DAY29 ブラックギルドマネージャー、元マフィア幹部の転身を祝福する

 

『クレイさんからお預かりした被害者の女の子たちは全員回復しました』

『数名記憶を失っている子がいるようですが……わたしの療養所で時間をかけて治療すれば大丈夫です』


 王都を震撼させた事件から数日……私は聖女モニカと魔法通信で話していた。

 薬物を投与されていた被害者たちの治療を彼女に依頼していたのだ。


「それを聞いて安心したよ。 ありがとうモニカ」


『いえいえ。 クレイさんに受けた恩を思えばこのくらい……また何かあれば連絡しますね』


「ああ。 お疲れさま」


 笑顔で一礼するモニカに手を振った後、魔法通信を切る。


「ふぅ……なんとかなったか」


 避難させるためとはいえ、”魔眼の力”を浴びせたのだ。

 精神に多少の障害が残る可能性もあったが、さすが聖女モニカである。

 持つべきものは頼りになる友人だな。


 私は彼女に感謝をささげると、ミルクチョコレートを1つ口に放り込む。

 とろける甘さがここ数日の疲れを癒してくれるようだ。


 そういえば、今日はパトリックさんを見ないな?

 国王陛下直筆の感謝状をギルドに頂いたのだ。

 有頂天になっていてもおかしくないが……。


 こんこん

 がちゃっ


 そう思った瞬間、執務室のドアがノックされる。

 一枚の書類を小脇に抱えて入室してきたのはセレナさんだ。


「お疲れ様です~。 シンさんの移籍届が受理されたご報告と……」


「パトリックさんは今週いっぱい胃潰瘍の検査入院で不在だそうです~。 ギルドマスター業務を代行するようにとの事です」


 なんと……!

 確かに最近腹の調子が悪そうで顔色も優れなかったもんな。


 中年の潰瘍は悪い病気に繋がるともいうからな。

 じっくり静養いただくのがいいだろう。


「それにしても……シンは国際治安維持機関ICCKへ移籍か。 先方も彼の才能を高く評価してくれたようだな」


 セレナさんが持ってきてくれた書類を眺め、感嘆の吐息を漏らす。

 これが私の”おせっかい”の正体。


 正義の味方に憧れていたシン。

 その才能を腐らせるのはあまりにもったいなく……とはいっても国内マフィアの元幹部をいきなり王国警察に採用するわけにはいかないと思い、ツテを使い彼を国際治安維持機関に推薦したのだ。


 世界の警察を自負するハイレベルで高潔な組織だが、一発で採用されるとは彼の経験も評価されたのだろう。

 マフィアとして磨かれた闇への嗅覚も、これからの活躍を支えてくれるに違いない。


「いきなり特任捜査官ですからね。 シンさんからは『”裏”で困ったことがあればいつでもオレに頼ってくれ。 あと、アンタのツレの事、こちらでも情報を集めてみるから何か分かったら連絡する』と伝言を預かっています」


「もうICCKの事前研修に参加しているんでしたっけ? ふふっ……わざわざメッセージを寄こすとは律儀なヤツだ」


 セレナさんから聞いたシンの伝言に、思わずほおを緩ませる。


「しかし……」


 だが、”彼女”の事となると私の表情は曇ってしまう。


 奴隷取引の現場にいた護衛連中の反応……尋問結果と照らし合わせると、連中はアルが魔族サキュバスであることを知っていたようなのだ。


 アルには何度か現場を手伝ってもらったことはあるものの、表立って魔族の力を使ったことはほとんどなかったはず。


 それに奴らが持っていた魔封具……。


 いよいよ”閃光の”魔法使いが来週やってくる……忙しくなるだろうが、周囲には気を付けておいた方がよさそうだ。


 私は最愛の同居人の安全を守るべく、ひそかに策を巡らせるのだった。

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