シャラク

 特段言葉を弄さなくとも、迫力だけで充分に衝撃を与えることが出来るのだ。同じ長とつく役割を担ってはいるが、積み重ねて来た経験はまるで質が違う。小技で凌いできたユウケイが真正面から受け止めれば競り負ける。

 ひとまず、気に食わない点について聞き返すのは止めておく。もし報酬のことを言われても、返せるものはろくにない。あえてこちらからは話に出したくない。

「就院したら今より忙しくなるかも知れませんし、入学以来の大親友シャラクさんには、是非とも付き合ってほしいんですけどねー」

「テメェのクニでは、一方的に利用したい奴のことを親友と呼ぶのか?」

 やはり、何の見返りもないことが気にかかるようだ。悪性研究會はシャラクの築き上げた財産だ。知人だから無料で使おうというのは虫が良過ぎる、と言いたいのだろう。ユウケイも逆の立場なら同じことを言う。

「殺伐としてんなあ。俺の故郷は牧歌的な良い所ですよ。親友という言葉は大体、困っている時には親身になって話を聞いてやり、出来れば助けたいと思える相手を指す時に使います」

「そうか。それならお前は俺の親友ではねぇな。助けたいと思ったことがない」

「一例ですしー。まあほら、今からでも」

「それ以前に、友人と思ったこともねぇ」

 取り尽く島もない。

「それならまずは親交を深めましょうか? 実際、結構シャラクさん好みの遊びだと思ったんですけどね。侵入とは言いましたが、方法は問いませんし、これを機に学舎と対決するとかどうですか? 司書長もかつては投身峠の風神つって名が知れてたって聞くし。相手に取って不足なし」

「そこに関しては、テメェにしては珍しく気が利いてる……が」

「ですよね! ついでに研究院の奴らも巻き込んだら楽しいんじゃないですか」

「……」

 笑ってはいるが、頷きはしない。それどころか無言である。さすがに無言の相手に喋り続けるのはユウケイでも厳しく、いささか怯んだ。

 そんなに報酬の話をさせたいのか。しかし、無い袖は振れないのに変わりはない。

 半ば舌打ちしたいような気持ちでシャラクを見返す。

 シャラクは、ユウケイが代表として要請した時には、無報酬の上に何の面白みもない頼みでも引き受けてくれる。ただでさえ良い印象を持たれにくい悪性研究會が、その上学舎と対立するのは得策ではないと、会長として判断しているのかも知れない。あるいは、学舎に対する忠誠心がユウケイが思っているよりもずっと高いか。よくは知らない。理由はともかく、非常にあっさりと引き受ける。

 しかし、逆にユウケイ個人の頼みとなると、どれだけ簡単であっても、シャラクは中々首を縦に振らない。何やら単純な損得ではない、独自の基準があるらしい。その勘所を上手く突かなければ、ユウケイが頼みを聞いてもらえることはない。

