DAY27-1 ブラックギルドマネージャー、張り込みする

 

「さて、もうすぐか……」


 懐中時計で時刻を確認した私は、大きく身体を伸ばし入念にストレッチをする。

 荒事になる可能性大なので、準備運動は大切である。


 ここは王都郊外に広がる新興住宅街。

 近年急増する人口に対応するために急遽開発された街区で、白い土壁の無個性な集合住宅が規則的に並んでいる。


 平日の午前中は人通りも少なく、路地は静まり返っている。



「ねーねー、結局おにーさんの言ったこと本当なのかな? 罠の可能性もあるんじゃ?」


 珍しく冒険装備に身を固めたアルが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら聞いてくる。

 肘、ひざなどに革製のプロテクターを装備した彼女は、「アルフェンニララちゃん強襲もーどっ」と自称していた。

 そういえば、アルが物理攻撃で戦う所を初めて見るかもしれない。


 今日の主目的は”性奴隷取引”の現場を押さえる事と被害者を救助する事なので派手な攻撃魔法は使えないのだ。


「そうだな……彼、シンの想いは本当だよ。 目を見ればわかる」


 先日シンに秘策を説明した際、心眼の類は使わなかった。

 あえてスキルに頼らずに彼の本心を確認したいと思ったからだ。


 彼の正義への情熱は本物だろう。

 そう確信した私は、シンが提供してくれた情報に基づきこうして待ち伏せをしているわけだ。


「まぁ、このタイミングで王国警察が大規模演習をするなんて、”上”の関与があるんだろう……おあつらえ向きの状況だな」


 私は不快感に鼻を鳴らす。


 王国警察の管轄組織である王国財務局から出された通達によると、”マフィア撲滅を目指した大規模訓練”となっているが、真の目的は警察の配備に空白を作ることに間違いない。


 その証拠に、王都の中でも犯罪が少ないここ新興住宅街に配属されていた警察官は全員訓練に招集されている。

 最初の取引を行うには最適な状況と言えた。


「!! 来たぞアル! 襲撃準備!」


「おっけ~!」


 王国財務局が絡んでいるとなると、相当上位の権限を持つ政府高官がこの陰謀に加担していることになる。

 政府の腐敗に心を痛めていると、目標の連中が現れたようだ。


 一見、郊外の村から作物を運んできた荷馬車に見える。

 実際、2台の馬車には野菜が山盛りになっており、非合法な性奴隷を積んでいるようには見えない。


 だが、御者に従者……一般人を装っていても、鋭い目つきは犯罪組織構成員のそれだ。


「よし……」


 私は物陰からそっと連中の姿を視界にとらえると、心眼を最大出力で発動させる。

 こうすれば相手の力量を推し量るだけではなく、視界の通らない場所にいる敵を察知することができるのだ。


(被害者は先頭の馬車に合計5人)

(護衛は……ちっ、多いな)


 赤く染まった視界が拡張され、遮蔽物の向こうが”知覚”出来るようになる。


 荷馬車の奥、野菜の山の影に奴隷たちが詰め込まれている。

 その周りを囲むように大勢の護衛の姿が視える。


「なっ……B~Aランクの戦士に魔法使いまで10人体制だと?」


 想定外の護衛戦力に、思わず困惑のつぶやきが漏れる。

 レイトン警部から入手した奴隷の相場と照らし合わせれば、あのレベルの護衛を付けると利益はほとんど残らないのではないか。


 将来性のある取引先として元締めも気合を入れているのか。

 こんなことなら、ギルド案件にしてこちらも戦力を集めておくんだった……後悔しても後の祭りである。


「にしし……処す? 処す? アルいつでも行けるよ!」


 ぶんぶんと撃ち込まれるアルの右ストレートからなにかヤバそうな粒子が舞った。

 どうする……彼女に任せれば何とかなる気もするが、流石に多勢に無勢である。


 だが、初回取引を阻止しておかないと裏で手引きしている政府高官の協力の下、手を出せない地下に流通ルートが構築されてしまう危険もある。


「……よし、護衛の連中はなるべく生かして捕らえる。 広域破壊魔法は厳禁だぞ?」


「は~いっ♪」


 覚悟を決めた私はアルに声を掛ける。

 力を振るえるのが嬉しいのか、舌なめずりをするアル。


「私は被害者を馬車から助け出すから、アルは護衛どもを頼む!」


「任され~っ!」


「3……2……1……今だっ!」


 もう一度役割分担を確認すると、荷馬車が裏路地に停車するタイミングを見計らい私は物陰から飛び出した!

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