第19話いつかの彼女が ラトロ




 ある時は巷を騒がせる超人気怪盗!

 ある時は我が国の第二王子の影武者!

 ある時は貴女のハートを盗み出す大泥棒!

 しかして、その実態は!?


 ……な〜んて、大それたこと言ってみたけど、俺はそんな大層な人間じゃあない。ちょっと顔が良くて、ちょっと手先が人様より器用で、ちょっと運動神経が良過ぎて、ちょっと生い立ちが特殊で、ちょっと職業が珍しいだけの、極々普通の青少年であーる。

 面白味と言えば、顔が第二王子とそっくりで、手先が器用なことを利用してどんな鍵でも開けられて、情報収集を生業とする家系生まれで、目下の職業が花嫁探し、ってことくらいかな〜。


 え? ちゃんと説明しろって?

 はいはい、わかってるってえ〜。


 この国には、国を裏から支える闇の組織がある。人知れず国を守る暗殺組織や、俺の所属してる機密情報機関、他にもいくつか裏組織が存在してるんだけど、詳しいことは俺も知らない。何せ、秘密の裏組織だからね〜。

 俺の仕事は、影から王家を守り、王家の為にその身を捧げること。謂わば、影武者。

 物心ついた頃から、血が繋がらないのに何故か俺と見た目瓜二つな我が国の王子様の影武者として、昼に夜に仕事をしてきた。と言っても、命じられた時間に命じられた場所で命じられたことをするだけの、実に簡単なお仕事で、幼い俺にとって影武者になることは何の苦にもならなかった。

 何だったら、豪華で美味しいもん食べれて、豪華で綺麗な服を着て、豪華で素敵な部屋で過ごせるから、ずっと影武者をしていたいくらいだったね。まあ、別の王子の影武者をしてた奴らの中には、性分とかが合わなくて辞めたのも何人かいたけどね。

 影武者の仕事以外の時間の全ては勉強に宛てがわれ、王家の盾として必要な知識と技術を学ばされた。お陰で俺は、この国でも指折りの博識だったりする。国一番の大天才のコンシリアトルさんには流石に負けちゃうけどね〜。


 そんな知識豊富な影武者である俺は、副業として王家の小間使いもやっていたりする。

 その一つが、怪盗ラトロ!

 王家から奪われたお宝達を、夜な夜な穏便に奪い返して回るお仕事。これが意外に楽しくって、自分の身体能力と器用さを最大限に発揮できて試せる泥棒ってお仕事に、生き甲斐ってやつを感じるほど怪盗な俺を俺は楽しんでいた。

 ちなみに「ラトロ」っていうのは、何代か前の王子の愛称。ラトロ王子は勇猛果敢で猪突猛進、曲がったことは大嫌いな人だったらしく、武勇伝が数多く残ってる。有名どころだと、とある盗賊団を少数の護衛だけを伴って一網打尽にした話。英雄色を好むの例に漏れず、ラトロ王子の色恋の武勇伝も数多くて、他国の姫との許されざる恋物語は未だに国民に愛されて語り継がれていたりする。

 え? なんでそれが俺になるのかって?

 俺の怪盗初仕事は、ラトロ王子が愛用していたと言われる短剣の奪還だったんだよね〜。裏オークションってやつに出てたのを、ささっと盗んで王家に返したわけ。それが何故か大ニュースになっちゃって。しかも初仕事で緊張しちゃってた俺は、顔を目撃までされちゃって。王族の顔立ちの義賊がいる! まるでラトロ様の再臨! あの身のこなしは怪盗のよう! 怪盗ラトロだ! な〜んて通称が、あっという間に国中に広まったんだよね〜。一夜にして有名人。これには上司から延々とお説教を食らった食らった。秘密情報局の人間が目立つとは何事だ! って、雷落とされちゃってさー。あれは二度と御免だね。


 まあそんな感じで怪盗ラトロになった俺は、それなりに怪盗な俺を満喫していた訳なんだけど。

 そんな俺の夜のお楽しみに水を差したのは、ある密命だった。


「第二王子の花嫁に相応しい女性を探せ」


 どんな無茶ぶりだよ!? って思ったね〜。だって、この国にどれだけ女性がいると思う? その一人一人の人となりを調べて報告でもすれば良いわけ? って、命じられた時の俺は絶望したよ。でも命令に逆らうなんて選択は持ち合わせてないから、渋々いろんな女性を調べまくった。我ながら真面目だよね〜俺。


 花嫁候補の最低条件は、美しいこと。

 王家の見目が美しければ、それだけで国民の心を掌握できる。その為に、王家はより美しい者の血を求めていた。

 怪盗として仕事をする傍ら、美人だと噂の淑女の家に忍び込んで顔を確認し、美人だったら身辺調査をして王族の花嫁にしても害にならないかを見極めるという、実に目まぐるしい日々を送っていた。そんな忙しない日常に、そいつは現れた。


