第九話 研究所巡り!? その二
「え、ダメ?」
「いえ、ダメというか……」
レニードさんがオロオロしている。
「お嬢、魔獣は危険だ!」
「そうですよ! お嬢様!」
オルガもマニカも五歳のときに襲われたことを心配してくれてるんだね。
うん、怖いんだろうけど、私自身襲われた記憶は今のところ覚えてないから、よく分からないのよね。
やっぱりちゃんと知っておきたいし。
「私、この国のことは全てちゃんと知っておきたい」
「お嬢……」
「良いんじゃないか? 魔獣は繋がれているんだろ?」
ルーがレニードさんに聞いた。
「え、あ、はい。一応は鎖に繋がれて檻に入っています」
「ならば大丈夫じゃないか?」
第二王子に言われたら断る訳にもいかないのか、しばらく考え込んだレニードさんは少しお待ちください、と席を外した。
「お嬢、本当に大丈夫?」
「うん、多分大丈夫だよ」
「多分って…」
オルガもマニカも不安そうだ。
しばらくするとレニードさんが戻って来た。
「所長が今日は所用でおりませんので、一応僕の責任で、ということで……一番大人しい魔獣のところへ」
「責任は俺が取ってやるから大丈夫だ」
レニードさんがおどおどしていると、ルーが言い切った。カッコいいな。
「ルー、カッコいい」
「えっ」
思わず口から洩れた。
ルーは褒められたことに驚いたのか、目を見開き私を見た。そして案の定顔が真っ赤に……。
意外とウブよね、ちょっと笑ってしまった。
「ルー、照れてる」
「うるさい!」
顔を背けたルーは行くぞ! と言って真っ先に歩き出した。
慌ててレニードさんが先導し、私たちはそれに続いた。やっぱりオルガは不貞腐れてるのよね。
施設の奥へ進むと扉を開け外に出た。
そこは牧場のように広く平原になっていた。ただ牧場と少し違うのは平原の周りが高い壁で覆われ、空には有刺鉄線のようなものが張られていたことだ。
そのさらに奥へと進むと巨大な檻が見えた。何部屋かに分かれている檻の中に、一匹ずつの魔獣が収容されているようだった。
「近付いても大丈夫ですか?」
「ある程度までなら。あまり近付き過ぎないでください。魔獣が興奮しますから」
「分かりました」
この魔獣なら、と許可が出た魔獣の檻に近付く。ルーとオルガがすぐ隣で付き添ってくれていた。
姿がはっきりと分かる位置まで来ると、魔獣の唸る声が聞こえた。
「凄い……」
「この魔獣は小型のドラゴンです。普通のドラゴンよりも小さく翼が大きいため、空を飛ぶスピードがとても早いんです」
そのドラゴンは漆黒の鱗を持ち、赤い眼をしていた。
ドラゴンはじっとこちらを見詰めている。
「大人しいですね」
「そうですね、この子は比較的大人しい種です」
この子……、魔獣が好きなんだなぁ。その魔獣を見詰める目が優しい目だ。
「でも研究が終わると殺処分なんです……」
「えっ、そうなんですか!?」
「えぇ、魔獣は害獣なので…」
確かに討伐対象だから仕方ないのだろうけど…。
レニードさんは哀しそうな顔をしている。
何とかならないものかな……。
考え込んでいるとオルガに声を掛けられた。
「お嬢、そろそろ次に行かないと……」
「あぁ、ごめん、そうだね。すいません、ありがとうございました」
「いえ、お越しいただいてありがとうございます」
レニードさんは優しい笑顔で言った。さっきの哀しそうな顔が余計に刺さる。
「あの! また明日来ても良いですか?」
「え?」
レニードさんは驚いた顔をした。
「お嬢、明日はまた違う予定があるんでしょ!?」
慌ててオルガが口を挟む。
「うん、そうなんだけど……どこか合間にでも!」
「うちは大丈夫ですが……」
レニードさんはオロオロしている。
マニカが冷静に口を挟んだ。
「明日は午後からお茶会があるだけです。午前中になら大丈夫でしょう」
「マニカ、ありがとう!」
オルガは溜め息を吐いたが、仕方ないな、と諦めたようだ。
「明日もまた来るのか?」
「うん」
「ならまた馬に乗せてやろうか?」
「え? えっと……」
「結構です!」
返事を考える間もなくオルガが断った。
「お前に聞いてないんだけど?」
何故かルーとオルガで睨み合ってるし。
「えっと、わざわざ申し訳ないし、明日は良いよ」
