水芸同好会
単なる目印でしかない赤白の円錐はともかく、魔法陣などの魔道具は片付けるのに気を配らないと、大変なことになることがある。気を張って片付けをしていると、完全にユウケイに丸投げしていた教師がふっと歩いて行ったので、手を止めてちらっと行く先を見た。
トウカが所在なさげにユウケイを待っている。
授業はどうだったか、どんな研究をしようと思っているのか、何に興味があるのか、などと教師は溌剌とした口調で問いかけた。助け舟を出しにいった方がいいかと手を止めたまま見守ったが、トウカは狼狽えながらも口を開いた。
「自分のことは、その、よく分からないが……授業は面白かったと思う。あの、授業は終わってしまったが、一つだけ聞いていいじゃろうか?」
教師は嬉々としてうなずく。トウカは安堵したように質問を投げかけた。
大丈夫そうだと判断し、ユウケイは片付けに戻る。
聞こえて来る会話からは、トウカが授業をただ漫然と聞くだけでなく、内容をきちんと理解しようとしていたことが窺えた。そして完全ではないものの、理解も出来ている。生徒として入学するならば、高等科一年、二年からでも充分にやっていけそうだ。その下の級からだったとしても、然程労せず高等科に上がることが出来るだろう。
教師が自分の研究室に勧誘し始めた辺りで、ユウケイはまとめた荷物を持って割り込んだ。
「師、俺たちはこれから用事があるので、失礼します。急な見学者を受け入れてくださってありがとうございました」
「あっもう良いところなのに。こちらこそ、助手ありがとう。またよろしくね、って、卒業しちゃうんだったか。船長の研究室に行くって聞いたような」
「はい。まあ、まだ先なので……」
「じゃあ今度からは、船長に貸し出し手続きしてもらった方がいいのかしら?」
「いや……知らねぇですが。その辺は教師同士でよろしくお願いします。それじゃ、俺たちは行くので。これ魔道具です」
「あ、目的地があるならドビューンと瞬間移動させてあげるけど?」
「ありがたいですが結構」
「素っ気なーい。あ、トウカちゃん、良かったら私の研究室にもいらっしゃいね。歓迎するから」
急に話が戻って来て驚いたらしいトウカは、口ごもりながらも肯んじた。
ひとまず明確な目的地を決めず、漠然と歩き出す。範囲の広い魔術の実験場や多くの部活の活動場所になっているため、学庭はいつも賑わっている。
早くどこかに落ち着かないと、知り合いが話しかけて来そうだ、などと思いつつ、水芸同好会が練習している横を差しかかった時、早速そちらから声がかかった。
「代表! 頼みがあるんですが!」
「……どこかで見た顔じゃ」
聞こえないふりで立ち去ろうとしたが、隣の不思議そうな呟きを聞いて、横目で見やった。無視しにくい顔だ。仕方なしに足を止めて、たった今気がついたように応える。
「チルエルさんじゃないですか。そんなところで何をしてるんです?」
食堂大破事件の時にユウケイを引っ張り出した功労者であり、現在は学生講司令部の部長候補として研鑽を磨いている生徒である。
「見ての通り、部活動です。それより代表、明後日に発表会があるんですが、その前に少し見てくれませんか?」
「何で俺なんですか」
「そこにいたからです」
チルエルはふふんと鼻を鳴らし、トウカが「因果応報じゃのう」と軽く笑った。
「冗談です。代表、水芸同好会が出来たばかりの頃から、観客役として見てくれてるって先輩方に聞きました。その辺にいる人の中では、目は確かな方だと思って」
「やぁ、図々しくなりましたね」
「代表を見習ったらこうなりました。……と言うか、本当に大変ですね、司令部……」
部長として相応しいかを見極めるため、今まではユウケイに回っていたような仕事の多くがチルエルに回されていると聞く。役目を押し付けた手前、ユウケイも頼みを断りにくい。
「それは本当に申し訳ないと思っていますが、こちらも先約がですね……」
「別に良いぞ、こちらは後で」
トウカはチルエルの背後で行われている、水芸同好会の技芸に目を奪われていた。
「先約の方が順番を譲ってくれるそうです。ありがたく頭を垂れてお礼を申し上げてください」
「ありがとうございます。芸で返しますね」
水気のない土地で水芸を極めんとする奇妙さのせいか、中々部員は増えず長年同好会止まりではあるが、その芸自体は何度見ても驚嘆に値する。
笛による短い合図。
空中にばら撒かれる、小石程の大きさの氷。
指揮者が合図をするとふっと息を吹き込まれたかのように膨らんで、しゃぼん玉となって空中を飛び回る。そのしゃぼん玉を割りながら翔ける、小さな水の蛇。しゃぼん玉を割るほどに大きくなっていき、最後の一つを割った時には威容を放つ龍となっている。龍は散じて雨となり、雨は虹を現す。ついでとばかりに花びらが舞う。
人間であるチルエルは、術が干渉し合わないよう周囲の状況などを術者に伝える観測手をしているようだ。
一通り演目が終わる。
「どうですか!」
表情は満足気だ。
「良いと思いますよ。例年の課題だった物語性も、一応の水準には達していますし。銀賞くらいは狙えるのでは?」
「全然良くないじゃないですか」
「物語性はあるけど、あるだけで、ありきたりなんですよね。心に残るものがない。いい加減、腕の良い語り手に外注したらどうですか」
「でも、それだとお話が主役になってしまうじゃないですか。僕たちは水芸の技術だけで一番になりたいんですよ」
「今の審査員が物語性重視ですから、当面難しいんじゃないですか。審査員を暗殺するとかどうです?」
「面倒臭くなってませんか、代表」
「司令部の部長としてやっていくのなら、こういう振り切った思考も必要です」
言うべきことは言ったしそろそろ行くかとトウカの様子を窺うと、水芸同好会の面々に構われて楽しそうに遊んでいた。
気になる点や褒め言葉を追加して時間を潰し、トウカの方が一段落した頃を見計らってあらためて声をかけた。可愛がられたようで、淡い水色の球体を手にして戻って来た。
「何ぞもらったぞ」
「あぁ、良い物をもらいましたね。使ってみましょうか。使い方は教わりました?」
球体をひねって蓋を緩めると、中から霧が吹き出した。容器も溶けて、霧に混じる。
日差しを受けて、霧は夕焼け色に輝いた。
「ここにはたくさん、見たことのないものがあるな」
トウカの瞳も輝いていた。
ただ綺麗なだけでなく、この霧はある程度持続して、ちょうど良く周囲からの目眩ましにもなってくれる。また誰かに話しかける前に、話しておかなければ。
「で。授業の方はどうでしたか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます