DAY46-5 囚われの姫君(後編)
「来たな……いつでも極大遮蔽魔法が使えるように準備しておいてくれ」
「ん……りょうかい」
私たちが大聖堂に到着してから数分後、遥か上空からアルの気配が徐々に降りてくるのを感じる。
やはり……ゆっくりとした足取りだがここ大聖堂にある女神像を目指しているに違いない。
恐らくアルの目的は……。
私は彼女の身体に起きているであろう現象を推測しながら、アルが姿を現すのを待つ。
『行かなきゃ……欲しい……』
リリィン……
涼やかな鈴の音が誰もいない大聖堂に鳴り響く。
開いていた天窓からゆっくりと降りてきたのは、冒険着姿のままのアル。
「なるほどな……」
彼女の姿を見て、自分の推測が的中していることを確信した。
「アルの翼が……少しだけ白い?」
ノノイも一目でアルの状態を見抜いたようだ。
魔族であるサキュバスの象徴ともいえる漆黒の羽根。
通常は闇夜に光る夜露のように艶やかに輝いているのだが、今は羽根の表面にぽつぽつと白い斑点が浮きまだら模様になっている。
「アルの中に眠る、天使の力が暴走している状態だ」
「暴走?」
「ああ。 普段のアルは魔族の力が強く、天使の力を完全に抑え込むことで体内を巡る魔力のバランスを取っている」
「だが、あまりに魔力を使いすぎると天と魔のバランスが崩れ、抑え込んでいた天使の力が表に出てくることがある……【魔】の力を含んだ私の精気を補給することでそのバランスを元に戻すんだ」
「うおぉ…… (あの激しいえっちにそんな秘密が?)」
なぜか頬を染めるノノイを横目で見ながら、私の説明は続く。
「今のアルは、完全に天の力が表に出ている状態で……身体の中に残る魔の力を駆逐しようと【天】の力が満ちる大聖堂を目指して来たというわけだ」
『白い……ちから』
私が説明している間にも、アルはゆっくりとこちらに降りてくる。
「来い、アル」
私は遮蔽魔法を解くと、女神像の手の上に立つ。
「えっ……まさかギルマネさん?」
これからすることを察したのか、ぽん! と音がしそうなほど顔を赤くするノノイ。
女神の前で少々罰当たりかもしれないが、崩れた魔力バランスを戻すにはこれが一番なのである。
「ノノイ、極大遮蔽魔法で私たちを包んでくれ」
「ほへ……は、はいっ!」
キイイインッ
ノノイの遮蔽魔法の光の網が、私たちを包む。
女神像から天の力が流れ込まないようにするためだ。
(よしっ……!)
私は両手を広げると、全身に魔の精気をみなぎらせる。
これは治療行為だからな、アルには悪いが一瞬で終わらせるぞ。
普段ならアルとの補給行為は大事な愛情の交換であり、お互い至上の喜びを噛みしめながら行うのだが、この非常事態である。
まずはアルを正気に戻すことが先決だ。
私は両手に紫の精気を輝かせながら、ゆっくりとアルに手を伸ばす。
*** ***
(どきどきどきどき……)
ギルマネさんがアルに手を伸ばしている。
手っ取り早く補給が行われるといっても、どんな凄いぷれーなんだろう?
ノノイはふたりから目を話すことが出来ずにいた。
竜の牙に来てから、自分の実力が天元突破すると共に性癖が歪んできている自覚はある。
だけど、このふたりとならアリだよね……思わずノノイが口元を緩ませた瞬間。
ぞわり……!!
「!?!?」
とてつもない悪寒がノノイの背筋を駆けのぼる。
この気配は……純魔族!?
そんな……リードの言う通り、”アイツ”の気配はまだ王立競技場の中にある。
それじゃ、今ここに現れようとしているこの気配は……!?
まさか、2体目!?
アルへの補給に集中しているクレイは気付いていない。
「ギルマネさっ……!」
もつれる舌にムチを入れ、何とか言葉を唇に乗せた瞬間……ソイツは闇を纏いながら現れた。
*** ***
ズオオオオオオッ……バシュウウウッ
青黒くわだかまる闇……大聖堂の中空に現れたソレは、聖なる空気を吹き払いながら巨大な人影になる。
『ふん……あれがデルモーザの小童が企んでいた”仕込み”というヤツか。 小賢しい真似を』
『やはり奴は信用ならん……魔王様にお伝えして早急に始末を……ぐっ!?』
『ぐおおおおおおおおおおおっ!? な、何をする貴様ああああああああっ!?』
「え……?」
「な……?」
突如現れた2体目の純魔族……予想外の展開に驚く暇すら与えてもらえなかった。
ヤツは突然頭を抱えてもだえ苦しみ始めたのだ。
蒼黒い闇が、チカチカと赤い光を放つ。
次の瞬間、巨大な闇の力が爆発した。
ゴオオオオオオッ……ズドオッ!!
「くっ!?」
「わわっ!?」
『くくっ……蒼魔卿リンゲンも耄碌したものだ。 俺の企みに気づいたのはさすがだが、少しばかり遅かったな』
「ヤツから感じる【魔】の力が変わった? これって……!?」
今度は、私の魔眼にもはっきりと感じ取れた。
この気配は……クラウスに憑依し、アルに手を出してきたあの純魔族!
(くそっ……! 今手を離したら!)
悪いことに、私はアルに緊急補給を施そうと全精気と魔力を両掌に集中させている状態だ。
いったん補給をキャンセルすることも可能だが、再チャージには時間が掛かるし、その間にどんな悪影響がアルに現れるか分からない。
「んっ! ギルマネさんはそっちに集中してて!
食らえ、極大遮蔽魔法!」
私が逡巡している間に、ノノイが右手から遮蔽魔法の光の網を放つ。
凄い!
Sランクの極大遮蔽魔法の同時使用だと!?
頼もしすぎるノノイの様子に思わず安堵の息をついたのだが……。
迫る”光の網”を純魔族……先ほどの蒼黒の言葉を借りればデルモーザという名らしい……は全く意に介していない。
『やれやれ、あの出来損ないの実験体が俺の切り札に成長するとはな……全く予想外だよ、
「「!?」」
ノノイの遮蔽魔法を右腕の一振りで吹き散らした純魔族デルモーザ。
ぞっとするような冷たい声で予想外のセリフを放つ。
娘……実験体!?
何を言っている!?
『そして……これで仕上げだ。 感謝するぞ【千里魔眼】よ』
ぱちん!
純魔族デルモーザが指を鳴らした瞬間!
「なっ……がああああああああああっ!?」
「ギルマネさんっ!?」
両掌と、右目の奥が……灼けるように熱い!?
「うあっ……あああああああああああっ!?」
「アルっ!?」
私の中に眠る【魔】の力が際限なく増大していく……それは両掌に込めた精気と混じり合い、それに反応したアルが悲鳴を上げる。
彼女を助けなければ……そう思っても魔の力に侵食された意識は急速に遠くなり……。
「ヤバい、ヤバいっ! 危ない、ギルマネさんっ!!」
ゴオオオオオオオオッ……ズドオオオオオオンッ!
ノノイの悲鳴を最後に私の意識は途切れ……かつて感じたことのない衝撃と共に、大聖堂の上空に向けて闇の柱が立ち上ったのだった。
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