騒乱

 講員を連れて食堂へと向かう道すがら、顔見知りの生徒を見つけては聞き取りを行って、食堂で起きた事件に関する情報を収集した。食堂へ辿り着くまでに、断片的ではあったが、おおよその成り行きと状況はつかむことが出来た。

 魔獣は、校舎側出入り口から入って右側、天井付近の壁を破壊して、そのままその場所に落下した。

 蛇のような顔をした、翼を持つ魔獣である。

 入ってきた時点で既に気が立っている様子で、対話は不可能だと感じた生徒が多かった。ちなみに、魔獣と呼ばれるのは言葉の通じない魔物に対して使われる呼称である。

 魔獣はどうやら怪我をしているか、何か動けない理由があるようで、その場所から動かずに周囲を威嚇した。攻撃手段は翼による殴打と、口からの音波。

 時間としては昼休みが始まってから少し経った後のことで、食堂には既に大勢の生徒が詰めかけていた。しかし、魔獣が突入してくる前に異常を察知していた生徒たちが、防御魔術をかけたり、他の生徒を庇っていたため、無防備に下敷きになった生徒はいなかったようだ。

 破壊された場所は厨房に繋がる、料理の提供用長卓に近かったが、料理人などの職員たちも速やかに裏口から避難したため無事。現在、怪我を負っている者の多くは、壁が壊された時に飛んだ破片によって怪我をしたようだ。そちらも病院に搬送される程の大怪我をした者はなし。

 魔獣が現れた理由は不明。ただ、生徒の誰かが移動魔術に失敗したのではないか、という憶測がまことしやかに飛び交っている。今の所、噂の出所はつかめていない。

「ともかく今は、魔獣を食堂から出すことが目標になるでしょうね。魔獣がいると食堂の復旧も出来ねぇですから」

「どうやって出すんですか?」

「翼があんのなら、自ら空けた穴から出て行ってほしいところですが……。動けないのが本当なら、学庭側出入り口を使いましょう」

 しかし、すんなりとそれが出来るのであれば、学生講はいらない。

「怪我した人、皆、一〇五講義室に集まってー!」

「え、二棟の前に移動するんじゃないの?」

「それは瓦礫の話!」

「いや違うって、無事な料理人さんたちの待機場所だよ」

「一〇五講義室に料理人?」

 食堂周辺は、「混乱」と題名をつけて額に飾っておきたいような有様になっていた。

「よくもまあ毎度飽きずに、船頭多くして船山に登るを繰り返す……」

 校舎側出入り口を目指していたユウケイと講員だったが、あまりの人の多さに、かなり手前で立ち止まった。人に遮られることもあって、食堂の中の様子は見えない。

 逃げる者、怪我をした者、戦いに行く者、治そうとする者、忘れ物をした者、ただ見に来た者。

 じっくり観察などしなくても、こういう騒動の時にこの学舎の生徒がどう行動するかは、経験則で分かる。

「この人の多さじゃ指示も通らなくて……」

 若き講員は、この有り様に惑ってユウケイに助けを求めたのだろう。途方に暮れたような顔でユウケイを見る。

 微笑ましく思う。同時にもったいなくも思う。どれだけ一生懸命で真面目な講員であっても、数年も経たない内に、荒んだ目でさっさと一人だけ逃げるか、異様な輝きを放つ目で嬉々として騒ぎの中心に向かうようになる。

「大丈夫です」

 ユウケイはそう答え、周囲を見渡す。

 まず、教師を凌ぐ治療魔術の使い手であり、学生講医療部部長のエレアを見つける。優秀だがサボり魔なのが欠点で、今もこそこそと、この場から立ち去ろうとしているようだ。

 それから、多人数戦闘指揮を専門に学んでいるトロイ、常に強者を探しているグロウラスとピッチの二人組を見つける。彼の人らは食堂の中にいる魔獣の対処をしに来たのだろう。だが人の流れに逆らえず、食堂に近づくことが出来ずにいる。

 小柄な体格を活かして人混みをジグザグと動くのは、新聞屋のアミーだ。情報集めの時には便利な人材だが、今の状況ではひたすらに邪魔。だが手ぶらでは帰らないから、あとで情報を渡してやると言っておかなければならない。

