コール

 起き上がり、節々の痛みと喉の乾きに苦しむ。

 ぼんやりとしながらも暗がりを見渡す。暗くてよく見えないが、寮の自室ではないことは確かだ。

 自分の体に引っかかっていた毛布を拾い上げながら、徐々に状況を思い出していった。一度も勝てなかった。

「ユウケイ? 起きた?」

 声と共に灯りがついた。眩しさに目を細めながらも声のした方を振り返ると、どこかへ出かける風情のコールが立っていた。

「これから授業ですか?」

「これからっつーか、もう途中だけどね。四限目は珍しく昼間の教師来るの思い出して」

「早く行って来なさいよ」

「優等生に怒られたー」

 ケタケタと可笑しそうに笑うものの、昼間よりは少し静かである。眠っている人々に気を使っているのだろう。向かいの長椅子を見ると、息に合わせて微かに上下する布の塊があった。シャラクの姿はない。自室へ戻ったのだろう。

 ともあれ夜間授業の四限目ならば、まだ日が昇るまでには時間がある。今のうちに風呂を借りておこうと立ち上がる。

「ユウケイ。さっき気付いたんだけど、オレ、嘘言っちゃったかも」

 首だけでなく腰も痛い。軽く伸びをする。

「さっき気付いたのなら、嘘ではないと思いますけど。何ですか? 点数計算間違えました?」

「そんなのわざわざ言わねぇわ。メルとトウカちゃんのこと。オレ、もしかしたら見たことある……かも。かもだけどね」

 まだ眠気が払い切れておらず、驚き損ねる。あくびをして思考の錆を取り、長椅子に座り直した。

「授業に行くのは話してからにしてください」

「つっても、本物見た訳じゃねえけど」

 言葉の意味をすぐに了解し、ユウケイは軽くうなずいた。

「無断での夢への侵入は、禁止されてるんじゃありませんでした?」

 コールは肩にかけていた荷物を床に置いて、壁に寄りかかった。軽く肩をすくめて笑う。バツが悪そうではあるが、今後も止める気はないという表情だ。

「えー、それ言う? 栄養剤だけじゃ物足んないんだよねー。夢の操作まではしてないし、学舎にいる連中だけで我慢してるから許して? というかシャラクには黙ってて?」

「……失礼。今のは職業病みたいなものです。情報源は秘匿しますし、告げ口のようなことはしません。ありがたく聞かせていただきます」

「ユウケイ、夢の中でも代表やってそう。精神負荷ストレスだいじょーぶ? 今度弄ってやろうか」

 夢への介入はしていないと言ったのと同じ口で、夢への介入を提案して来る。

「お断りします」

「えー残念」

 コールは夢魔である。その栄養源は、夢に滲む、その人の欲望だ。

 それを摂取するために夢魔は、人の欲望を刺激するような夢を見せる能力を持つ。しかし、依存性が高いことや、夢魔を自身の夢の中に監禁する人物が多かったことなどが理由で、現在では夢に入ることだけでなく、他者が夢魔に頼んで夢を変化させることなども、基本的に禁止されている。

 本人が言っていたように、今は夢魔専用の栄養剤が作られていて、それによって生きるのに必要な栄養素は摂取出来るようになっている。しかし、あくまで栄養だけであって、味に関しては物足りないものらしい。

 気の毒にも思うが、ユウケイにはどうしようも出来ない。コールも本気で気に病んでほしい訳ではないだろう。「また機会がありましたら」と軽くいなして、本題に戻る。

「それで、どういう夢だったんですか?」

 コールは少し眉を下げた。

「……怖い夢。街が真っ赤に染まる夢。たぶん、トウカちゃんて子が見てた夢だったのかな。メル、やめてって呼びながら、泣いてたから」

 あくまで、夢は夢。

 参考にするのは難しいかも知れないが、少し、気になる夢だった。

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