明暗を分ける

成果

「それで、どうなったんだい?」

 背後から聞こえて来たのは、間違いなく、シャラクの声だった。

 天井に向けていた筒型灯を下ろしながら、振り返る。やはり、声のした方に立っているのは、運搬機付近で待っているはずのシャラクだ。ニコも伴わず一人で、他には誰もいない。

 しかし、さすがに、騙されない。

「メルさん?」

「はぁい」

 目の前にいるシャラクが、軽薄に手を振った。トウカの話にもあった、他者の体を操る魔術で、シャラクの体を乗っ取っているのだ。

 逆光になっているせいで表情は若干見えにくいが、声色からすると笑っている。

「何やってるんですか?」

 本来のその人ならば有り得ない口調や仕草を、実際にその人がしているのを見るのは、かなり気持ちが悪く、また不快でもあった。シャラクの合意を得て、その体を使っているとも思えない。思い切り顔をしかめた。

「ユウケイ君をとても気にしているようだったから、連れて来てあげたのさ」

「……脅しですか、この期に及んで」

「まさかまさか」

 言葉通りなのだろうとは思うのだが、どうしようもなく怪しく感じてしまう。詳細は分からないが、体の乗っ取りをするような魔術は、概ね危険性が高い。ほとんど人質を取られているのと同じだ。

 ただ、あからさまに警戒すれば、後ろに立っているトウカが不安がる。

「そうですか、失礼。ただ、俺には愉快な見世物じゃねえんで、それ、程々にしてくださいね」

「おや。じゃあ、置いて来るよ」

「……あとでいいです。先に話をしましょう」

 シャラクには怒られるかも知れないが、今は、話すことを優先させたかった。多少急いだってどうにもならないのは分かっているが、それでも今は、気持ちが急いてしまっている。

「まず、トウカさんの研究ですが、俺は引き受けないことにしました」

「「まず」と言うのなら、続きがあるのだろうね」

「はい。代わりに――」

 言いかけた時、肩に手が置かれた。ぎょっとして振り向くと、緊張した雰囲気のトウカが「自分で言う」と囁いた。

 ユウケイは身を引いて、その顔を見守る。

 シャラクの中にいるメルと相対し、トウカは凛とした顔で宣言した。

「研究は、儂が自分でやる。儂は学舎の生徒になる」

 正確に言えば、トウカ自身の研究のためではなく、メルの保護と研究をするために生徒になる。ただ実質的にはトウカの研究になるし、嘘をつくこともないということで、メルへの報告も事実そのままとなった。

「へぇ!」

 全く思ってもみなかったことを聞いたような声だった。

「君たち、どんな話し合いをしたんだい。あんなに嫌がっていたのに」

「秘密です」

「おやおや」

 メルはあまり食い下がることなく、話を戻す。

「いいのかな、トウカは、それで。嫌だった理由は解決したとしても、単純に、大変だと思うよ」

「一人でやる訳ではない。……ユウケイに手助けをしてもらう」

 嫌なのが微妙に隠し切れていないが、メルは突っかからなかった。

「なるほど。ユウケイ君が手伝ってくれるのなら、百人力だ。けど、ユウケイ君は、いいんだね? 途中で投げ出したり適当なことをしたら、許さないよ」

 蛇に睨まれるかのような恐怖と、シャラクの体による威圧感。軽く口の端を上げて応える。

「初代生徒代表の銘にかけて、ちゃんと預からせて頂きます」

 最初は何の重みもなかったが、今はいくらか意味のある銘だ。これで足りないと言われても、あとは命くらいしか懸けられない。

 シャラクの顔が微笑みを作る。

「そう、そうか。……それなら、私から言うことはない。トウカがそれでいいと言うのなら、むしろ願ってもないことだ」

 何度もうなずいて喜んでいる。トウカと目を合わせて、そっと胸を撫で下ろした。トウカが生徒になることを反対されたらどうしようと思っていたが、それもなさそうだ。

 これからは、メルに悟られないようにしながら、トウカが見た未来を回避する方法を探していくことになる。

 期限は三年半。それが長いのか短いのかも、まだ分からない。

 そして、協力関係を結んだとは言え、お互いの目的は、完全に一致している訳ではない。もし未来が変わらなければ、メルは五つの街を燃やすことになり、恐らくは社会にいられなくなる。その時、トウカはメルを選ぶと決めている。ユウケイとしては、そうさせたくない。

 だから、ひとまず、ここからだ。

 そう思った矢先である。

 メルが言った。

「これで安心して──旅に出ることが出来るよ」

「はぁ?」

 邪魔な物を除けるように肩を押されて、本棚に半身をぶつけた。「いてっ」と呟いたが、トウカは一切気にすることなくメルを問い詰めようとする。

「何と言った、メル」

「はて。知っているだろう、私の目的を。真の悪を探すのさ」

「おまっ、お前がいなくなったら、意味がっ!」

「トウカさん、待って待って」

 メルを指差す腕を下ろさせて、不用意なことを言わせないように、またトウカの前に立つ。

 ユウケイも狼狽していたが、先にトウカが取り乱したおかげで落ち着けた。

 トウカから聞いた話を思い出し、この成り行きも予想は出来たのかと反省する。

「あぁと、さっきトウカさんから、メルさんのことも少し聞きました。真の悪とやらについても。具体的には分かっていませんが……」

「そう、こちらでもその話を。奇遇だなぁ」

「も?」

「この、シャラク君ともさっき、その話をしていたんだ。悪性研究會と言ったかい? 前から気になっていたから、ちょうどいい機会だと思って」

「前から……」

 受け答えしながら、どうするか思考を巡らせる。

 まず大前提として、メルを目の届かないところへ行かせる訳にはいかない。この曖昧模糊とした魔物を自由にしたら、再度巡り会える気がしない。

 かと言って、ユウケイがその旅について行くことは出来ない。ユウケイにだって自分の人生があるし、メルが同行を許すとは思えない。だが、拘束するとなったら、トウカは「ほら危惧していた通りだ」と失望し、メルを追いかけて雲隠れするだろう。

 メルを引き止めるとして、その説得の材料はあるのか。不安に思わせるような情報を出すことで、事実上トウカを人質に取ることを一瞬考えたが、これは何もかも破綻させる可能性のある諸刃の剣だ。それで引き止められたとしても、確実に信頼にはひびが入る。

「俺としては、トウカさんのことをよく知っているメルさんには、ここにいてほしいんですけど。真の悪っていうのは、ここでは見つからないものなんですか?」

 それなら、この場所にいることで目的が達成出来ると、誘導するのはどうか。

 加えて情報を引き出し、上手くいかなさそうならば別の交渉材料を探す。

「さてねぇ。どうだと思う?」

「――知るか」

 答えたのは、シャラクだった。

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