 他にも大勢、こういった騒動に有用な人材がいる。わざわざ学生講などを招集しなくても、何とかなりそうだ。

 少しして人混みの中に、目当ての能力を持つ人物の姿を見つけた。人をかき分けて近づき、その肩を叩いた。

「バースさん、拡声器やってください」

 波打つ細やかな金髪を揺らして美貌が振り返る。喧騒にそぐわぬ明るい笑みが浮かんだ。

「おお、代表~。代表が来たらもう大丈夫だねえ。俺、中に楽器忘れちゃってさあ。困っちゃう。午後は練習する予定だったのに」

「楽器を取り返すためにもご協力をよろしく」

「はいはぁい。拡声器ね。何なりと~」

 もう何度か頼んだことがあるから、要領は分かっているようだ。

 人混みから逃れた後で、この場にいる人々に伝えるべきことを、バースに伝える。大まかに理解したところで、バースは声を張り上げた。

「はあい注目。どうも生徒代表の代理です~。これから代表の指示を伝えるから、皆、静かに聞いてねえ。三回繰り返すから、聞き逃しても焦らなくていいからねえ」

 食堂前にいた誰もが否応なしに、バースの方を向かされた。

 彼の人の先祖は数多の船乗りを歌声で魅了し、海に引きずり込んで殺したセイレーン。先祖と同じように、彼の人の声には魅了の魔術がかかっている。人を振り向かせることなど、彼の人にとっては息をするのと変わらない。

「まずは負傷者を食堂の外に出すことを優先! 負傷者は一〇五講義室に集めてください。医療班の統率は医療部部長のエレアさんが行います。現在食堂の外にいる戦闘職種は、負傷者が避難し終わるまで廊下の窓から野外に出て待機。食堂内で起きる事には少しの間、中にいる者だけで対応してください。物見遊山は今すぐ帰らなきゃ負傷者にするから覚悟しろ! これらの指示が聞こえない者には、出来るだけ周囲で知らせてください。……以上です~。では、あと二度、繰り返しますねえ」

 逃げ出そうとしていたエレアは嫌そうにユウケイを見たが、名指しにはさすがに観念したようで、一〇五講義室へ足を向けた。その他のユウケイの知人たちは、ユウケイの指示に積極的に従う。一部は列整理などを始めた。その動きによって人の流れが出来て、ユウケイを知らない者も自然と指示に沿った動きをするようになる。徐々に秩序が出来上がっていく。

 ユウケイが指示を出してものの数分で、食堂までの道が開けた。

「代表を頼って良かったです!」

 うら若き講員のまっすぐな称賛は、正直なところ嬉しかったが、さすがにまだ喜ぶ訳にはいかなかった。

「本番はこれからですから」

 廊下に残らせた生徒たちや学生講の講員相手に、あらためて食堂内の情報収集を行う。経緯はおよそ事前に知った情報と違いはない。事態の初期段階で、一部の生徒が魔獣を無力化か沈静化しようとしたが失敗し、かえって魔獣を激昂させてしまったことや、中で対応している生徒はわずか十名であり、既にかなり疲弊している。などといった、より詳しい情報が入る。

「旦那ァ! 戦闘職種、七十! ざっと編成組んだがこっからどうするよ!」

 あらかた食堂内の状況が分かったところで、満面の笑みを浮かべた知人、ゴルグが窓の外から覗き込んで来た。軍部部長として学生講の幹部を担っている人物だ。この後の魔獣への対処に使えるように、戦闘職種の統率を頼んでいた。

「楽しそうですねー。この前みたいに、わざと戦闘引き伸ばすようなこと、せんでくださいよ」

「しねぇしねぇ! 腹減ったしな!」

 若干呆れながらも、窓から編成を確認する。班はそれぞれ七人ずつで計十班。攻撃、防御などある一分野に能力を特化させた班と、それらが混在する班があるようだ。どんな注文が来ても対応出来るよう、手堅く編成している。

「細かい変更は後で。先に作戦を説明しますから、各班長を呼んでください」

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