移動系魔術初等講義
「はーい注目! それではこれから、瞬間移動系魔術の実演をおっこないまーす。まずは高速の移動を原理とした瞬間移動! 風の動きや移動した後の身体変化をよく見ておいてくださいねー」
芝生の上に間隔をあけて置かれた、腰ほどの高さの二つの円錐型の目印。一つは赤、一つは白。間には軽い材質の箱が置かれている。手に長い帯を持ったユウケイが赤色の円錐のそばに立つと、教師は背中に手を当てた。
息を詰めてその時を待つ。
「それでは行きまーす」
声がかけられてすぐ、内蔵が体の前面に押し付けられるような感覚があり、片足が一歩前に出る。目の前には、白い円錐があった。円錐の間にあった箱は、少しも動いていない。
「助手くんの移動が見えましたか? 見えなかった人でも、助手くんの持っていた帯が浮いていたことや、助手くんが少しよろけたのは確認しましたね? はい、これがこの前も説明した、高速移動でーす! じゃじゃーん! あらためて軽く説明しますと、これは高速移動によって時間差なく移動したように見せる魔術です。それって瞬間移動なの? 単にすっごい速くしてるだけじゃん、と言うか高速移動って言ってるし、とお思いの方、大正解! これは単なる移動の発展型とも言えます。でもね、少し特殊な点もあるんです」
教師が話している傍らで、ユウケイは赤い円錐のそば、そして箱の中に、それぞれ魔法陣が描かれた板を配置する。さして時間がかかる作業でもないので、終わったら赤い円錐に寄りかかって、生徒の中にいるトウカを眺めた。
トウカはユウケイのことなど忘れたように、熱心に教師の話を聞いている。
「通常速度の移動、例えば運搬機や徒歩での移動ではあまり気にされませんが、高速移動では移動させる対象の振動の抑制や制動、また障害物などの周辺環境をどうするか、などが大きな課題となります。
あっ、つまりですね、助手くんの体が速度に耐え切れずにぐちゃぐちゃになったり、勢い余って目的地を通り過ぎたり、障害物に当たったりしてぶっ壊れちゃわないように、考える必要があるってことです。そして瞬間移動と呼ばれるような高速移動には――術者によって移動の原理は異なるので、方法はかなり違いがあるんですけど――そういった、対象の移動以外の部分に、単なる移動では収まらない原理が働いていることがあります。だから高速移動は、単なる移動とはちょっと違う魔術として扱われるんですねー、って言っても難しいと思うので、軽くにはなっちゃうんですけど、さっきの助手くんの例で説明しますね! 私の魔術は、単純な筋力増強が主なんですが──」
トウカを連れて来たせいか、出来る限り易しく説明しようとしてくれている気がする。それでもさすがに所々込み入った話になってしまうが、トウカはついて来ているように見えた。時々首を傾げても、説明を聞いていくうちに納得したような顔を見せる。高慢そうな態度や幼い振る舞いが目につくが、それだけの人物ではなさそうだ。
それが、どんな質問をしようと言うのだろう。
「お次はー、魔法陣による位相置換! これは敷地内で使われているので、皆さん馴染み深いとは思いますが、あんまりじっくりと様子を見る人はいないんじゃないかと思います。今回魔法陣はこの赤い目印の足元と、箱の中にあります。空間の変化を直接観察出来る方は、どのように空間が交換されるのか、目をお皿のようにして見てみてください!」
トウカから目を外し、よっと体を起こして魔法陣のそばに立った。これからユウケイは空間ごと箱の中に移動して、入り切らずに箱を突き破る、という微妙に恥ずかしい有り様を見せることになる。魔法陣を狭い場所に置いてはならないという教訓を生徒の記憶に刻み込んでおくためなので、仕方がないと諦めている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます