臨場

 窓の外に、班長となった十人の生徒が集まる。ユウケイは窓枠に手をかけて、ぐるりと生徒たちを見回した。

 いかにも屈強そうな者から、ユウケイの手ですらひねり殺せそうな柔い見た目の者まで。しかし、いずれも魔獣の相手をしてやろうと自ら集まった猛者である。さらに同様の人物があと六十。魔獣の封じ込めには少し多いくらいの人数だ。

「最初に言っておきます。今回の目的は、魔獣の討伐ではありません。魔獣を食堂から退去させることです。この言葉の意味が分かりますね?」

 うなずく者はいるが返事はない。ユウケイは隣にいる、何故自分がここにいるのか分からないと言いたげな顔をした講員に、目を向けた。

「え、あ、はい。魔獣を殺してはならず、極力傷つけてもいけない。後遺症となるような精神的な苦痛も与えてはならない。可能な限り無事のまま、食堂の外へ退去させる……という意味でしょうか」

「そうです。では、討伐ではないのは、何故?」

「魔獣の身元が不明で管理者の確認が取れないことと、魔獣に敵対意志はなく、現時点までの行動は全て防衛行為と考えられるから……だと思います」

「はい、満点。ありがとうございます。えー、簡単に言えば、どこの縄張りの者かも知れねぇ迷子に手荒な真似はするなよ、ということです。場合によっては学舎全体に火の粉が降りかかりますから、このことは班員にも必ず徹底させるように。よろしくお願いします」

 全員の了承を得たとして、ユウケイはあらためて作戦概要を話し始める。

 単純な作戦だ。まずは十ある班を、食堂の中に突入する中班と、外側に回る外班の二つに分ける。中班は既に内部で交戦している人々と交代して魔獣を抑え込み、その間に外班は食堂の扉を開く。開き次第合流し、総員の力を合わせて魔獣を食堂から出す。

 ひとまず全体を説明した後で、班長の一人が手を挙げた。

「初歩的な質問で悪いが、いつもと同じ方法で扉を開ける訳にはいかないのか? あぁつまり、毎朝大勢で扉を開けてる訳ではないだろうに、どうして今回はこんな大勢で?」

「通常、食堂の扉は魔法陣によって操作されていますが、この騒ぎで学庭側扉開閉用の魔法陣は破壊されました。今、あの扉は見た目通りの重さです」

 扉は石材で、巨人族も通れるように大きく造られている。ただし、食堂は大抵、人間や人間程度の大きさの魔物がひしめき合っているため、巨人族の利用は滅多にない。

「中班が二十、外班が五十って人数分けの理由は?」

「魔獣は既に恐慌状態です。いきなり大人数で入って、これ以上怯えさせたくはない」

「すると中班は、ガタイのいい奴より、私のような洗練された者のいる班が適しているということね」

「まあ、洗練されていなくてもいいですが。隠蔽系や精神系等が得意な方が好ましいです。細かいところは質問が終わった後、ご相談していただければと。他には」

「実際、魔獣をどうやって外に出す? 俺の見たところでは、魔獣自身による移動は期待出来ない。動くとどうも怪我が痛むらしい」

「基本的には、持ち上げて移動させることを考えています。治療や精神操作などによって外への誘導が可能であれば、そちらの方が望ましいです。ぶっちゃけ場合によりますね。……逆に聞きますが、他に良さそうな案を思いつく方います?」

 手は挙がらなかった。

 質問も打ち止めのようだ。十ある班を中班と外班に分け、作戦に合うように班員の入れ替えを行う。

 作戦は細部まで詰められているとは言いがたいが、中で戦っている者たちのことを考えると、あまり長く相談する時間はない。それに、事態の対処を買って出るような者たちが揃っているから、多少は大雑把でも問題ない。個々人の裁量でどうにかなる。

 一通り話が終わったので、まとめに入る。ユウケイは内心で、さて、と呟いた。

「不肖ながら、中班の指揮は俺が行います。外班の指揮はゴルグさん、いいですか」

「応よ」

「それから、総指揮は君」

 傍らに立つ講員を見た。

「そう言えば、名前を聞いていませんでしたね」

「え……チルエルです。……え? 待ってください。僕が総指揮?」

「チルエルさんだそうです。皆さん、彼が指示した場合、俺とゴルグさんの指示より優先して従うように。以上で作戦会議を終了します。二分後に突入となりますので、迅速に所定の位置へ移動してください」

 班長たちは班員たちの元へと戻り、ぞろぞろと移動する。食堂内に突入する二つの班も廊下へと向かって来る。防衛を主体とする九班と、精神操作などの魔術を使える者も含んだ衛生班である十班だ。

 顔ぶれを見ていると、ユウケイの視界にチルエルが割り込んで来た。

「代表、僕が総指揮って、どういうことですか。そんないきなり言われたって」

 怒っているという程ではないが、口調は切羽詰まっている。

 気持ちは分かる。ユウケイも経験したことがある。

 実は面白がっているのを隠して、真面目な顔で応じた。

「他に良い名前が思いつかなかったので「総指揮」という役割にしましたが、別に指揮はしなくていいです。俺とゴルグさんに任せてください」

「じゃあ、僕は何を?」

「全体に注意を払ってください。魔獣、俺たち、食堂内、食堂の外。空間だけでなく、時間も。問題は魔獣だけとは限らない。全く別のところから、新たな問題が出て来ることもある。明確に危険が迫れば俺たちも気が付きますが、危険が迫っていると分かった時点では対処が遅れる可能性もある。一見しただけでは、それが異常であるとは分からないかも知れない。君は、そうした問題を誰より先に見つけてください」

 チルエルの目は聡明に光る。ユウケイが総指揮と名付けた役割の仕事については、理解したようだ。だが心の底から納得した訳ではないだろう。

「何で僕なんですか? 他に、向いている方がいるのでは」

 一応、理由はある。きちんと状況把握が出来る人材だし、問題解決をするためならば、話したこともないユウケイを頼りに来るという思い切りもある。

 だが、その程度は他にいくらでもいる。それでもチルエルを選んだ理由と言われれば、一つだ。

「ここにいたからです」

 そろそろ時間だ。先輩らしく薫陶でも授けてやろうと思っていたが、間に合わなさそうだった。

「そんなものだったんですよ、俺だって。だから大丈夫」


 班員が食堂の扉に手をかける。

「作戦開始」



「やっと来たか」

 トウカは思わず呟いた。

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