協力者
「俺を罠にはめるため」
メルは面白がるように「ほう」と相槌を打った。
「確信があるようだね」
「……アンタらの協力者と、会いました」
最初の手がかりとした、二人に「ヘルメスの書斎」という名称を教えた人物だ。
「会った時に、「行かない」と伝えてくれと、頼まれました。そこから、アンタが俺を罠にかけようとしている可能性に思い至りました」
「おや。……そうか、そちらからか」
予定は大きく狂っているはずなのに、メルには動揺した様子はない。悪びれもせずに、素直に感嘆したように言う。
「罠だとバレるかも知れないとは思っていたけれど、まさか、そこからバレるとは思わなかったよ。そもそも、協力者が誰かを特定されるとも、思っていなかった。どうして分かったのかな?」
「ほとんど人海戦術ですよ。さすがに全員調べるのは難しかったので、ある程度絞り込んだ上でですが」
「ほう。絞り込んだというのはどうやって?」
「大したことはしてませんよ」
「自分では大したことではないと思うことでも、得てして他の人には困難なものだ。是非聞かせておくれ」
妙に粘られている。
「協力者に関しては、これでも悟られないようにはしていたんだ。どういう道筋で特定されたのか、非常に興味がある。ねぇトウカ?」
途中からトウカはあからさまにつまらなさそうな顔をしていたが、メルの問いかけにはうんうんとうなずいて、その場に腰を下ろした。上下の区別も曖昧なせいで、空中浮遊する仙人のように見える。
「まあ、急な訪問で疲れたしの。箸休めに聞いても良いな」
ただし言動の徳は低い。
「え、詳しく話さなきゃいけない流れですか、これ?」
結局話が逸れるんじゃないかと思いながらも、ユウケイも探り探り、あぐらをかいて座った。固い。
座布団が欲しいとぼんやり思っていると、メルが何もない場所から、ぬるりと座布団を二つ取り出して来た。先日寮で起きた座布団盗難騒ぎの時に聞いたのと、同じ柄だった。
若干肩を落としつつ、座布団を尻の下に敷き、あらためて口を開く。
「えぇと、そもそも……メルさんが学舎でしか知られていないはずの「ヘルメスの書斎」という名を出したことから、学舎の関係者の中に、アンタらにヘルメスの書斎を教えた人物がいると考え、その人物を手がかりに、アンタらの素性について調べようと思ったのが、始まりです」
「あぁ、そうか、そんなところから。うっかりしていた」
「ただ、その時の調査は中々進みませんでした。協力者の特定まで出来たのは、トウカさんが会いに来てくれたお陰です」
魔術研究院と附属第一学舎では、動機や方法を追求することには、あまり意味がない。研究のために常人には理解出来ない理由で行動する研究者や、世界の認知からまるで異なる魔物、まだ解明されてもいない魔術を使う者がいる。考えるべき前提条件が多過ぎる。
だから協力者を特定するには、一見あまり関係のないような、些細な行動や言動から、少しずつ輪郭を描いていくしかない。
あの不意の訪問がなければ、手がかりが少な過ぎて、もう少し時間がかかっていただろう。
「あぁ、メルさんがどこまで知っているか分からないのですが、先日トウカさんが来まして……」
「一通り聞いているよ。まずユウケイ君を探して、迷路の如き学舎を延々と彷徨って、疲れ果てて食堂で待つことにして、その後授業を見たとか」
「学舎を彷徨ったのは俺も知りませんでした。そうだったんですか?」
「うるさい。この話に関係あるのか?」
あまり関係ないが、食堂で会った時にトウカが憔悴していた原因は、食堂の人込みだけだと思っていたので、今になってまた気の毒さを感じる。敷地内の施設はほとんど魔術の実験台となっていて、理屈に合わない構造やびっくり箱のような仕掛けが多々ある。ユウケイも、外部からの客人をけして一人で歩かせないように、と生徒代表に着任したばかりの頃に厳命されて、幾度となく案内役を務めたくらいだ。
「いえ。その節はお疲れ様でした」
この前も思ったが、トウカは見た目よりもずっと不器用で、子供だ。忘れないようにしたい。
「では、それも知っている前提で話を進めます。それと、全然見当違いのことを考えたり、回り道もしましたが、一々話していると長くなるので、関係のあった部分だけ言いますね」
あくまで、協力者を絞り込むための手がかりにしただけで、これだけで厳密に特定しようとした訳ではない。当然、虱潰しの調査も並行して行っていた。
「さて……。まず、一番大きかったのは、俺に頼み事をした知人が「そこにいたから」って言った時に、トウカさんが「因果応報」って笑ってたことですかね」
チルエルに水芸同好会の演技を評価するように、頼まれた時のことだ。
二人は分からなさそうに無言である。
だから、トウカも何の気なしに口にしたのだろう。
「それは俺が入学式の日、生徒代表になるはずだった生徒の代わりに、急遽生徒代表に命じられた時に学長に言われたのと、同じ言葉です。たぶん二人ともご存知かとは思いますが」
