突然の来客

まいごのまいごの

 授業が終わり、鐘が鳴る。講義室から出て来る人の群れに遭遇して、トウカの視界は星の瞬きのような閃光で埋め尽くされた。

 二十年後、獄中死。一週間後、落とし穴に落下。二年後、英雄となる。五百年後、病を得る。

 万華鏡の中にいるようだ。その上、未来から聞こえる音に、聴覚も支配される。せめて新たな未来が入って来ないように目を瞑る。寄りかかった壁の感触が、辛うじて意識を現在に繋ぎ止めた。石造りの校舎の壁は粗そうに見えたのに、触ると妙にすべすべしていて、ひんやりと冷たかった

 全ての未来を見終わる頃に、肩を叩かれていることに気がついた。見知らぬ生徒である。心配そうに顔を覗き込んで来る。びっくりして、トウカはあわあわと床に視線を落とした。思い切り顔を直視してしまったが、今回は未来は見えないようだ。しかし、じっと集中して見たり何度も見たりしていると、何かの拍子で意図せず調律が合ってしまうことがある。

 心配してくれた生徒には申し訳なかったが、顔を見ないようにしたまま、軽く首を振った。

「だ、大丈夫だから。単なる立ちくらみじゃ。気にするな」

 実際立ちくらみのようなものである。一気に流れ込んできた映像が流れ去ってしまえば、あとは何の問題もない。

 それなのに、生徒は引かず詰め寄って来た。

「本当に大丈夫ですか? その両眼、魔力器官とお見受けしますが、少し熱を持っています。この土地は魔力が多い魔界であるため、魔力差に順応出来なかった魔物が魔力器官に異常を来たすことが多いのですが、そのせいではないでしょうか? 放置しておけば徐々に順応してはいきますが、まだ順応出来ていない段階で無理をすると魔力器官に著しい障害が残る場合もあります。よく知られている例で言いますと、ゴウの魔界で起きた大火災を抑えた彼の英雄ですね。彼の人は魔界の魔力を用いて魔術を強化させることで、奇跡的にも死者が出る前に完全に鎮火させましたが、代わりに当人は魔力器官を損傷しました。また魔力器官に熱を持つというのは他にも色々な場合が考えられまして」

 人の波が引いていき、そろそろ次の授業の始まりの鐘が鳴るだろうという時になっても、生徒は滔々と何か喋っていた。

 最初はありがたがっていたが、だんだんと面倒臭くなって来て、トウカは早足に逃げ出した。

「心配をかけてすまぬ! 本当に大丈夫だから、ありがとう!」

 背後からかけられた声に適当に答えて、ともかく距離を取る。しっかりと歩いているのを見れば、強がって言っているのではないときっと分かってくれるだろう。

 そうして心配してくれた生徒からは無事に逃れたものの、トウカははたと周囲を見回して、眉を下げた。

「どこじゃろう、ここ」

 問いに答える声はない。鼻から息を吐いて、ひとまず足を踏み出す。しかし、すぐに立ち止まる。

 何となく頭上を見たが、当然何もなかった。

 後ろを向いて、前を向いて、窓を見る。窓からは海が見えた。窓のない場所の窮屈さを和らげるために設置される、偽窓である。開けてみても、似たような造りの廊下があるだけ。

 窓に寄りかかって、トウカはうなだれる。

 あの生徒から逃げた時から──本当はもっと前から──自分が校舎のどの辺りにいるのかが、把握出来なくなっていた。

 目的の、尋ね人がいる場所に、全く辿り着けない。

 また授業終わりに出くわしては敵わないと、トウカはのろのろと動き出す。誰もいない廊下を一人、悄然と歩いていく。



 正解の窓を見つけた瞬間トウカは窓のふちに足をかけて、建物の外に飛び出した。

 ずいぶんと長く屋内にいたせいで、日差しが白く目を焼いた。元々光には弱いため、目の奥までもが鋭く痛む。

 目の上に手でひさしを作り、心持ち肩を縮めて周囲を見渡した。

 迷子でいるのにうんざりしていたため、ろくに確認もせず飛び出したが、どうやら複数ある入口のどれからも遠い場所に出たようだ。周囲にトウカの行動を見ている人はいなかった。見られていたら恥ずかしいからそれは良いんじゃが、とトウカは眉を寄せて考え込む。

 これからどうしよう。

 もう一度校舎に入っても、また迷うだけだろう。それに、一時限目の授業が終わってしまったから、尋ね人はとっくに別の場所に行っている可能性が高い。

 つまり、尋ね人の居所を知るために、また聞き込みをしなければならない。

 聞き込み。

「もう嫌じゃ……」

 メル、と名前を呼びかけて、辛うじて思い留まる。代わりにため息を吐いた。

 一応、聞き込みしても安全そうな人の姿を探して歩き出す。しかし、トウカは同時に、もう一つの考えを頭の中で転がしていた。

 一台の運搬機が遠くを駆けていく。各施設に用意された「位換陣」と呼ばれる魔法陣とは別にある、魔術研究院と附属第一学舎の敷地内を移動するための手段である。何らかの理由で上手く位換陣が機能しない魔物や、魔法陣が混んでいる時などによく利用されるらしい。トウカにはメルがいるので必要ないが、魔術学舎に来たばかりの頃に、一度だけ乗ってみたことがあった。基本的に教室移動のために使われるため人が多くてくらくらしたが、生徒ではないトウカでも乗れはすることは確認済。

 あの運搬機に乗って、食堂まで行く。

 食堂で尋ね人を待つ。

 いつかは来るはずだ。敷地内に数ある施設を聞き込みをしながら探し回るよりも確実に、見つけることが出来るはずだ。

 ユウケイ。

 あの人間。

 ただし、この案にも問題がある。食堂にユウケイが来たとしても、ユウケイに話しかけるには、まず大勢の人の中から見つけ出さなければならない。未来を見る魔術の制御は、平地ではいくらか可能だったが、この土地では難しい。あの生徒が言ったように土地に過剰な魔力が漂っているせいだろう。加えて、視界に入る人数が多ければ多い程に制御は難しくなる。

 食堂で待つか、聞き込みをして足で探すか。どちらを選ぶにせよ、停留所に行けば運搬機は来るし、人もいるだろう。結論を出すのは先延ばしにして、停留所に足を向ける。

 施設内と同じように、この辺りも一人で歩くのは初めてだったが、メルの空間から見上げた風景を思い出して歩けば、何とか少し迷うくらいで停留所に辿り着くことが出来た。

 目論見通り、停留所には運搬機を待つ人が数人立っていた。一目見ただけで分かるようなおかしさは誰にもない。だが、トウカは若干距離を取って、腕を組んだ。

 運搬機を待つ人々はトウカには目もくれない。ありがたいと思いながらも、困る。

 誰か偶然にこちらを向いて、目が会ったなら、少し話しかけやすくなるのに。

 しばらく待っても誰もトウカを見ない。自分から動くしかなさそうだった。意を決して、一番近くにいた二人のエルフに「あ、あの」と声をかける。だが、二人共から強い拒絶を感じる冷眼を食らって、息を喉に詰まらせた。何も言えずにいると、無関心そうについと目を逸らされた。二度話しかける勇気はなかった。

 すごすごと引き下がり、うつむく。顔が熱い。

 うだうだとしている内に、運搬機がやって来た。

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