DAY46-3 ギルドマネージャーの誤算

 

 きゃあああああっ!?


 ズドオンッ!



「ひどい……」


 数ブロック向こうの路地で爆炎魔法が炸裂する音がし、真っ黒な煙が吹き上がる。

 悲鳴を上げて通りを逃げ惑う人々。


 ノノイの短距離転移魔法で自宅に避難した私たちが見たのは、地獄絵図と化した王都の姿だった。


「競技場を中心に、瘴気が拡がっている……」


 自宅のある街区は小高い丘の上にあり、窓から王都中心部に位置する競技場を見ることが出来る。


 魔眼を使うまでもなく、魔の力を帯びた赤黒い瘴気が競技場上空に渦を巻き、周囲の街区を侵食している。


「多分だけど、あの瘴気に当てられるとティムされたような状態になるんだと思う」

「しかも厄介な事に……」


 ノノイの言葉に頷く私。


 世界武術大会の決勝戦が開かれていた王立競技場には、大会の参加者も大勢訪れていた。

 ということは、高レベルの冒険者もたくさんいたという事で……。


 真っ先にティムされた彼らが先頭に立ち、王都に破壊と感染を拡げているという事になる。



「には~っ……ふみゅ、アル……どうしたんだろう? クレイ?」



 私がこの後の方針を考えていると、ベッドに寝かせていたアルが目を覚ます。


「ん~? なんか変なビリビリ……ふぁ~っ、まだ眠いよぅ」


 魔眼でスキャンしても特におかしな様子は感じ取れない。

 少し魔力を使いすぎたのか、寝ぼけまなこでふにゃふにゃと抱きついてくる。


「”感染”が急拡大している状況で十分な補給をしている時間はないし、自宅にとどまるのは得策ではないな」


「ギルマネさん、とりあえずギルドに行ってみない?」


「そうだな……」


 セレナさんをはじめ、ギルドスタッフの無事も確認したいし、上手くすればステファンたちと合流できるかもしれない。


「アル、私がおぶってやるから掴まれ!」


「ふぁ~い。 すやすや……」


 アルは大きなあくびを一つすると、私の背中にしがみつく。

 その柔らかさと暖かさに安心しながら、私とノノイは混乱渦巻く大通りへと飛び出すのだった。



 ***  ***


「クレイさん! 良かった、無事だったんですね!」


 竜の牙が入居する建物の前では、宿直の冒険者たちがバリケードを作り、ケガ人を治療している様子が見える。


 事前に水晶球で連絡していたので、建物を飛び出し迎えに来てくれるセレナさん。


「モニカさんたちも来てくれていますよ。 まずは現状の確認とご指示をお願いします」


「モニカもいるんですか? 了解です」


 モニカは救護班として競技場に詰めていたはずだ。

 上手く逃れることが出来たのだろうか。


 建物の中に入ると、エントランスには大きなテーブルが出され、壁の掲示板には王都各地から集められたであろう情報が張り付けられている。

 2階より上は重傷者を収容する野戦病院となっているらしく、聖女モニカが忙しそうに階上へ上がっていくのが見えた。


 テーブルの周りに立ち、王都の地図を広げているのはステファンら”羽ばたく者たち”の面々だ。

 私はひとまずアルをソファーに寝かし、彼らに声を掛ける。


「ステファン! 無事だったんだな!」


「!? クレイさん! よかったぁ~」


 驚いて振り返ったステファンが満面の笑みを浮かべてくれる。


「ご無事だったか、クレイ殿。

 我々も特別ゲストとしてゲースゥ卿に招かれていてね。

 君たちの対戦相手、剣士クラウスについては我らもマークしていたんだが……決勝戦が始まった直後、ゲースゥ卿の様子がおかしいと連絡が入ったんだ」


 ゲースゥ卿が?

 私たちの対戦相手だったクラウスたちではなく?

 初めて聞く情報に思わず首をかしげる。


「我らが特別室に踏み込んだ時には、卿から吹き上がる魔の瘴気はもう手が付けられないほどに増大していて……」

「隣の救護室に詰めていたモニカ君たちを保護して逃げるので精一杯だったんだ」


「病み上がりだったとはいえ、ヤツの瘴気を押さえられんかった……大魔導士の名が泣くわぁ」



「……ギルマネさん?」


「ああ……」



 ノノイも厳しい表情だ。

 私たちの想定と状況が食い違っている。


 こちらの認識では剣士クラウスに純魔族が憑依しており、ヤツが競技場に満ちる興奮と狂気を瘴気に変換……絶好調だったアルの魔力を利用して一気に競技場の外へと拡げた、という流れだ。

 だが、リードさんとリオナールさんの話では、同時刻にゲースゥ卿にも異常が発生していたという。


 同時に複数人に憑依しあれだけの力を行使できるなんて、いくら純魔族とはいえ規格外すぎるのだが……。


「すみません、リードさん。

 その話、詳しく聞かせてもらえますか」


 反抗作戦の立案のためにも、まずは正確な情報を集めるべきだ。

 そう判断した私は、羽ばたく者たちの面々との情報交換を開始するのだった。



 ***  ***


「それでは、既に王都を立った参加者たちにも声を掛けて……」


「うむ、王都近郊のレイド村……あそこには女神の神殿もあるし、そこを拠点にするのが良いだろう」


 情報交換を始めて30分、私たちが反抗計画を急速に組み上げていく中、突然それは起きた。


 ギンッ!


「ぐっ……なんだ!?」


 右目の奥に眠る魔眼、そこに妙な疼きを感じた瞬間。



『なに……これ? アルを……呼んでる?』



 妙にエコーの掛かった声。

 最低限の補給を施した後ソファーで眠り込んでいたはずのアルが突然目を覚ましたのだ。


「アル? どうした?」


『…………』


 私の問いに彼女は答えない。



『行かなきゃ……』


 ぶわあっ!



「なっ!?」


 中空を見つめ、何かを呟いたと思った瞬間、膨大な魔力がアルの全身から放出され、漆黒の翼が彼女の背中に現出する。


「まてっ、どうしたんだアル!!」


 必死に手を伸ばすが、テーブルをはさんで彼女の反対側にいた私が届くはずもなく。



 ばさっ……ガッシャアアアアンッ!



 大きく羽根を拡げたアルは一気に飛び上がり、天窓を突き破り混沌渦巻く王都の空に飛び出して行ってしまった。


「アル……なにが起きたの?」


 呆然と立ち尽くすノノイのつぶやきが、力なく地面に落ちた。

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