メルの方は分からないが、少なくともトウカは知っているはずだ。
「ただ、あの時に知人が言った言葉は、入学式とは関係ない。全く別のところで、俺が言った軽口が元だったんです」
魔獣食堂襲撃事件でチルエルに無茶振りをした時の軽口だ。一応自分が生徒代表に任命された時のことが念頭にはあったが、チルエルはそれを知らないし、直接は関係がない。
「けれどトウカさんは、俺が軽口を言った場面にはいませんでした。仮にメルさんの力で見ていたのだとしても、ここは外の声は届かないようですし、その知人の顔も、トウカさんはうろ覚えだった。トウカさんがあの時の軽口を知っていたとは思いにくい。すると、トウカさんが「因果応報」だと言った時に思い浮かべていたのは、入学式での一件だと考えられます」
「それが何だと言うのじゃ」
「そこなんですよ。俺は、自分が生徒代表に任命されたのは「そこにいたから」というだけの理由だと、極力広まらないようにして来たんです」
「何でだい?」
どうして「代わりに」生徒代表になった奴にあれこれ注意されたり、手伝いを命じられなければならないのか、と当時いた生徒たちに、舐められないようにするためだった。全く実が備わっていない凡人が、「生徒代表」という役を演じるためには、まず観客に「あいつは生徒代表になるくらいの人物だから」と納得されることが必要だった。
あと、単純に、悔しかったのもある。今なら「代わりの割にはよくやった方でしょう」と胸を張れるが、当時は失敗した時に、「仕方ないよな、そもそも代わりだし」と思われるのが嫌だった。
「……関係ないので割愛します。ともかく、それを知っている人物は限られます。まず、俺が生徒代表になるのを直接見ていた人物。次に、その経緯を知っている者から聞いた人物です」
トウカが少し首を傾げる。
「加えて、さっき言った通り、ヘルメスの書斎について、よく知っている人物でもあります。かなり学舎のことに精通している。となると、入学式の、裏方をやったくらいの当事者の可能性が高い。さすがに当時の生徒は、ほとんどが卒業か就院しているので、条件に当てはまるのは、研究者を含む卒業した俺の同期、教師、そして職員。ちなみに当時既に研究者だった人は、入学式出禁になっていたので、除外します」
司書長ともちらっと話したが、あの頃にいた研究者は軒並みマトモじゃなかった。ただし研究者や魔術師としては優秀なので、今もほとんどが在籍はしている。
「生徒の大多数を除いたような雰囲気を出しているけれど、当事者からその話を聞いた誰か……つまり、協力者のいる協力者である、という可能性はまだ残っているよね?」
「わざとややこしい言い方をしないでください」
「君の言い方が紛らわしいのを踏襲したのさ」
「いらねぇことを」
言い方はともかく、言いたいことは分かる。学舎の事情に詳しい人物からこれらの情報を得た、何でもない生徒や研究者の一人がトウカとメルの協力者である、という可能性は、この時点で排除されていない。
気づいてはいたが、実際には、ユウケイは協力者が二人以上いるという可能性については、あえて無視していた。調査の優先度を決めるのに、そこまでの厳密さはいらないと判断してのことだ。
だが、一応理屈付けは出来る。
「根拠としては乏しいんですが、トウカさんが食堂で特に周囲を気にする素振りを見せなかったり、あまり警戒心なく授業を見に来たので、そもそも生徒や教師の中にはいないんじゃないかと思っていました」
食堂には生徒や教師、職員など、敷地内にいる人物が広く訪れる。寮で探し人を待つことを知らないトウカが、ユウケイと会う手段として選択するくらいに。協力者が生徒であったなら、鉢合わせることを少しくらい気にするのではないかと感じた。
ただ、食堂ではなく、軽食の購入や自炊で済ませる人物であるとか、そもそも昼食を取る予定がないことを知っていたとも考えられる。そこでユウケイは、授業の見学を提案した。どんな生徒や教師が来るのか分からなかったはずだが、トウカは気にする素振りを見せなかった。
「協力者が生徒だったとしても、トウカは気にしなかっただろうけどね。きっと、うっかり出くわしてから、慌てて誤魔化そうとすると思うよ。それですぐにバレてしまう」
「あぁ……そうですか……」
「舐めとるのか貴様ら。その時は気にするわ」
仮に間違っていたとしても、あらためて調査の範囲を広げるだけだから、さして問題はない。
ともあれ、これで一旦、大多数の生徒と、ついでに教師も除外した。
「あとは俺の同期、職員ですね」
「そう言えば、図書館関係者は疑わなかったのかい? ヘルメスの書斎は図書館のお膝元。一番疑わしいと言ってもいいくらいじゃないか」
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