DAY46-2 決勝戦を襲う災厄(後編)
「アルっ!」
「まっかせて!」
ズダアンッ!
試合開始の合図と同時に、魔力で全身を強化したアルが地面を蹴り一気に飛び出す。
あまりの衝撃に、石造りの床に亀裂が入っている。
速い!
残像が残るほどのスピードに思わず舌を巻く。
「!!」
魔法による先制攻撃を警戒していたと思われる剣士クラウスが正面に剣を構える。
「正拳突き~っ……と見せかけてっ!」
ガイイインッ!
あえて正面から殴りかかったアルは、クラウスが構えたロングソードの側面を殴りつけると空中で軌道を変えた。
上手い!
「へへ~っ! エビルカッタ~!」
ブオンッ!
そのままひらりと体をねじったアルは、必殺の膝蹴りをクラウスの後頭部に繰り出す。
クラウスは体勢を崩しており、どんな高レベル戦士でも躱せないであろう完ぺきなタイミングだ。
ぼんっ!
「にはっ!?」
決まったか!?
そう思った瞬間、後衛の女魔法使いが放った弱威力の爆炎魔法がクラウスの腰に命中し、2メートルほどクラウスの身体を吹き飛ばす。
「うっそ~!?」
アルの膝蹴りが空を切る。
……まただ。
アルが『フェイントを使いクラウスの後頭部を狙う』事を
だが、魔眼もどきを女魔法使いに使わせなかった……今がチャンスだ!
「ノノイ!」
先ほどから極大遮蔽魔法の術式を準備しているノノイに合図を送る。
「おけっ!」
「【ハイ・アンブッシュ……セカンド】!」
ギイイイインンッ!
この1か月でさらにレベルアップしたノノイの遮蔽魔法だ。
女魔法使いを中心に、前衛のクラウスまでも包み込む巨大な光の網が拡がってゆく。
ウオオオオ…………
「……来たぞっ!」
光の網に押し出されるようにして赤黒い【魔】の力が空中に滲みだす。
魔眼を通してヤツの悲鳴が聞こえた気がした。
よし、行けるっ!
勝機が見えた、そう確信した瞬間……事態は予想外の展開を見せる。
ドオオオオオオオオオッ!!
「ッッ!? なにこれ!」
爆発的な歓声が客席から上がった。
……いや、音だけではない。
魔力と【魔】の力……瘴気が混じり合った物理的な圧力を背後から感じる。
「くっ……一体どうなっている!?」
思わず振り返った私が見たのは、明らかに異様な観客席の光景だった。
『ヤレ……ヤレ……コロセ……』
先ほどまで出ていた太陽を隠す黒い霧。
薄暗くなった観客席に無数の紅い目が爛々と輝いた。
『ヤレ……ヤレ……コロセ……』
競技場に渦巻く瘴気と狂気がどんどんと高まっていく。
「ギルマネさん、これ……まずいっ!」
キインッ
防御魔法で私たちをガードしたノノイが私のそばで構えを取る。
いつもは飄々としているノノイの顔にも焦りの色が濃い。
『テキヲ……コロセ……オカセ……!』
これが純魔族の狙いなのかは分からないが、こうなってしまっては決勝戦どころではない。
ノノイの近距離転移魔法でひとまず脱出を……そう思ったとき、前方から戸惑いの声が上がる。
「にはっ!? なにこれ~っ?」
アルの声だ。
魔の力を感じ取れているのかいないのかは分からないが、流石に周囲の異常事態を認識したのだろう。
「いったん逃げるぞ、こっちにこい!」
そう彼女に声を掛けた瞬間。
「えっ……!?」
ぽぽん!
いささか気の抜けた音と共に、アルのケモミミと尻尾があらわになる。
偽装魔法が解けた!?
そう思う暇もなく。
「ああああああああああっ!?」
ブワアアアアアアアッ!
アルの全身から、赤黒い魔族の力が吹き出した!
ズゴゴゴゴゴ……
一気に膨張した彼女の魔力は競技場に漂う瘴気と混ざり合い、競技場の外へと流れだしてゆく。
「ギルマネさん! 近距離転移の準備をするから、魔眼でアルを!」
何が起きたかを確認している時間はない。
今にも狂気に染まった観客がここに雪崩込んでくるかもしれないのだ。
アルはまだ力をすべて解放していない。
今なら全力魔眼で抑え込める。
「アルっ! 私の手を掴めっ!」
ギンッ!
シュウウウウウッ……パンッ!
私の魔眼が発動し、アルの魔力を一時的に抑え込む。
ふらりと倒れ込む彼女の身体を優しく抱き留める。
「うっ……あっ……クレイ?」
良かった。
まだ意識はあるみたいだ。
「ノノイ!」
「おっけ! 短距離転移!」
パシュン!
転移の魔法陣が発動し、私たちは狂乱渦巻く競技場から脱出した。
*** ***
モワアアアアッ
剣士クラウスから、赤黒い瘴気が滲みでる。
その瘴気は空中で人型を形作り……。
『少々手こずったがここまでは予定通り……
『これで競技場に集まっていた冒険者どもは俺の手駒だ』
『後は……』
切り札を手に入れるだけだ。
くぐもった笑い声を漏らす人型。
王都の長い一日は、まだ始まったばかりであった。
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