「シャラクさん……無視はさすがに厳しくないですか?」

「目は開いてるじゃねえか。あんまり退屈だと寝ちまうから早くしろ」

 また黙られたら成す術がない。交渉が長引いて、無辺の森を深夜に一人で帰ることになるのも避けたい。

 出来るだけ出したくなかった手札を切ることにした。

「俺の頼みと関係のないことでも、俺に出来ることがあれば、協力しますよ」

 無言。仕方なく、付け加えた。

「例えば、何か、物を持ち出すとか」

 何があるかは知らない。しかし、第二の魔法使いヘルメスの名を冠する書斎とあれば、何もないはずがない。実質的には報酬と言える。

 シャラクは椅子から少し体を起こした。

 微かな期待は、しかし、瞬時に打ち砕かれた。

 底光りする目に深い溜息、膝を苛立たしげに叩く指。

「……分かってねえなあ」

 一段と声は低く、心臓に直接拳をねじり込まれるかのように響く。威圧を正面から受けて、ユウケイは思わず息を呑んだ。

 口の中に、鋭い歯が覗く。

「だが、話は受けてやる」

「……え」

 まじまじとシャラクの顔を見返した。

「……や、やったー? ありがとうございます?」

 やたらと怖い顔であるのに変わりはなかったが、聞き間違いや空耳ではなさそうだ。無意識に握り締めていた手を解いて、首を傾げつつ軽く万歳した。

 シャラクは口元に手を置きながら、きゅっと渋柿でも食べたような顔をする。どういう感情を抱いているのか分からない顔である。

「書斎への侵入に関しては、全てうちに任せろ。一切口を出すな」

「助かりますけど、本当にいいんですよね?」

 結局、ユウケイの出した条件では納得していない顔をしていたはずだ。

「お前はただ、楽しみに待てばいい」

 ユウケイとしては、期日にヘルメスの書斎に辿り着くことが出来れば、何だって構わない。微妙に不穏な気配を感じながらも、腹をくくってうなずいた。

「ありがとうございます」

「他にやることもあるだろう。そちらに注力しろ」

「あ、じゃあその一環で一応確認ですが。皆さん、メル、あるいはトウカという名に聞き覚えはないんですよね?」

 三人とも首を振る。話を聞いた時の反応から分かってはいた。

「身元調査にも協力してやろうか」

「いえ。当人達の話はあまり広めたくないですし、調べる目星もついてますから、何とかやってみますよ」

 それに悪性研究會への借りはあまり増やしたくない。気安い関係を築けてはいるが、気安さは容赦には結びつかない。

 シャラクは軽く肩をすくめて、視線を逸らした。椅子に深く腰かけ目を瞑る。ユウケイは知らず知らずのうちに強張っていた体の力を抜いた。

「話まとまったぽいしオレもう喋ってい? いいね?」

「胃荒れた」

 そしてコールとオンニが存在を主張し始めた。

「もー。いくらユウケイ来てくれて嬉しいからって、気軽に殺伐とすんの止めてよね」

「コール」

「おっかな。あー、ユウケイ、目星って何?」

 シャラクの睨みから逃れるための出しにしただけであって、あまり質問には興味はないことを察しつつ、ユウケイは答えた。

「ヘルメスの書斎の場所は偶然知ることが出来るかも知れませんが、その名前を知っている人は多くない。研究院か学舎にいる古株の中に、二人にヘルメスの書斎という名前を教えた人物がいるはずです。場所もその人物に教えてもらったと考えた方が自然でしょう。その人物などを手がかりにして、絞り込んでいけたらと思っています」

 やはりコールはどうでもよかったようで、気のない返事をする。ふと腰かけていた脚立から降りると、物が堆積する部屋の隅へ歩いていった。

 代わりのようにオンニが反応した。

「うッわメンド。つか誰か教えたにしても、何でそこッ? 聞ッただけだと、書斎て研究者以外は行く意味なさそ。しかも重傷者出ッくらいの場所なら、むしろ悪意感じんね」

 言われるまで気に留めていなかった。

 そもそも、ヘルメスの書斎が危険な場所だという認識を、あの二人が持っているかも分からない。

「そいつ、見ッけたらここ連れて来いよ。悪性研究會が責任持って矯正もとい更生してやッから」

「教師とかだったらどうします?」

「はーいはいっ。小難しい話は終わりー!」

 突如卓に凝った作りの地図が置かれ、駒がばら撒かれた。

 一試合終わらせるのにそこそこ時間のかかる卓上遊戯である。

「用事があったの俺なんで、こんなん言うの何なんですけど、日付変わる前に帰らせてくれるつもりあります?」

「は? 帰るつもりでいたの?」

「シャラク、俺の手袋知らね」

「椅子の裏の床。背もたれにかけておくのをいい加減止めろ」

 あとの二人もやる気満々である。苦笑いしながら、ユウケイは駒を手に取って並べていく。手袋をはめた手がそれに加わる。盆に乗せられ運ばれて来た飲み物と菓子を、黒い手が卓に置いていく。

「じゃあ俺、勝ったら帰りますから」

「言ったな?」

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