光と影

 思わず微妙な笑みが漏れた。

「……書斎に来る時に使うあの運搬機に、幽霊の噂があるの、知ってます? 結構有名だそうですが」

 二人とも首を振る。

「それについて、駐留所にいる人が館員に調査を依頼したのですが、忙しさを理由に断られたそうです」

「おや、酷い。……しかし、図書館関係者が協力者であるなら、当然のことではないかな。調査をしたら、私たちのことが知られてしまうかも知れないのだから」

「逆です。自分が調査しなければ、他の誰かが調べてしまうかも知れない。実際、俺も調査してくれと頼まれました。今回は幸いいなかったようですが、単純に学術的興味で調べに来る人もいるでしょうね。他の場所ならいざ知らず、ここは学舎ですから。だから、そうなる前に、自分で調査したふりをして、安心させておく必要がある」

 しかし、実際には、運搬機は埃を被ったままだった。

「そうしなかったということは、噂自体知らなかったのではないかと。だから図書館で、噂を知る範囲にいる人は、むしろ後回しにしました」

 メルは「そうだったのか」とぼんやりとした相槌を打っている。

「……ついでに言っておくと、この幽霊の噂が囁かれ出したのが、半年程前です」

「おや。私たちが来たのと同じ頃だね。あの街から一緒について来たのかな」

「と言うか恐らく、聞く限りでは、お二人のことです」

「あれ?」

「根本的に禁域は、空間の歪みによって出来たものです。断言は出来ませんが、たぶんメルさんの魔術も影響を受けたんでしょう」

 幽霊について来られる心当たりがあることが気になるが、一旦置いておこう。

「まあ、あまり詳しく話す気はありませんが、他にもそうやって条件から外れていく人もいました。他には例えば、ヘルメスの書斎という名がつけられたのが、今から四、五年前だったので、それ以前に卒業した奴らは外したり」

「それで充分に絞り込めたのかい?」

「それなりに。ただもう一つ」

「……なるほどなぁ」

 呟くような「なるほど」に、少し耳が引っかかった。

「……何がなるほど?」

「うん?」

「いや、何か参考になるようなこと、言ったかと思って」

 話を始める前も、やけに粘られたなと思ったが、もしかして何か喋らない方が良いことを喋っているのだろうか。弱みを握られないように、若干後ろめたい手段も取ったことは隠しているのだが。

「真面目な人の真面目さを、舐めてはいけないなと思ってね」

 この声で言われると、全てが胡散臭く聞こえて、逆に何が怪しいのか分からなくなって来る。「もう一つって何?」とせっつかれて、仕方なく話の続きに戻る。

「もう一つは……まあ、ほとんど勘みたいなものですが。トウカさんに異界の心当たりがありそうだったので、協力者を探しながら、該当しそうな異界を探していたんです。で、それらしき場所を見つけました」

 異界についてトウカに話した時、トウカは妙に具体的な例を口にした。しかも「光」という、すぐには出て来ることのなさそうな例だ。それを実際に思い当たるものがあったからだと考えたユウケイは、文献に当たったり研究者に聞き、具体的な地名まで突き止めた。

 そこは普通より、眩しい土地だった。太陽の光が強いと言うよりは、純粋に光全般の明るさが増す異界だったようだ。暑くはないが、昼間は目も開けていられない程で、夜は月の光によって、真っ昼間のように明るかった。

 異界は街を囲んでいた。と言うよりは、異界を基準にして街が出来たのだろう。異界の外から見ると、その街だけが真っ白になっていて、空間が失われたようだった。

「異界?」

「……あの市のことじゃ」

「あぁ、あの忌まわしい、光の街」

 光が苦手であると言うのなら、確かにメルにとっては忌まわしいだろう。

 加えて、トウカの気持ちも代弁しているのかも知れない。

「その異界に行って聞き込みしたところ、学舎の関係者が訪れたことが分かりました。半年以上前のことで、他の条件も合う」

 実のところを言えば、それは調査対象になった人々の中で、最も疑っていた人物だった。

「弊学の学長がお二人の協力者です」

「正解!」

 一応笑って見せるが、心中には薄暗い雲がかかっていた。

 協力者を明らかにしたのは、単なる過程に過ぎない。元々の目的は、協力者をとっかかりにして、二人の素性を調べることだった。異界について調べていたのも、むしろそれが主な目的だ。

 当然、光の街を訪れた時、その目的も果たされた。

 トウカが不安そうに唇を引き結んでいるのが、視界の隅に映っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る