 プエラフロイス。

 この女は、他の誰とも違う女だった。


 まず出会い。


 街中で噂の収集と町娘の偵察に行っていた時、豪奢な馬車から一組の男女が仲良く降りてきた。

 麗しい美貌の男と、それに見劣りしない輝くほど白く綺麗な女。

 その二人が降り立つと、道に小さな人集りが出来た。人々は皆一様に、その二人を褒めちぎっては少し離れて眺めていた。お貴族様は滅多に人前に出て来ないから、目の保養にしていたみたい。

 俺も群がる民衆の影から二人をつぶさに観察した。残念なことに男のほうには見覚えがあって、隣りの女が婚約者だとすぐに察してしまった俺は、深い溜息を吐いた。だってせっかくの美人さんだけど、婚約者がいる女を王家の花嫁さんには出来ないからさー。

 さて他に可愛い娘はいないかな〜と、美人さんから目を離そうとしたその時、振り向いた彼女とバッチリと目が合ったのだ。そしてニッコリとこちらへ一度笑みを向けると、美人な彼女は婚約者と去って行った。

 そのことに、俺はすっかり虚を衝かれた。



 その夜、俺は闇に紛れて美人な彼女の部屋に忍び込んだ。


「遅いわ。何をぼやぼやしていたの? 待ちくたびれちゃったじゃない」


 すると、仁王立ちした美人さんが、腰に手を当て俺を待ち構えていた。

 俺は努めて柔らかい笑みを浮かべてみせた。


「……初めまして、美しいお嬢さん」

「初めましてじゃないでしょう? 待っていたわ」

「へ?」

「今日街で会ったじゃない。見てたでしょう? それとも、わたしのこの可愛い顔を忘れたなんて言わないわよね?」

 

 あの人混みの中で、まさか俺を見てたとでも言うわけ?

 いやいやいや、まさかまさかまさか。ちょっと目が合った気がしないでもないけど、これでも俺、秘密組織の情報収集の専門家だぜ? 目立たないように気配も薄くして、髪も顔も汚してたし、見た目はただの町人に見えたはず。

 そのはずなのに、妙な説得力のある言葉に俺の口は勝手に動いていた。


「……なんで……?」


 何であの人集りの中に紛れていた俺を、あんたは見つけられたわけ?

 そう問おうとした口は、渇ききってて続く言葉が掠れて音に出来なかった。


「だってわたし、貴方のお顔が好きだもの」


 満面の笑みで、自信に満ちた顔で、そう断言された。

 その笑みに、俺は息を飲んだ。

 こんなにも綺麗に笑う人間を見たことが今まであっただろうか。


「貴方、わたしが欲しいんでしょう?」

「は?」

「いいわ。分かってるから。可愛いってほんと罪よね」

「え〜っと?」

「けれどごめんなさい! わたしにはもう婚約者がいるの! 貴方に攫われてあげられないわ!」

「ちょっとお嬢さん?」

「でも貴方の話し相手にはなれるわ。わたしで良ければ何でも話して! さあ!」

「…………」


 あれ? 俺が特別な何かを一瞬感じて思考停止までしちゃったはずの女の子は、こんなにうるさい娘だったの? 街中で見た時はお淑やかで穏やかそうだったのに…。これじゃあ王子の花嫁には到底推薦出来そうにないな。あーあ無駄骨だったー。なんか疲れたな〜、帰りに一杯飲みにでも行こっかな〜。

 諦めの早い俺は、早々に頭を切り替えて帰路へと思いを馳せた。


「ちょっと、聞いてるの?」

「あーお嬢さん。ごめんね、家を間違えたみたいだわ」

「あら、そう。わたしよりも可愛い女がいるとでも言うわけ?」

「人間、顔じゃないしさ〜。中身も大切じゃん?」

「ふふっ、そんなこと微塵も思ってないくせに。貴方、自分の顔が好きでしょう? わたしも好きよ、貴方の顔」

「へ? いやいや、好きじゃないって。俺は……」

「じゃあ、嫌い? そんなわけ無いわよね。そんなに素敵な顔をしといて、自分の顔が好きじゃ無いなんて信じられないわ」


 自分の顔? そりゃあ確かに嫌いじゃない。顔が良いとモテるし、情報も聞き出し易いし、何よりこの顔のお陰で王子様の影武者っていう有り難い仕事に就けている。なら好きかって? 嫌いなわけがないだろ。


「わたし、貴方の顔が好きよ。誰よりも好き。ねえ、もっと見せて?」

「……お嬢さん、熱烈な口説き文句をありがとう。俺も君の美しい顔は好きだよ」


 月夜に照らされた白い少女が、微笑みを浮かべ甘ったるい声で囁く。

 普通の男なら、コロっといっちゃうだろうね〜。

 え? 俺? 俺は普通じゃないからさ。頭の中は、この娘をどうやって婚約者と離縁させて王族に穏便に嫁がせるかを考えてた。やっぱ見た目は充分過ぎるほど綺麗だったから、候補から外すのは惜しかったんだよね〜。


 彼女の囁きを他所にそんなことを画策してたからバチが当たったのか、思案する俺に女はこう言った。


「貴方、第二王子様の影武者でしょ?」

「な、なんでそれを……」


 国のトップシークレットなんですけど!?


