回想―禁域について―
ユウケイがヘルメスの書斎のことを知ったのは、他の多くの生徒と同じく、異例の全学集会が行われた時だった。
学舎が設立されてから二年の頃のことであるため、今の世代では知らない者も多いだろう。
講堂に集められた生徒や研究者たちの前に立った学長は、淡々と言った。
「生徒が一人、学内で重傷を負いました」
その原因となったのが、今はヘルメスの書斎と呼ばれる場所である。
そもそも魔術研究院と附属第一学舎は、ヘルメスの居城があった敷地に建てられており、建材や意匠などにもヘルメスの居城で使われていた物を用いている。単純に素材として優秀であったから、美しかったから、歴史的価値があったから、建物の威厳を高めるため、など様々な理由があってのことだったが、結果として魔術的に意味のあったそれらはあちらこちらで異常に機能して、建物は、設立者たちも意図しない空間や魔術が残る、玉手箱に成り果てた。開けたら命の保証は出来ないその場所を、学長は禁域と呼んだ。
その頃はまだ一つしか見つかっていなかったため、ヘルメスの書斎はただ禁域とだけ呼ばれていた。個別に名前がつけられるようになったのは、実のところ四、五年前からだ。
「禁域のことが学外に知れると、図書館は第一種危険建造物に指定され、立入禁止を余儀なくされます。また、敷地内にある全ての建築物にも同様の危険があると判断されるでしょう。その場合、生徒の皆さんには現在建設中の附属第二学舎の完成を待って頂き、完成次第そちらへ移って頂きます。研究者の方々も同様です」
戸惑いのざわめきこそあったが、怒りの声はなかった。特に悪いとも思っていなさそうで、それどころか何を感じているのか分からない学長が、どこか恐ろしく見えたからである。
ユウケイはいまだに、あの時の学長の表情を忘れられない。
「さて。――どうしますか?」
生徒に問題を出す時のように、学長は問いかけた。講堂は静まり返り、集会はそのまま閉じられた。
ユウケイは集会の後、禁域の場所や入り方を突き止めて生徒たちに伝え、二次被害が出ないように働きかけた。外部に訴えようとは思わなかった。既に開校まで散々に待たされたというのに、この期に及んで学舎が取り潰しになっては困るからだ。
他の人々があの後どうしたのか、ユウケイは知らない。統括局や人間政府に駆け込んだ者はいたのだろうか。
現在も魔術研究院と附属第一学舎は変わらず残っており、学長も変わっていない。それが答えなのだろう、と思っている。
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