第10話 勝負しよ(一回戦目)
バイクの修理が終わり自宅の部屋に戻ると妹は呆然とテレビを眺めていた。
「バイクの修理終わった?」
そう言って妹はテレビから視線を外して俺の方に目を向けた。その顔にはハッキリと不機嫌さが表れていた。小虎と修理に行く事を告げた段階で妹は少し不機嫌な様子ではあった。
「あの人、帰ったんだよね?」
「ああ、帰ったよ」
「そっか。ならいいや」
「…………」
分かりやすいほどの邪険ぶりだな。そんなに小虎のことが嫌いか。
俺としても下らない理由で小虎を毛嫌いされるのは面白くない。たとえそれが妹であっても。
小虎がお前に何かしたか? してないだろ?
喉元まで出かかった言葉を腹の奥に押し込んで俺は一つの提案を出す。
「あー……その、なんだ。とりあえずゲームやるか?」
「んー。なんか
「…………」
コイツは。
人が機嫌を取ろうと思ったらこれか。
気分屋はこれだから面倒臭いんだ。
「あーあー。露骨に機嫌取りに来られると莉奈のテンション下がっちゃうなー。お兄ちゃんの意思で優しくしてくれるならともかく他人に言われたからやるのってすご〜く冷めちゃうなー」
「…………」
コイツ、本当に勘が鋭い。
まさか小虎との会話を盗み聞きしてたのか?
いや、流石にその線は無いと思うけど……どうするこの状況。
なんていうか。急に妹の情緒の方向性が変わって少しばかり戸惑っている。
さっきまであんなに落ち込んでいのに。今は悲しみよりも怒りの感情の方が優っている気がする。
妹の情緒は秋の空よりも不安定なのだろうか。
「あー……そのなんか悪かったな」
あれ? つーかなんで俺が謝ってるんだ?
俺なんも悪いことしてないのに。意味が分からん。
「べー。莉奈の気持ちをちゃんと分かってないお兄ちゃんは許してあげないよーだ」
チロリと、薄紅色の舌を出して俺を小馬鹿にする妹。
腹立つ。
俺、そろそろキレても良い頃合いだと思うんだけど。駄目だろうか?
「まぁ、どうせゲームやってもお兄ちゃんってば“クソ雑魚”だから莉奈の圧勝で終わるし? 結果が見えてる勝負って面白くないんだよねー」
カチーン、と。堪忍袋の緒が切れた。
分かった。その安い挑発に乗ってやるよ。
「は? 誰がクソ雑魚だって?」
「えー? 誰ってお兄ちゃんに決まってるじゃん。ゲームで莉奈に勝ったことあんまりないでしょ?」
「あー、いるいる。いるよなそーゆーやつ。手加減されてるのにも気付かないで自分の実力だと勝手に勘違いしちゃう痛いやつ」
「は? お兄ちゃんがクソ雑魚なのは事実なんですけど? やーいやーいザーコザーコ、お兄ちゃんのザーコ」
「……どうやらこれは『分からせる』必要があるな」
気が付けば俺と妹の間で闘争心の火花がバチバチと燃え盛っていた。
「3・2・1……GO!」
ゲームを起動して数分後、カウントダウンを合図に兄妹による大乱闘が始まった。
ルールはタイマンによる3ストック制。レギュレーションはランダムステージのアイテム無し。このゲームの基本ルールは対戦相手が操作するキャラクターにダメージを与えステージの下に落とすか画面の外まで吹き飛ばして
「ふっふーん。莉奈が3タテしてお兄ちゃんが雑魚だってことしっかり分からせてあげるから」
「言ってろ。断っておくが今回ばかりは手加減無しでいくからな」
「はい、お兄ちゃんから強がりいただきましたァザマルコポーロ」
「パリピ語ウザっ」
口で煽り合いを繰り広げながらも視線はしっかりとテレビ画面に向いていた。
ああ言ってしまった手前だ。妹相手に負けるわけにはいかなかった。
「えっ、ちょっ!? 何これ、ハメ技じゃん!」
「…………」
「ヤバいって! 死ぬ死ぬ。こんなの無理に決まってんじゃん!」
「…………」
妹の悲鳴を無視して容赦なく疑似ハメ技を続ける。ダメージ率が150%を越えたのでそろそろ
「まだワンチャンあるし!」
「甘いな」
「にゃあああああ!!」
妹の操作する小さくて黄色いネズミが必殺技をもろに喰らいステージの場外まで勢いよく吹っ飛んでいく。
妹の残機を一つ減らしカウントは3ー2。俺にしては珍しく好調な滑り出しだった。
「……ふっ。お兄ちゃんのくせに中々やるじゃん」
「なんで負けたのにドヤ顔なんだ」
「負けてないし、まだ本気じゃないし」
「分かった。こっちもそろそろ本気出すわ」
「ピャッ!? このタイミングで即死コンボは卑怯だってばぁぁぁ!」
妹の断末魔と共に再び場外に吹き飛ばされる小さくて黄色いネズミ。迂闊にステージの端に移動すると低ダメージ率でも場外まで吹き飛ばされるコンボ、いわゆる『即死コンボ』の餌食になってしまう。
妹の残機がさらに減りカウントは3ー1。開始数分で妹はもうすでに後がない状況だった。
「……助けて神様。お兄ちゃんがゲームで莉奈をイジメてくる」
「人聞きの悪い事を言うな。勝負の世界は厳しいんだよ」
「むぅ〜。そんなんだから一緒にゲームやってくれる友達がいないんだよ」
「急に心の古傷を抉りにくるな」
良い子のみんなは対戦ゲームでハメ技とかバグ技とか卑怯な手を使っちゃ駄目だぞ。些細ないざこざでうっかり場外乱闘とかして友達を無くすからな。
