DAY30 最強魔法使いとギルドマネージャーの頭痛

 

「やほやほ、おまた~。 ノノイちゃん着任したよ」


 混沌の鷹を巡る大事件、その事後処理を終え久々に朝からギルドに出勤した私。

 執務室に入るなり、のんびりとした声が掛けられる。


 私の椅子に座り、戸棚の奥に隠していたとっておきの高級ココアを美味しそうに飲んでいるのは赤髪の少女。


 印象的な黄金の双眸は初対面の時そのままに、蒼を基調とした制服風の魔導ローブを身に着けている。

 しっかり着込んだ上半身とは対照的に、短いスカートから伸びるすらりとした両脚。


 ローファーのかかとを椅子に乗せているのでスカートの中身が丸見えだが、しっかりとスパッツでガードしているのが見える。


 悲しい男の習性で、思わず視線を投げてしまった私をわずかにニヤついた表情で見つめる彼女からは、帝国で出会った際の研究者然とした姿ではなく年相応の幼さを感じられる。


「まったく……いつ来るのかと思っていたら」


「ちゃんとセレナさんに着任届は出したのか?」

「ていうか、どうやってここに入った?」


 機密書類もあるので、不在時には魔法で施錠しているのだ。

 簡単に開けられるものではないはずだが。


 私はため息をつきながら執務室のドアを見つめる。

 聞くまでもない。

 彼女……ノノイが魔法でこじ開けたのだろう。


「そこそこちゃんとした魔法鍵だったけど……あたしの手に掛かればこんなもんだね、ぶい」


 芳醇なココアの香りを漂わせながら、悪びれる様子もなくVサインを作るノノイ。

 経歴書にあった通り、いろんな意味で問題児のようだ。


 探査魔法を使って私の高級ココアも見つけ出したのだろう。


「やれやれ……こほん」


「竜の牙は君の着任を歓迎する……それと」


 ぺこん!


「はうっ!?」

「動きが見えなかった……このギルマネ、やるね」


 3分の1ほど飲み干されてしまったココアの恨みを込め、軽いチョップを彼女に食らわせる私なのだった。



 ***  ***


「ふふっ……年若いスキルランクAの天才魔法使い、どんな子かと思っていましたが、なかなか面白いですね」


「研修メンドイ、ぶ~ぶ~」と不満たらたらのノノイを研修担当に引き渡し、一息つく。

 帝国と王国ではローカルルールや法律の違いなどもあるので、研修は必須である。


 ノノイに好印象を抱いたのか、セレナさんが嬉しそうにコーヒーを持ってきてくれる。


「その天才魔法使いの獲得願いがあっさりと受理された事を考えると、手放しでは喜べませんけどね」


 帝都で参加した新型魔法展示会の様子を思い出す。

 指先1つで大講堂の天井を吹っ飛ばしたのだ。


 詳しくは”鑑定”してみないと分からないが、莫大な才能値にレベルが追い付いてないように感じる。


 本格的に冒険業務につかせる前に、しっかりと確認した方が良いだろう。


「それはそうと……最近パトリックさんの姿を見ませんね」


「なにやら、王国政府の巨大案件があるらしく……ずっとお役所に行かれてますね」


 また直轄案件か……懲りない人だな。

 私がこっそりため息をついた瞬間。



 ズズン……



 激しい振動がギルドの建物を揺らし、パラパラと天井から埃が落ちてくる。


「まさか……」


 嫌な予感がした私は、ギルドの建物の裏手にあるグラウンドに向かう。

 確か今の時間は研修の一環として体力測定を行っていたはずだが……。


「めんご、ベンチプレスで力を入れたら、魔法が暴発しちゃった」


「ひ、ひええぇ……」


 彼女の傍らには、消し炭になったトレーニング器具がいくつも転がっている。


 爆発の巻き添えを食ったのか、グランド脇に建っていた倉庫がきれいに消し飛んでいる。

 研修担当の職員は無事なようだが腰が抜けてしまっている。


 力を入れただけで魔法が暴発するのか……帝国で会った時より悪化している気がするぞ。


 早急な矯正が必要だろう。

 新たに生まれた懸案に、思わず頭痛を覚える私なのだった。

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