忍耐

 先日新調されたばかりのはずの木の卓は、既に年季の入った色をしていた。

 いつもはメルの空間から見上げるだけなので、卓上を見たことはない。少し物珍しいような気がして表面を撫でると、木材の物ではないざらつきが返った。薄々察してはいたが、この卓にも魔術がかけられているようだ。

 この場所では、素材が素材のままに使われることは滅多にない。素材だけでなく、どんな物にも何かしらの魔術がかけられている。ただしその魔術は、必ずしもその物を良くするとは限らない。役に立つ魔術もあるが、物を大層へんてこにしてしまう魔術もある。

 ここへ来たばかりの頃はその節操のなさに困惑していたが、最近、分かるようになって来た。魔術研究院、それと附属第一学舎が存在するこの敷地は、研究室に留まらず、全域が巨大な実験場だと見做されている。

 だから食堂を始めとした生活圏で使われる魔術も、便利なものよりも、実験したいものが優先される。便利かどうか判断するために魔術をかけている、と言ってもいいだろう。さらに穿った見方をすると、役に立つかはどうでも良くて、ただ興味が湧いたから試してみているだけである。

 生活は二の次、全ては魔術の深奥へ潜り込んでいくために。

 そういう在り方を評することの出来る程の経験や知識は、トウカにはない。ただ、と思い出すのは、先日この食堂を破壊する遠因となった犯人の姿だ。魔獣を召喚して、魔獣にも生徒にも迷惑をかけて、それなのに悪びれもせず自分の研究のことだけを気にしている。あの人物がああなったのには、少しくらい、この環境が影響しているように思えてならない。

 魔術研究院附属第一学舎の在り方について思索していたが、校舎側の食堂の扉が開く音がして、慌ててトウカは顔を上げた。

 がやがやと賑やかな一団である。直視してうっかり未来の洪水に溺れないよう気をつけながら、一人一人の風体を確認し、ユウケイがいないことを確かめた。

 これで終わりかと思う頃、立て続けにまた人が入って来た。さらに、学庭側にある大扉からも、ぞろぞろ人が来る。顔を確認するのに少しバタついて、うっかり未来を見てしまう。一度見てしまうと、決壊した堤防のように抑えがきかなくなる。瞼を下ろして、しばし。

 目を開いた時には、食堂に大量の人が詰めていた。さらにまだ、とめどなく人が入って来る。

 頭を抱えて、ずっと卓に突っ伏していたくなった。しかし、ユウケイを見つけられないまま、おめおめと帰るのは癪だ。もう少し、あと少し探してみよう。

 そう決めた直後、隣の席に人が腰かけて、肩が縮んだ。

 逃げ出したいのを堪らえて、トウカは気配を殺しながら、薄目で二つの出入り口を見張り続けた。今日は別の場所で食事をするのかも知れないと不安にもなったが、その時はあらためて聞き込みをするしかないのだから、悩んでも仕方がないと忘れることにした。食堂の周囲ならば迷うこともないし、きっといつかは見つかるはずだ。いつか、いつか、いつか。

 思いとは裏腹に、精神負荷でじりじりと胃の腑が焼けた。

 だから、その間抜け面が視界に入った瞬間、トウカは思わず握った拳を卓に打ち付けてしまったのだった。

「遅いわ! この……馬鹿!」

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