DAY46-4 囚われの姫君(前編)


 ガシャ、ガシャン……


 砕けた天窓の破片が床の上に落ちる。


 突如魔族本来の姿になり、飛び出していったアル。

 あまりに突然の出来事に言葉を無くしてしまう。


「今の娘……クレイ殿のパーティメンバーとお見受けしたが……」


「この残留魔力の波長……あれやね、”サキュバス”?」


「実は……」


 リードさんたちにも詳しく事情を話しておいた方が良いだろう。

 そう判断した私は、アルがサキュバスであること、なぜか純魔族に狙われている事などを説明する。

 剣士クラウスのパーティにその純魔族が憑依している可能性が高いこと、『認識改変』らしき現象が起こっていることも含めて。


「……なるほど、それで気付かなかったのか」

「クラウス殿ほどの使い手が無名なはずはないし、出身地を偽っていたことも含めて……クレイ殿の話を聞いて、ようやく頭の中がクリアになったよ」


「ほんまやねぇ……ウチらSランク冒険者にも気付かせず、これだけ広範囲で認識改変を引き起こせるとなると、大陸の歴史を紐解いても指折りの高位魔族やけども……」


「そこまでの純魔族がたかが下級魔族のサキュバスを狙う理由が分からないんです」


 そう言いながらも、胸の中に渦巻く不安がどんどん大きくなっていく。

 少し変わっている彼女の事情……あの日見た光景がフラッシュバックする。


「……ともかく、そのアルフェンニララ君が何かのカギになっている可能性が高そうだ」

「ここは我々に任せ、君は彼女を追うといい」

「純魔族の気配はまだ王立競技場にある。

羽ばたく者たちの誇りに掛けて、君たちの邪魔はさせんよ」


「そうですっ! クレイさんは彼女さんの事を優先で考えてください!」


「クレイさん、ギルド職員の気持ちも同じですので……アルフェンニララちゃんを助けてあげてください」


「みんな……」


 仲間たちの気配りがありがたい。


「それでは、お言葉に甘えて……ノノイ、手伝ってくれ!」


「もちっ!」


 私とアルは繋がっているため、居場所はすぐにわかる。

 ふらふらと王都の上空を旋回した後……なぜか王立競技場の反対側にある大聖堂の方角に向かおうとしているようだ。


 か……まさかな?