断るとオルガは勝ち誇った顔を、ルーは悔しそうな顔をした。子供の喧嘩じゃあるまいし……何なんだか、と呆れた。
「その代わりじゃないけど、今度馬の乗り方を教えてもらえない?」
「馬の乗り方?」
「うん、一人で乗れるようになりたいな、と思って」
「あぁ、良いぞ!」
今度はルーが嬉しそうな顔に、オルガが悔しそうな顔になった。コロコロ変わって面白いな。
「お嬢様、程々に」
面白がっているのがマニカにバレた。
こっそりマニカに笑って見せた。
「あの……」
話が見えないレニードさんがどうしたら良いか分からない顔をしていた。
「あ、ごめんなさい! という訳で明日午前中にまた伺いますね」
「分かりました、お待ちしております」
そう言ってレニードさんと別れた。
魔獣研究所から戻るときは、やはりルーの馬に。行きと同じように乗せられ、次は薬物研究所へ行くと知ったルーが、そのまま薬物研究所まで送ってくれた。
シェスレイトとディベルゼは薬物研究所から執務室まで帰る途中だった。
シェスレイトは定期的に薬物研究所を訪ねる。それはシェスレイトが薬の研究に携わっているからだ。
シェスレイトは未だこの国の致死率が高いことを懸念し、新しい治療薬を開発出来ないかと薬物研究所の者たちと研究を重ねているのだった。
シェスレイトとディベルゼが薬物研究所を出ると、外から賑やかな声が聞こえて来る。
何だ、とそちらを見たシェスレイトは目を疑った。
自分の婚約者とその侍女は分かるが、自分の弟と見知らぬ男も一緒になって楽しげにしているではないか。
婚約者も弟も、そんな顔は見たことがない。楽しげに談笑している。
しかも自分の婚約者は弟と愛称で呼び合っているではないか。どういうことだ。いつの間にそんなに親しくなったのだ。
「シェスレイト殿下?」
ディベルゼが立ち尽くすシェスレイトに声を掛けた。
「あぁ、リディア様ですね、お声をかけますか?」
リディアたちに気付いたディベルゼはシェスレイトに声をかけるか聞いたが、シェスレイトは顔を背け、執務室とは逆のほうへ歩いて行った。
「いや、良い。行くぞ」
「え、良いのですか?」
ディベルゼの問いに答えることなく、シェスレイトは足早に歩いて行った。
ディベルゼはリディアたちを眺めたが、シェスレイトの後を慌てて追いかけたのだった。
「殿下! どちらに行かれるのですか!?」
リディアたちを避けるように歩いた先は執務室とは正反対の方向。
シェスレイトはディベルゼにそう言われ、ピタリと足を止めた。
「いや、気分転換に散歩がてら戻ろうと思ってな」
足早だった歩みを普通の速度で歩き出したシェスレイトは言い訳のように言った。
「素直じゃないですねぇ」
ディベルゼはぼそっと呟いた。どうやらシェスレイトの耳に届いていたらしく、酷く不機嫌な顔付きになって睨まれる。
「何か言ったか?」
「いえ!何も……」
ディベルゼはシェスレイトに気付かれないよう溜め息を吐いた。
薬物研究所の近くで先程と同じように抱き上げられながら馬から下ろされ、中々慣れないやり取りに平静を保つために無駄話が多くなる。
世間話をしながら薬物研究所入口まで歩いて行った。
「送ってくれてありがとう、ルーはどうするの? また一緒に見学する?」
「あー、薬物研究所はやめとくかな。当初の予定通り遠乗りに行ってくるよ」
「そっか、今日はありがとう」
「あぁ。また乗馬の練習をするときは言ってくれ」
「うん、ありがとう!」
「じゃあまたな、リディ」
「うん、またね、ルー」
そう言ってルーとは別れた。
薬物研究所の建物は平屋の造りで、こじんまりとした感じだった。
しかしその代わりに薬草園が広大だ。魔獣研究所の魔獣の収容牧場と同じくらいの広さはありそうな薬草園。
さらには温室もある。
建物内に入る前にその薬草園に圧倒された。
色とりどりの薬草に心が躍り眺めていたら、建物から誰かが出て来て声をかけてきた。
「リディア様ですね? 私は薬物研究所の所長、フィリル・タナドルクと申します」
出て来たのはマニカくらいの歳の頃だろうか、しかし栗色の髪に緑の瞳の可愛らしい雰囲気の女性だった。
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