第八話 研究所巡り!? その一
何だか分からないまま、とりあえず今日はオルガには屋敷に帰ってもらい、翌日お父様に手紙を書いた。
オルガを私専属の従者にしたい、と。
反対されたらどう説得しようと思っていたが、意外にもあっさりと許可の返事が来た。
お母様も特に反対はなかったらしく、どうやら第一王子の婚約者という立場がある限り何かに反対されるということはなさそうだ。
ほとんど会わないけど、シェスレイト殿下様々だね。
そしてさらに翌日には身形を綺麗に整えたオルガがやって来た。
「お嬢! 今日からよろしくお願いします!」
「フフ、似合ってるよ、オルガ」
「笑わないでよ」
かしこまった服など着たことのないオルガは、着心地が悪そうに身体をよじらせている。
それが可笑しくて笑った。
「さて、今日は研究所巡りだっけ…」
「研究所?」
「そう、研究所」
今日の王妃教育は王城内施設の見学だ。
まずは国の重要な部署、魔獣研究所と薬物研究所。それから騎士団の演習場。今日の予定だ。
全部見て回れるのかしら……。
「マニカ、今日は動きやすい服装でお願い」
歩き回るだろうからドレスでは無理だ。
「分かりました、ではこちらでお召替えを」
ドレスルームに促され、マニカがドレスを見繕う。その間、オルガは予定を確認している。
「こちらはいかがですか?」
マニカが差し出したドレスは綺麗な淡い若草色のようなワンピースで裾には細かい刺繍が施されていた。上品なワンピースで下町娘には見えない! さすがマニカ! これなら誰と会っても大丈夫!
「うん、ありがとう。着替えるね」
マニカに手伝ってもらいながらそのワンピースに着替えた。
そしてまず向かうは魔獣研究所。
魔獣研究所とはその名の通り魔獣を研究するところ。
この世界には魔法と呼ばれるものはないが、魔術が使える者と魔法のような技を使う魔獣とがいる。
魔獣は様々な姿をしていて、強力な技を繰り出すものもいる。いつもその討伐には苦労しているようだ。
その為討伐のときに捕獲出来た魔獣は今後のために研究をしているのだ。
かなりの危険を伴う研究のため、好んでする者が少なく、いつも人手不足らしい。
魔獣は非常に危険なため魔獣研究所は王城の端の端、城壁に近い場所に建てられていた。
その為、そこへ向かうのも一苦労……。
「遠いのが難点よねぇ」
歩きながらぶつぶつと文句を言う。
「お嬢様、また誰かに聞かれますよ」
マニカに注意された。そうだね……毎回それだもんね……。オルガがキョトンとしている。
「リディじゃないか、何やってんだ?」
またしてもぎくりとした。この声は…
「ルシエス殿下……じゃなかった、ルー」
振り向くとそこには馬に乗ったルーがいた。
マニカとオルガはお辞儀をする。
「今日は軽装だな、どこに行くんだ?」
「今日は魔獣研究所に」
「魔獣研究所? えらいまた遠いところまで行くんだな」
そう言うとルーは苦笑した。
「乗せて行ってやろうか?」
「え?」
「馬で連れて行ってやろうか、って」
馬……、楽だと思うけど、乗ったことないんだよね…。
「有難いのですけど、乗ったことがないのです……」
「大丈夫だ、俺が支えてやるし」
そう言うとルーは手を差し出した。
良いのかな……と、マニカとオルガをチラッと見たが、マニカは平然としているし、オルガは何だか微妙な顔をしているし……。まあ王子には逆らえないもんね。
おずおずと手を差し出すと、ルーはその手を掴み勢い良く引っ張り上げた。
小さく悲鳴を上げてしまい、思わず口を隠した。
「お前でもそんな声を出すんだな」
ルーの前に横座りで乗せられ、耳元で言われ恥ずかしくなった。ちらりとルーの顔を見るとニヤッとしている。何か悔しいな。
「女性に失礼ですよ」
悔しかったから振り向いて言い返した。しかしその振り向いたのが悪かった。あまりに近くてルーの口が額に当たりそうになり固まった。
「き、急に振り向くな!」
「ご、ごめんなさい」
慌てて前に向き直した。
ルーの身体が触れる左側が温かい。ドクドクとルーの心臓の動きまでが伝わって来る。
「行くぞ」
「はい」
マニカは苦笑し、オルガは何故か不貞腐れている。
ルーの顔は見えないが、ちらりと見えた耳だけはやはり真っ赤に染まっていた。
「敬語も使わなくて良いぞ」
「え?」
「何か今のお前に敬語で話されても似合わないんだよな」
そう言いながらルーは笑った。
「失礼な。どういう意味ですか」
「ほら、そういうのが」
さらにルーは笑ってしまった。もう!