「あら、少し考えればわかるわ。イケメンだもの」

「そりゃお褒めの言葉どーも」

「だから貴方の顔が好きよ。第二王子様の顔だもの」


 げっ。なんで知ってんの!?

 確かに瓜二つの顔をしてるけど、第二王子様は滅多に公に顔を出さないから、第二王子の顔を記憶しているのは王族か王宮勤めくらいのはずなのに。


「顔が良けりゃ良いってもんじゃないだろ? 人間、顔じゃないしさ〜」


 早急に話題を変えるべく苦し紛れにそう言ったが、まさか相手に言った言葉が自分にそのまま返ってくるとはね。いやはや、人様のことを悪くいうもんじゃないね〜。


「知ってるわ。でも、憧れるのは自由でしょう? わたし、第二王子様になら攫われてもいいわ!」


 夢見る少女のように、曇りのない瞳でうっとりと女は言った。


「……婚約者がいる人の言葉とは思えないね」

「だってわたし、第二王子様が好きだもの」

「会ったこともないのに?」

「ええ。愛してるわ」


 女はさも当たり前だと言わんばかりの口調で言い切った。


 ぶっ飛んでるなー、って思ったね。真顔で自信満々に言うからさ。

 この時俺が感じたのは恐怖だった。どんな盗賊団や強盗団の根城に盗みに入る時も恐怖なんて感じたことがなかった俺が、ただの女一人になぜだか知らないけれど悪寒が止まらなかったんだ。


 その日は逃げるように女の部屋を飛び出してトンズラした。だって一秒でも一緒に居たくなかったからさー。

 で、無様に逃げ帰った俺は興奮そのままに上司にこの出来事を報告しちゃったんだよね〜。あー俺はなんて馬鹿だったんだろ。バカ正直にありのまま言わなけりゃ、全部無かったことに出来たのにさー。

 俺が早口で女の悪口をあーだこーだ言いまくると、黙って聞いてた上司が俺の肩を叩いた。


「そんなに気に入ったのなら、その娘を花嫁第一候補とする」


 は? 何言ってんだこのおっさん? 俺の話聞いて無かったのか? って、殴り倒したくなったけど、上司のほうが強いから俺は何も言えなかった。

 どうやら悪口の全てを、花嫁候補について熱いプレゼンだと受け取ったらしい。どんな勘違いだよ。真逆だっての!

 けれど名前も何もかも報告しちゃった後だったから後に引けなくなっちゃって、仕方なく俺はその後何度も花嫁候補と裏で内定したプエラフロイスという女の家を訪れた。

 決まって夜も更けた時間に音もなく部屋に忍び込んだのに、プエラフロイスはバッチリ化粧やおめかしをして出迎えてくるので、彼女に対する俺の恐怖はどんどん倍増していった。


 そんな折、とある噂を耳にした。

 さるお貴族の可憐で麗しい少女が病気に罹って記憶を失くしてしまった、と。


 運悪く他の用事が立て続けに重なっちゃって、噂の真相を確かめる機会が後回しになった。


 ようやく会いに行った時、待っていたのはただのプエラフロイスという名の記憶喪失の女だった。俺を毎回恐怖のどん底に陥れる夢見る乙女で自意識過剰な勘違い女は、もうどこにも居なかった。

 そのことに、俺は内心ホッとした。もうあの心臓をザラついた猫の舌で舐められるような感覚を味わわなくて済むかと思うと、心の底から安堵の息が漏れた。


 だからなのか、記憶を失くした女の部屋を後にした俺の頬に生温かいものが伝った。

 それは、涙ってやつだった。

 自慢じゃないが、俺はいろんな訓練を受けてきた。影武者として必要だから、拷問を耐える訓練だってこなしてきたし、それ以上に大変なこともそれなりにしてきた。そんな日常の中、泣いたことは、一度もない。痛くても辛くても、泣いたことなんか一度だってない。

 なのに、俺の目からは涙が溢れて止まらなかった。


「ああ……好きだったんだな……俺……」


 第二王子様のことしか目に映ってない、いつも自分の可愛さを自負して憚らない、第二王子様に攫われたい攫われたいとうるさかった女のことを、いつの間にかこんなにも好きだったみたい。自分でも驚いたね。



 それから俺はどうしたかって?

 決まってるだろ。勤勉な王族のお使いである俺は、花嫁第一候補を見事王家に献上することが出来ましたとさ。めでたしめでたし。


 ……え? めでたくない?

 いや、めでたいじゃん。そうだろ?

 そういうことにしといてよ。




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