 妙な胸騒ぎを抱えたまま、私はノノイと共にギルドの建物を飛び出すのだった。



 ***  ***


「くそっ、こう人が多くては……」


 表に飛び出したはいいものの、通りと言う通りは王都中心部から逃げ出す人で溢れかえっており、人並みに逆らって歩くだけでも一苦労だ。


 幸いアルの移動スピードは遅く、一気に置いて行かれるということは無いのだが……なんとか大聖堂に先回りをした方が良いだろう。


「どうするのギルマネさん? 大聖堂はここから王都の反対側……いったん街の外に出て迂回する?」


「いや、非常時だ……多少の事は大目に見てもらおう。 ノノイ、こっちだ」


 私は路地に入り、とある建物の裏手に回る。

 そこにはぱっと見、何の変哲もない鉄の扉があり、一見するとただの倉庫への入り口に見える。

 だがそこに掛けられた封印の数々は常軌を逸しており……ここが特別な入り口であることを物語っていた。


「すまないがノノイ、この魔法鍵を解除してくれないか?」


「ん……良いけどこれって王家の紋章?」


 そう、これは私が元マフィア幹部のシンから聞かされていた秘密の通路。

 今は使われておらずほとんど忘れ去られているが、有事の際に王族がひそかに王都を脱出するための秘密通路だ。


 もちろん無断で侵入すれば罰せられるのだが……私は王家にも多少の知己がいる。

 事情を話せば、何とか許してもらえるだろう。

 私はそう判断し、ノノイに魔法鍵を開錠してもらうと地下通路に続く扉の中に身を躍らせるのだった。



 ***  ***


 コツコツコツ……


 真っ暗な地下通路内に私たちふたりの足音だけが響く。

 照明魔法のおぼろげな光に照らされた通路の壁は所々で崩れており、この通路が作られてからの年月を物語っていた。

 私は地図を見ながら慎重に足を進める。

 ここから大聖堂地下までの通路はほぼ一直線であり、私たちの足なら10分程度でたどり着けるだろう。


「……ところでギルマネさん、片棒担ぎついでに聞いてもいいかな?」


「……なにをだ?」


「本当のアルの事情」


「…………」


 聡明なノノイは気付いていただろう。

 アルがただのサキュバスではないことを。

 あえて触れてこなかったのは彼女の優しさだ。

 誰にも話したことは無かったが、ここまで巻き込んでしまったんだ。

 彼女には聞く権利があるだろう。


 私の脳裏にあの日の光景がよみがえる。

 私はゆっくりと口を開いた。


「私の魔眼の力は生まれつきでね。 故郷ではそのせいで色々あったものだ」

「……おっと、それは本筋の話じゃないな」


「こほん。 今から2年ほど前、竜の牙で中堅冒険者となっていた私は、魔族が現れたとの連絡を受けて、地方の村に赴いた」

「ちょうどそのころ、たびたび暴走する魔眼の力に私は悩んでいたんだ……この依頼を最後に冒険者を引退しよう、そうまで考えていたな」


「ギルマネさん……」


 自身も巨大すぎる魔力の暴走に悩んでいたからだろう。

 気遣うような視線を寄こしてくれるノノイ。


「土砂降りの雨が降る村のはずれで、私はアイツに出会ったんだ」

「気の立った手負いの幼いサキュバス……普通なら滅するべき危険な存在だ」

「だが、そこで私の魔眼が反応し……この子が特別な存在であることが分かったんだ」


「特別な存在って?」


「……使


 ひゅっ……ノノイが息を飲む音が聞こえた。

 世界の理を統べる女神の使いと言われる天使。

 純魔族以上に伝説の存在だ。


「私の魔眼は、アルの中に天使の残滓を感じた」

「どういう理屈かは分からないが、下級魔族であるはずのアルに天使が憑いていたんだ」

「相反する力の衝突により、彼女の命が尽きようとしていたことも」


「そ、それで……?」


「私も魔眼の力の暴走を抑えきれなくなっていたからな……似たような境遇の人間と魔族がこんな所で出会うなんてと思ったさ」

「どうせこのままでは……そう考えた私は、お互いの身体の中に眠る【魔】の力と【天】の力を……混ぜ合わせてみることにしたんだ」


「結果はこの通り……強固に繋がってしまった私たちは定期的に補給が必要となってしまったが……意外に元気にやっているよな?」


「…………」


 魔術師協会の賢者が聞けば、荒唐無稽な与太話として切り捨てられるか、もしくは危険人物として始末されてしまうかもしれない。

 初めて他人に話した自分の事情に、ある意味爽快感を覚えた私。


「おふぅ……まさかギルマネさんとアルがここまでチート的な存在だったなんて……ノノイちゃんもたいがいチートだと思うけど、上をいかれたね」


 恐怖するわけでもなく、あくまでいつも通り自然体なノノイ。


「なるほど……だからアルとトレーニングするだけであたしの才能がさらに開花したのか……いやまてよ、もしかしてギルマネさんとスレばさらに?」

「ごくりっ……」


「……まてまて」


 感心していたと思ったら、目をぐるぐるさせて危険な思考に沈むノノイ。


「さて、到着だ」


 私はノノイにチョップを食らわせて正気に戻すと、通路の終点にある扉に手を掛ける。


 ギ……ギギィ……


 数百年の時を経たであろうミスリル銀製の扉は半ば通路の壁と同化していたが、ノノイの魔法の力も借りてこじ開ける。


「ここは……」


 大聖堂の中にそびえる高さ20メートルほどの女神像。

 像が右手に持っている福音書の中……これが秘密通路への入り口である。

 大聖堂は大規模改修中であり、建物の中はひっそりと静まり返っている。


「さて……なにが起きるのか」


 純魔族に何かされたことで、アルの中に眠る”天使”の力と”魔族”の力のバランスが崩れている可能性もある。

 私たちはノノイの魔法で姿を隠すと、アルの到着を待つのだった。

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