第13話 なんていうか雰囲気で全部伝われ

「いってきまーす」


 バイクを降りた妹は校門に向かう去り際で俺の方にバイバイと手を振った。


 人前で恥ずかしい。そういう所が子供なんだよ。


「……ホント、育ったのは見た目だけだよな」


 妹を高校に送り届けると時刻は八時を大幅に過ぎていた。


 結論から言って五分ほど登校時間をオーバーしてしまった。二日連続で遅刻とか恥の上塗りにもほどがある。


「言い訳があるなら言ってみろ。話だけは聞いてやる」


 教室の前に立ちはだかっていたのはこめかみに青筋を立てた龍ヶ花先生だった。


「一つ確認するがバイクはちゃんと修理したんだよな?」


 そう言っている龍ヶ花先生の雰囲気は完全に激おこだった。


 怖い。教室に入らないで回れ右して今すぐ帰りたい。


 相手が龍ヶ花先生の場合だと逃げてもすぐに捕まりそうな気もするけど。逃げたら逃げたで後が怖いしここは潔く処されるべきか。


「……寝坊しました。すいません」


 本当のことが言えるはずもなく、もっともらしい嘘を口に出すと先生は疑いの目を俺に向けてきた。


「本当にただの寝坊か?」

「はい。すいません」

「本当に他の理由はないのか?」

「ありません」

「……そうか」


 溜息を吐いてコツン、と。胸に軽い拳骨を食らった。


「ふん。こうも背が高いとまともに頭も叩けないな。わずらわしい」

「体罰は良くないと思うんですけど」

「教師なら問題だが姉なら問題ないさ。何もな」

「いや、姉でも駄目でしょ」


 釘を刺す様にお姉ちゃんモードになった龍ヶ花先生は言う。


「次遅刻したら私が直々に家まで迎えに行くからな」


 ある意味で体罰よりも酷い仕打ちだった。


「そういうのは流石に過保護だと思うんだけど」

「何か言ったか?」

「ひぇ、何でもありません」

「……あまり私を心配させるな。事故か何かに巻き込まれたと思うだろ」

「…………」


 その嫌な過去を思い出したと言わんばかりの晴れない顔。その顔を見て俺はある事を思い出した。


 ああ、そうか。桜花姉はまだ引きずっているんだ。

 亡くなってもう三年か。葬式に出たのがずいぶんと昔に感じてしまう。


「……次はちゃんと桜花姉に連絡するよ」


 そう伝えると桜花姉はフッと生真面目な教師の顔に戻った。


「そうだな。報連相は社会人になってから必要なスキルだ。忘れるなよ」


 それを最後に龍ヶ花先生の説教は終わった。俺は気不味い気持ちを抱えたまま制服に着替えて教室の中に入った。


 朝礼の最中に隣の悪友が目で「大丈夫?」と語りかけてきのたが……お前が心配する事は何もないと目で返した。


 なんていうか。二十歳になったのにも関わらず未だに身近な人から心配されるのは少しばかりモヤっとする。


 それだけ愛されていると思うのは自惚れが過ぎるし、それだけ人間として不出来だと思うのはいくらなんでも自己評価が低いと思うし、なんだかなぁ。


 心配だとか、ほっとけないと思う気持ちの根幹はどういう感情によるものなのだろうか。


 そういう哲学的な事を考えるといつも最後に行き着く先、思考の着地点はこうだ。


 俺以外の全人類がもっと察しのいい人になってくれたらな。


 そして直ぐに自分から自分にツッコミが入る。お前コミュニケーションて言葉知ってるか、と。


「莉奈ちゃんとは上手くいった?」

「分からん。年頃の女子高生はとにかく面倒臭い」

「いやいや、ちょっと前まで自分も高校生だったじゃん。大人ぶるのは子川くんにはまだ早いと思うけど?」

「悪かったな。中身はガキのままで」

「いや、そこまでは言ってないけど。何? もしかして兄妹そろって思春期拗らせたの?」

「なんだよそれ。思春期は拗らせるものじゃないだろ」

「ふむ。じゃあ煩わせるで」

「それも大して変わらないだろ」


 そんな感じで授業の合間に小虎と会話するとやっぱりコミュニケーションは会話で成り立っているんだなと改めて実感できた。


「……なんつーか、話し相手って大事だよな。小虎が隣にいてくれて本当に良かったよ」

「……え、急にどうしたの? 子川くんにそーゆーこと言われると何か凄いムズムズするんだけど」


 羞恥心に顔を焦される小虎。そういう分かりやすい反応は見ればすぐに分かるんだけどな。


「ちなみに聞くけどその感情は何から来るんだ?」

「何からって?」

「小虎が恥ずかしがる理由。根っ子にある部分は何なのかなって」

「え、それは……その」

「だから何で急に目を逸らす?」

「もー、そういう所だけ本当に鈍い!」

「……うん?」


 やはり察しとかおもんばかりだけで人の気持ちを理解するのは難しい。


「じゃあ逆に聞くけどさ、子川くんは『もどかしい』って気持ち分からないの?」

「いや、分かるけど?」

「それ絶対分かってないやつだから!」

「……そうか?」


 いや、会話をしても相互理解出来るとは限らないのか?


 すれ違いとか、思い違いとか、勘違いとか。


「……そうだよね。ちゃんと分かり合えてたら友達関係も五年目になんて突入しないよね」

「ん? ちゃんと分かり合えてるから五年も維持できてるんだろ?」

「えい」

「痛っ。急に背中を叩くな」

「はぁ。わたしも莉奈ちゃんみたいに肝心なところでグイグイ行けたらなー」

「……急に何の話してるんだ?」


 とりあえず、今言える事は可及的速やかに小虎の取説トリセツが必要だということだ。何故かは知らないがめっちゃ怒ってる。

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