協力を仰ぐ

悪性研究會

 静かな無辺の森をコールと共に歩いていくと、ふと森が開けて、月灯りに照らされる建物が見えて来た。

 木や銅板などの様々な材料が継ぎ接ぎされて造られた壁に、壁全面に描かれた色とりどりの墨による落書き。一応人間が十人程度は入れそうな広さで、しかも二階建て。ちょっとした集会には使い勝手の良さそうな規模ではあるが、色々な意味で入りたくない。何も知らなければ、当局に通報してしまいそうな見た目をしている。

 一言で言えば、見るからに治安が悪い。

 最後に来たのは大分前のことだが、その時よりも一回りも二回りも規模が大きくなっているような気がした。

「ようこそ、悪性研究會へ!」

 扉を開いたコールは、ユウケイを振り返っておどけた。

 踊るような足取りで二階への階段を上って行きながら、奇妙な節回しで口遊み始める。

「恋人を食いたい? 盗みがしたい? 殺しがしたい? 分かる分かる! どんな奴でもオレたちゃ歓迎するぜ! 一緒に解決法を見つけてこう! あーくせいけーんきゅーかーい。……ってどうよ?」

 一階でたむろする人々に会釈していたのだが、問われて顔を上げた。何となく答えたくない問いだ。

「何がですか」

「歌だよ、歌。オレらって怖い印象持たれがちじゃん? でも親しみやすい歌があればちょっとは興味持ってもらいやすくなるんじゃないかって、今、みんなで歌作ってんのー」

「……冗談言ってます?」

「え何で? マジマジのマジよ」

「歌……はまあ百歩譲って良いとしても、今のは止めておいた方がいいと思います。忌憚なく言わせてもらうと、百年の恋も冷めます」

 二階から耐えかねたように「ヒヒヒヒヒッ」という笑い声が聞こえて来た。

「それ聞ッて逆に採用したくなって来た。コールに泣かされる奴減ッと思ッと良くね。どよシャラク?」

 二階までの階段を上り切って、ちらっと周囲の様子を窺いながら、声の主に目を向けた。

 様々な素材で造られている壁と床。家具にも全く統一感がない上に、かなり物が多く雑然としている。本が積み重なっているのに関してはユウケイも他人のことは言えないし、楽器や服が転がっているのも分からなくはないが、自転車やら鍬やら流木やら、どちらかと言うと外にあるべき物まで転がっているのはどういうことか。一歩間違えばごみ溜めとなるのが、誰かしらの粋な整頓術によって、辛うじて洒落た雰囲気を保っている。しかし基本的には無秩序であり、混沌とした空間だった。

 入って左手側には、卓を囲んで二脚の長椅子と、一人用の椅子が一脚並んでいる。声がしたのは長椅子の方からだ。

 そこには頭巾からささくれ立った白い髪を溢れさせた人が、膝を抱えて座っていた。目元が隠れているため感情が分かりにくいが、肩が揺れているから、恐らく今は笑っているのだろう。

 病魔のオンニ。肌に触れられると、その人物をたちまち病気にしてしまう特異体質の持ち主である。その体質を文字通りに気に病んで、年がら年中精神が不安定だが、今日は比較的元気なようだった。

「悪くねぇかもな」

 そして一人用の椅子に腰かけているのが、シャチの獣人シャラク。

 大きな目のようにも見える、目元からこめかみにかけて広がる真っ白な斑。班を際立たせる濡れた黒。まるで意図的に塗り分けたかのように口元から上は黒く、口から下は白い。ただ椅子に座っているだけでも他者を威圧する体格と迫力。

 悪性研究會の、会長である。

 シャラクの背後の壁には、この雑然とした部屋でも一際目を引く、巨大な旗が吊るされている。血のような赤の地に、黒い糸で山羊を象った紋様が刺繍されている。山羊を模しているのは、この悪性研究會の本部へと続く道の入り口が、十二に区分けされた学庭のうちの磨羯宮という名称の区域に位置しているためだった。