「莉奈、このゲームに勝ったらお兄ちゃんに土下座して謝ってもらうんだ……」
「わざわざ自分でフラグ立てるとか斬新な負け惜しみだな」
「まだ負けてないしワンチャンあるし」
「悪いが手加減する気は一切無いからな」
そして対戦も終盤に差し掛かりもう後が無い妹はシールドを多用して守りに徹する。無謀なガン攻めの先ほどに比べればだいぶ善戦した方なのだが……VIP持ちの強者相手に積んだ対人経験の差が明確に表れ結局は俺から一機も取れずに3タテを決められてしまう。
「GAME SET」
試合終了のアナウンスが流れるとゲームに敗北した妹は真っ白に燃え尽きていた。
「ううっ。お兄ちゃんの指テクでしっかり分からされた……」
「分かればいいんだよ。分かれば」
セリフだけ聞くと少しばかり卑猥に聞こえるのは俺の心が汚れているせいだろう。知らんけど。
「う〜……悔しい! お兄ちゃんにガチ勝負で負けるの久しぶりだからめっちゃ悔しい!」
「実力の差を思い知ったか」
「むきー。今まで接待プレイされてたのが余計に悔しい!」
「そりゃ負けるとそうやってグズるからな。お前の兄は時に手加減してやる寛大な心を持っているんだよ」
「じゃあ今回も負けてくれれば良かったじゃんか……お兄ちゃんってほんと大人気ないよね!」
悔しさを抑えきれない妹はプリプリと頬を膨らませてこう言った。
「お兄ちゃん。もう一度勝負しよ?」
その一言はこれから始まる妹とのガチ勝負の前触れだった。
「いいぜ、何回でも負かしてやるよ。次は特別にハンデを多めにつけてやるから」
「ううん。テレビゲームはもういいよ、今のままじゃハンデがあっても絶対に勝てないから」
「…………ん?」
負けず嫌いな妹にしては珍しくあっさりとした引き際だった。
「なんてゆーかさ、莉奈ってご褒美とか罰ゲームがかかってないと真の実力が発揮されないタイプなんだよねー」
「夏休みの宿題を最終日までやらないタイプと発想が一緒だな」
「それはお兄ちゃんに手伝ってもらうからオールOK」
「おい、こら」
お前のせいで過去の八月下旬がどれほど大変だったことか。いや、本人にやらせないで手伝う俺も悪かったんだろうけど。
「だからね、次の勝負は何かを賭けようよ」
「チップの代わりに命を賭けるような闇のゲームならお断りだぞ」
「……闇のゲーム?」
どうやらネタが通じなかったらしく妹は「お兄ちゃんが何言ってるか分かんない」と首を傾げた。ふむ、世代の違いなのか性別の違いなのか分からんがネタが通じないのは少し
「賭けるって具体的には何を賭けるんだ? まさか金銭じゃないよな?」
「お金なんていらないよ。莉奈が欲しいのはお兄ちゃんだし。身体目当てだし」
「佐賀県産のお米がどうかしたか?」
「お兄ちゃん。ボケかツッコミか分かり辛いよ」
悪巧みを画策しているのが顔でバレバレの妹を何とか煙に巻こうとするも妹は見透かした様に決定的な一言を俺に言い放った。
「お兄ちゃん勝負しよ。勝負に負けるまでは帰らないから」
それはつまり自分がここから追い出される事を予見した上での発言なのだろうか。
「お兄ちゃんが勝てば“邪魔な莉奈”をここからすぐに追い出せるよ。そうすればまた彼女ともイチャイチャできるよね?」
「だから小虎は彼女じゃねーよ。変な誤解するな」
「今は、でしょ? 少なくともただの友達じゃないよね?」
「……アイツは、友達だ」
「……こんな時間にお酒持って男の部屋に来る女友達は確信犯の
「…………」
「正直言ってお兄ちゃんがあの人と仲良くしてる理由が莉奈には分からないかな。たぶんだけどあの人お兄ちゃん以外にも彼氏枠を何人かキープしてると思うよ?」
「…………っ」
ああ、そうか。コイツはどうしても小虎を悪役に仕立て上げたいんだな。なら、俺が取るべき選択はこれだ。
「分かった。その勝負乗ってやる」
「……良いの?」
「ああ、ただし俺が勝ったらお前は今日やった非礼を小虎にちゃんと謝れ。分かったな?」
「良いよ。でもね、莉奈は絶対に負けないから」
妹の瞳には先ほどまでとは違う方向性の真剣さが宿っていた。燃え盛る闘志の炎とは違う少し湿っぽくほの暗い瞳。まるで感情の荒波が全てを飲み込む様な、そんな緊迫感のある眼差しだった。
「で? 勝負の内容は? 何で勝敗を決めるんだ?」
「この中に良さそうなのが入ってるんだ」
コンビニ袋を持ち上げる妹。それは小虎が置いていった置き土産。大量の菓子類の他には缶チューハイが数本入っていた。
「おい、勝手に開けるな」
「いいじゃん別に。くれるって言ってたし」
「そういう問題じゃ……」
「ん。これにしよ」
妹は俺の質問に答えるかの如くコンビニ袋から一つのチョコレート菓子を取り出した。
その赤い箱に入ったチョコレート菓子は誰もが一度は口にした事のある有名な物だった。
「お兄ちゃんポッキーゲームしよ」
もしかしたら、俺は妹の計略にまんまと引っかかってしまったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます