DAY34 最強魔法使い、居候する

 

「世界武術大会で王都経済の底上げですか! なかなか面白い試みですね」


 久しぶりにギルドに姿を見せたギルドマスターのパトリックさん。

 王国政府から依頼されたらしい新案件の説明をしたいという事で、私はパトリックさんの執務室に呼び出されていた。


「大会を盛り上げるために、地元選手の選出を”竜の牙”に依頼する……なるほど」


 政府からの依頼書を読みながら、頷く私。

 諸条件や依頼金額におかしな点はなく、至極まっとうな依頼のように見える。


 そのほか救護チームの編成など、大会の運営の一部をギルドに委託する旨が書かれている。


「これだけの規模の案件となりますと……竜の牙総出で行う必要がありますね」


 大会の開催は3か月後……現在請け負っている依頼にそこまで長期間の依頼は無かったはずだ。

 今から調整すれば、十分な準備期間が取れるだろう。


 開催要項を見た所、大会はスキルランク別にグレード分けして開催するらしい。

 ウチのエースたちだけではなく、中級・初級ランクの冒険者たちにも良い刺激となるだろう。


 なかなか面白そうな仕事だ……まずはギルド内で大会への参加希望者を募ってみるか。

 これだけの大規模案件、すぐにでも動く必要がある。


 私は一礼すると、執務室を出て行こうとしたのだが、今日はやけに寡黙なパトリックさんがここではじめて口を開く。


「……ああ、クレイ」

「この大会は定期開催が予定されている……今後の事を考えても第1回大会が盛り上がることがまず重要……」

「我がギルドから出すはくれぐれも考えるように……」


「了解です。 スキルを駆使した競り合いが対人戦の魅力ですからね」

「もちろんウチのギルドの選手に優勝して欲しいですが……選手の将来を考えると、”高い壁”に挑むことも必要です」

「私のツテを総動員して、最高のメンバーを揃えて見せます!!」


「う、うむ……例の案件も忘れずにな」


 パトリックさんは何かを言いたげに手を伸ばすが……やる気マックスな私の勢いに気おされたのか、不承不承といった感じで頷く。


 ??

 どうしたんだろうか?

 パトリックさん待望の大規模政府案件のはずだ。


 よく見れば、自慢の金髪からはツヤが失われ、唇はカサカサ、頬もこけ気味だ。

 よほど健康診断後の経過が良くないのだろう。


 ギルドマスター職に就く前はボンボンとして毎夜繁華街で遊びまわっていたと聞く。

 肝臓のダメージは中年になると来ると言うものな……。


「はい、そちらは手早く片付けますのでご安心を」


「…………コイツで借金を返せれば……もう少しいい条件で……」


 こちらの返事が聞こえていないのか、ぶつぶつと独り言を漏らすパトリックさんの目の前に、レイド村名産のマナシジミ濃縮エキスたっぷりな、肝臓に優しい魔法タブレットを差し出すと私は執務室を後にした。



 ***  ***


 自分の執務室に戻るなり、所属冒険者リストを引っ張り出した私は、3か月後の大会に向けて調整を開始する。

 並行して”ゲスト選手”のリストアップも進めたい……私はコーヒーを持ってきてくれたセレナさんに話しかける。


「と、いうことで……ステファンやモニカ、ウチを巣立っていった連中にも大会への参加を打診しようと思います」

「彼らの宿泊先の手配をお願いできますか?」


「ふふっ、クレイさんもいつになくやる気ですね。 いくらでも手伝いますよ」


「ありがとうございます」


「なるべくウチの連中にも経験を積ませたいので、希望者を募りましょう。

 後はノノイですね……彼女の将来を考えると、なるべく参加させたいのですが」


 先日の件で確信したが、ノノイの才能は本物だ。人類最強と言ってもいいかもしれない。

 だが、巨大すぎる才能に肉体のレベルが追いついておらず、その力を持て余しぎみ。

 世界の強豪と対戦することで、成長のきっかけを掴んでほしいのだが。


「ノノイさんですか……」


「? ノノイに何かあったんですか?」


 私がノノイの名前を出した途端、セレナさんの形の良い眉がひそめられる。


「いえ、彼女にはクレイさんが探していただいた魔法使い向けの物件に入居してもらったのですが……」


「ふむ……?」


「この数日間で3度もボヤ騒ぎを起こしていて……ノノイさんいわく、『勝手に魔法が発動した』そうなのですが、ギルドの寮扱いで借りているので修理費が嵩んで……」


 右手にたくさんの請求書を持ってため息をつくセレナさん。


 わが【竜の牙】では福利厚生の一環として、未成年の冒険者には寮として住まいを提供している。

 住人の不注意で部屋を傷つけた場合、修理費はギルド持ちとしているのだが……数日間で3度とは、尋常ではない。


「う~む、やはり彼女……どんどん強まる魔力の制御に苦労しているようですからね」

「とはいえ、Aランクの魔法使いです。 多少の出費は彼女が本格的に仕事を始めればペイできるはず……」


 ズズズズウウウンンッ


 私ギルドマネージャーとして収支の計算をしていると、遠くから鈍い爆発音が聞こえる。


「この方角は……まさか!?」


 慌てて表に飛び出す私。


 見れば、隣のブロックにある石造りのアパートの最上階から煙が上がっている。

 綺麗に天井が吹き飛んだ部屋の中から、ひとりの少女がぴょんと通りに飛び降りる。


 残念ながら……ノノイだ。


「いやぁ……ごめんギルマネさん。

 あたしは昼ご飯を作っていただけだよ? えっとその……ふいにギルマネさんとアルちゃんの……えええええっ……こほん。 ごにょごにょの光景が脳裏によみがえって来て」


「気が付いたら天井が吹き飛んでた。 めんご」


 全身にプスプスと煙をまとわせながら、顔を真っ赤にして報告してくるノノイ。


「…………」


 こうして彼女はアパートを叩き出され……暴走気味の彼女の魔力を押さえられるのは私だけという事で、閃光のノノイは私の家に居候する事になったのだった。

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