「全員酷くねえー? あ、ユウケイ座って座って。……どっかに」

「ここって応接間も兼ねてるんじゃありませんでした?」

「前はね。今は下」

 だとしても、汚くていい理由にはならない。

 手土産をコールに渡してから、オンニの向かいの長椅子に腰を下ろす。座る椅子のなくなったコールは脚立を持って来て寄りかかった。

「つー訳でぇ、本日の飛び入り参加はユウケイでーす! 拍手ー!」

 賑やか、小刻み、鷹揚と、三者三様の拍手を向けられる。ユウケイはコールの言い方が気になって、「事前に連絡してくれたんですよね?」と問いかける。コールは首を振った。

「いきなりのがびっくりして楽しいじゃん」

「あぁ……突然お尋ねしてしまってすみません。とすると、俺の用件もご存知ない?」

「何、遊び来たんじゃねッのかよ。おもんな」

 オンニが肩を縮めて膝を抱き締める。どうしたものかと少し困るユウケイに、「ほっとけ」とシャラクはあっさり言い放つ。

「何の用だ」

「……遊びに来たんじゃなくて悪かったですけど、まあ、アンタらにゃそれなりに面白がってもらえるような用だと思いますよ」

 しかし、頼みを聞いてもらえる自信は、あまりなかった。ただでさえ危険が伴う上に、生徒代表ではなくユウケイ個人として頼まなければならず、相応の見返りは用意出来ない。報酬なしでもやりたいと思わせられるかどうか。

 唇を舐めて、内心で気合を入れ直す。

「ヘルメスの書斎って、シャラクさんは知ってますよね?」

 説明からは、メルがユウケイを助けた方法に関してだけはぼかした。新たな魔法使いがいる可能性など、今の段階では口にするようなことではない。

 自分と同期であるシャラクはヘルメスの書斎に関して知っていたが、あとの二人はよくは知らないようだった。学長の対応まで聞き終えた二人は、汚物を目の当たりにしたかのような反応をした。

「学長かー……。あの人恐いよなー。さすがに人間辞めてるだけのことはあるっつーか」

「アイツ見てッと、籠の中の虫ケラになった気分になんね?」

「でも意外と人気あんだよ。地方回って講演会とかしちゃってさ」

「そりゃ初代学長はそッなんだろ」

 シャラクは呆れたような目を向けて来る。

「恩とは言え、馬鹿らしい……。何を頼むつもりなんだ、そいつは」

「書斎に侵入するよりも大変なこと、ですかね……? 力試しだってようなことを言ってましたから」

 ヘルメスの書斎への侵入自体は、あくまで借りを返す前段階だ。侵入した後にメルからの頼みを聞くのが本題である。

「ん? じゃあじゃあユウケイ、そーんな大変な所まで、わざわざ頼み事を「され」に行く訳? するんじゃなくて?」

「ばーッか。ヒヒ」

「俺もあべこべだとは思いましたけど……」

 もっともな意見だとは思ったが、今更取り止めるつもりはない。

 それより今は、どうやってこの人たちの協力を取り付けるかが問題だ。上手く興味を引いて、自分も一口噛みたいと思わせるには、どうしたらいいか。

 考えて、少し笑って見せる。

「単なる無茶ぶりってだけじゃなくて、どうも、喧嘩売られてるみてぇな感じがしたんですよね」

「喧嘩? え、生徒代表に? ……良いじゃーん。受けて立つしか!」

「そうでしょう? それに俺、あと半年で卒業するでしょう? 散々苦労させられて来たし、最後に悪い遊びしてみてもいいかなーって気にもなりまして」

「ヒヒヒッ。やれやれッ」

「しかし知っての通り俺一人じゃ何やるにも覚束ないし、かと言って下手な奴にも任せらんねえ。任せられるとしたら、って考えた時に、アンタらの顔が浮かんだんです。禁域の事情知ってるシャラクさんがいるし、司書長出し抜けるくらいに能力も高い。何より、信頼出来る」

「……」

 さすがにシャラクには下心がバレて呆れられていそうだが、仕方がない。かわいこぶりながら、祈るように手を重ねる。

「だから付き合ってくれません? ってのが、用件です」

「やるやるー!」

「やっぱ遊びの誘いじゃん」

 元々あまり心配はしていなかったが、コールとオンニは大丈夫そうだ。

 問題はシャラクである。この中で最も長い付き合いだが、一番勘所が分からないのがシャラクだった。だが、悪性研究會を十全に動かすことが出来るのもシャラクである。

 つかの間見合い、間合いを測る。

「気に食わねぇ」

 笑い混じりだが、じんわりと重い一打である。

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