡単だから誰でも作ることができる。力の強い男がこれで投げたら威力はもっと強くなるわ。」
「そうですね。」
「常に勝とうと思うなら常に考えて常に向上させなければならないの。」
「そう思います。」
「その投石具はあげるわ。持っていて。」
「ありがとう、千さん。」
・・参考(ばらつき有り)・・
ボクサー(時速36㎞、毎秒10m、反応不能距離1m)
野球(時速160㎞、毎秒44m、反応不能距離5m)
弓矢(時速200㎞、毎秒55m、反応不能距離6m)
ハイアライ(時速300㎞、毎秒83m、反応不能距離9m)
クロスボウ(時速400㎞、毎秒111m、反応不能距離12m)
音速(時速1296㎞、毎秒360m、反応不能距離36m)
散弾銃(時速1440㎞、毎秒400m、反応不能距離40m)
神経伝達速度(最速、毎秒120m)
人の反応時間(0.1〜0.2秒)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます