3?

「代表ッ」

 誰かに呼ばれた。誰の声だったかは分からない。

 しかし、その呼び声を聞いた瞬間、横っ面を張られたように思考が止まった。

 魔術研究院附属第一学舎。

 ユウケイは、そこに通う生徒の代表である。

 大した取り柄もない、単なる人間だとしても、代表として相応しい振る舞いを。

 狼狽えるな、と自分に言い聞かせる。まだあの魔獣が攻撃して来るとは限らない。分からないことを憂うよりは、出来ることから手を打っていかなければ。

「悪ぃ。取り乱しました。ひとまずは魔獣一体目を地面に下ろそうかと思うんですが、出来ますか」

 声を張り上げながら立ち上がる。周囲の状況をあらためて確認する。

 そこで気がついた。一体目の様子は特に変わらない。妖精の魔術がかかっているとしても、少し落ち着き過ぎのような気がする。

「難しい! 風のせいで、支えるので精一杯だ!」

 思考を切り替える。

「人数を増やします。翼を抑えている奴は、一番力の強い奴残してあと全員。口を抑えている奴は一人、下りてください。それでも厳しいですか?」

「厳しい」

「じゃあ外から引っ張って来るしかねぇな。チルエルさん、外に多少は人がいるはずですから、丈夫そうなのをかき集めて来てください。俺の名前出していいので。――ゴルグさん、チルエルさんを学生講の軍部部長代理に任命してもらっていいですか」

「任命する!」

「という訳で軍部部長の名前も出して大丈夫です。二十人いればいいですが、この際一人二人でも結構です。もし出来たら、防御系の魔術を使える人も」

 復旧作業に参加するために、あるいは単に物見遊山で、食堂の周囲に留まっている人物は多いはずだ。

「はい。すぐ戻ります」

「いや戻らなくていい。人を集めて食堂に送り出したら、そのままチルエルさんは離脱してください。あぶな……」

「え……」

 危ないから、と言いかけて、チルエルの目に複雑そうな色が浮かんだことに気がついた。

「もちろん、出来れば戻って来てほしいですけど。チルエルさんの視野の広さは助かりますから。ただ、ちょっと安全を補償出来なくなって来ました。この辺りからは何があっても自己責任になります」

 咄嗟の取り繕いは、我ながらみっともなかった。

「大丈夫です」

「……戻って来るかどうかは好きにしてください」

 チルエルは眉を寄せたけれど、結局は肩を落として笑い、食堂を出て行った。

 これで良かったのかと少し迷うが、人間関係にまでは悩んではいられない状況だった。やむなく何も言わずに見送って、状況に向き直る。

「人を呼んで来ます。それまで耐えてください」

 二体目は上空で旋空し続けており、すぐには近付いて来ない。どうやら様子を窺っているらしい。一体目は長卓の上に伏せたままで、暴れようとはしていない。いつまで続くかは不明だが、今のところ状況は安定している。

 先程中断した思考をあらためて再開させる。一体目と二体目の関係――そして、二体目の目的。

 一体目のこの落ち着きようからすると、二体目とは敵対関係とは思えない。命の危険を考えなくてもいい同種、すると二体目は、親や伴侶などではないか。親や伴侶であるならば二体目の目的は明らかだ。一体目の救出である。

 目的が一体目の救出だとすれば、食堂内で下ろして二体目を待ち受けるよりも、いっそ一体目を早く外へ運び出してしまった方がいい。

 しかし、絶対にそうすべきだ、とまでは断定出来ない。一体目が落ち着いているのは想定以上に妖精の魔術が強くかかっているせいかも知れないし、二体目の目的が全く別であるとも考えられる。魔物の中には、ユウケイには想像もつかない程に、奇妙な生態を持つ物もいる。

「――うん、分かんねえな、これ」

 嘆息して、ユウケイは一体目を支える人々に問いかける。

「この中に魔獣を専門にしている方はおられますか。知識をお貸し願いたい――」


 しかし、増援も知識も間に合わなかった。


 様子見かと思われた二体目は食堂めがけて急降下。瞬く間に近付いて来て、突風を巻き起こした。一体目を載せていた長卓が傾き悲鳴が上がる。落ち着いていた一体目が文句を言うように吠えた。

 吠えたということは、口の拘束も解けたということだ。

 さらに、立っていられない程の地面の揺れが起こる。大穴付近の壁がまた崩れる。

「待ってくれよ!」

 辛うじて食堂の瓦礫にしがみつきながら堪らず嘆くが、聞く者はいない。それぞれ態勢を立て直すので手一杯だ。

 一体目が体当たりで空けた大穴から、二体目は顔を覗かせた。

 かぱり、と口を開ける。山脈のように襞が連なる、赤々とした口内が見えた。一体目との攻防の時に散々見せられた光景である。ただ、規模は段違いだが。

「音波が来る! 各人、防――」

 瞬間、思考回路が火花を散らした。

「――御しつつ、一体目の近くに行け!」

 直感が叫ばせた。

 二体目が一体目を救出しに来た、と仮定した場合。二体目が傷つくようなことをするはずがない。どういった方法で回避させるのかは不明だが、最も安全な場所は、一体目の側に違いない。

 救出が目的であるという前提が間違っている可能性は、その瞬間のユウケイの脳裏からは消え去っていた。

 さすがに荒事に慣れた戦闘職種ばかりのため、全員素早く態勢を立て直して一体目の陰に隠れる。ユウケイの指示がなくとも、それぞれの防衛本能に従って同じ行動をしていただろう、と思われる迅速さだった。その様子にユウケイは安堵して、次の瞬間、自分の身が最も危険にさらされていることに気がついた。

「あ、死んだ」

 戦闘職種の中にはユウケイを見て慌てた顔をする者もいたが、到底届くような距離ではなかった。

 死ぬのは二回目だな、とのんきに思う。

 三回目はあるのだろうか。



「この阿呆臭い顛末、何度見ても笑えるな。此奴こそ一流の芸人ではないか?」

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