「分かった! ルーには敬語使わない!」
「ハハ、あぁ、良いぞ」
馬でしばらく進むと遠目に建物が見えて来た。
「あれだな、魔獣研究所」
「あれが……」
かなりの巨大な施設だった。魔獣を収容しているのだから、それはそうか、と妙に納得した。
「着いたぞ」
「ありがとう」
ルーは先に馬から降りた。そして手を差し伸べ、
「ほら」
私の腰の辺りに両手を当てたかと思うと、そのまま抱き上げ馬から降ろしてくれた。
「あ、ありがとう」
何だか無性に恥ずかしかった。ルーの顔が見れないでいたら、顔を覗き込まれた。
「大丈夫か?」
「え、う、うん、大丈夫!」
「そうか?」
「お嬢! 行くよ!」
オルガが急に手を引っ張った。それをマニカが慌てて諫める。
「オルガ! お嬢様を引っ張るものではありません!」
叱られてぶすっとしているオルガが可笑しかった。
「そういやお前、初めて見る奴だな」
ルーがオルガを見ていった。今かい!と突っ込みを入れそうになってしまった。
「オルガよ、今朝から私の従者として屋敷から呼び寄せたの。今後よろしくね」
「従者か」
オルガが不服そうに私とルーの間に立つ。
「以後、お見知りおきを」
「ふーん、まあよろしくな」
ルーのほうが背が高いため、何だか見下ろした状態になり、オルガが何となくイラついているような……。
まあ良いか。
「さてと、魔獣研究所の人は……」
周りをきょろきょろと見回すと、建物の中から青年が出て来た。
その青年は茶色の髪に深紅の瞳が印象的な、とても優し気な青年だった。
「リディア様ですね、お待ちしておりました。僕はここの研究員でレニードと申します」
ニコリと笑うとさらに一層優し気な顔付きになる。その青年の周りだけ何だか時間がゆったりと流れていそうな柔らかな雰囲気にほんわか和む。
「あ、今日はよろしくお願いします」
ボーっとしている場合ではない。
レニードさんは建物の中へと促した。促されるままに全員で付いて行く……。
「ルーも行くの?」
「ん? 行ってはダメなのか?」
「え、ダメじゃないけど……何か予定があったんじゃないの?」
馬に乗っているからにはどこかへ向かう途中だったのでは?
「いや、特にはない。ただ遠乗りでも行こうかとしていただけだ。俺が帰るとここからの帰り道歩きだぞ?」
「うっ……」
「ぶっ」
歩きという言葉に唸ると笑われた。何か最近こんなのばっかり……。
ルーは必死に笑いを堪えようとしているが堪えきれていないし。
「もう! 行くよ!」
「はいはい」
ルーは笑いながら付いて来た。オルガはやはり不機嫌だ。マニカは苦笑しているし。何だかなぁ。
建物の中へ入ると、たくさんの本が本棚に並べられており、何かの資料なのだろう、紙の書類が研究員の机らしきところへ山積みにされている。
「すいません、汚い部屋で!」
レニードさんは慌てて机の上の書類を纏める。恐らくそこがレニードさんの席なのだろう。
「いえ、構いませんのでどうぞそのままで」
ニコリと笑って見せた。人手が足らないと聞いているし普段忙しくしているのだろう。
片付け等出来ないのは当然だ。
レニードさんは恐縮しながら、書類や本の説明、この施設が出来たきっかけなどを話してくれた。
しばらく話を聞いていると、その内に実物の魔獣が見たくなってきた。
「あの……魔獣って見ることは出来ますか?」
「えっ」
「おい!」
「お嬢! 魔獣は……」
「お嬢様!」
全員同時に叫ばれた。えぇ……、ダメかしら。
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