第十話 研究所巡り!? その三

 フィリルさんはまず目の前に広がる薬草園を案内してくれた。


「ここの薬草園には約五百種類程の薬草が栽培されています」

「五百種類!?」

「えぇ」


 驚いて声を上げたことにフィリルさんはクスッと笑った。


「皆さん大抵驚かれますね。驚かれなかったのはシェスレイト殿下くらいでしょうか」


 フィリルさんは笑いながら言った。

 ハハ、確かにシェスレイト殿下なら驚かなそうだな、と妙に納得。


「傷に効くものや火傷に効くもの。病気は頭痛や喉の痛み等のあらゆる箇所の痛み、病そのものに効くものや、緩和させるだけのもの。様々な薬草があります。シェスレイト殿下と新しい薬も開発中です」

「新しい薬ですか……」

「えぇ、殿下は我が国の致死率が未だ高いことを懸念されておられるので」


 シェスレイト殿下って、そんなことも考えているんだ……。国を想ってるんだね。冷徹過ぎてそこばかりが目立つけど、思いやる心もあるんだ……。


「良い薬が出来ると良いですね」

「えぇ」


 フィリルさんはニコリとした。


「そういえばハーブもあるんですか?」

「ありますよ、ハーブもかなりの種類が栽培されています」

「そうなんですね!」


 ハーブと聞いて目が輝いたことをマニカやオルガにはバレていた。

 カナデのときもリディアのときも、ハーブが好きで、良くハーブのお茶を飲んでいた。

 リラックスしたいとき、目を覚ましたいとき、お菓子と合うものなど、様々な理由に合わせたお茶を飲んでいた。

 こちらの世界で暮らすようになって、元の世界のような似たようなハーブがたくさんあることが何より嬉しかったものだ。


「リディア様はハーブがお好きなんですね」

「えぇ、とても好きなんです! 何かおすすめのハーブとかありますか!?」


 思わず前のめりに聞いてしまった。

 フィリルさんに笑われながらも、少し歩いた場所にあるハーブを教えてもらった。


「こちらは私のおすすめですよ。コランという紫の花でとても甘い香りがするんです。お茶にしてもとても良い香りがするんですよ」

「へー、コラン……初めて聞きました」

「あまり市場には出回っていないので。栽培方法が少し難しいのです」

「栽培方法?」

「えぇ、デリケートなハーブで水をやりすぎたり、日差しが強すぎても育たないんです。なので、残念ながら量産にはあまり向いていません」


 うーん、そうなんだ。そんなおすすめなハーブなのに勿体ないなぁ。


「私が作ったコランのお茶がありますので飲んでみられますか?」

「え!良いんですか!?」


 また勢い良く返事をしてしまい、フィリルさんに笑われた。後ろではマニカとオルガも苦笑しているし……。


 他のハーブも色々と教えてもらい、そのまま研究所内へ入った。

 中では何人かの研究員が色々実験のようなことをしている。

 様々な薬草を混ぜ合わせたりしながら、効能を研究しているそうだ。


 フィリルさんは奥の部屋へしばらく行ったのち、トレイに乗せたポットとカップを持って戻って来た。


「コランのお茶です、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 椅子に促され、目の前のカップにコランのお茶を注いでくれた。


 カップを持ち上げ香りを楽しむ。

 温かい湯気が鼻先に届くと、これがコランの香りかしら、と、とても甘い香りが漂った。


「良い香り!」


 一口飲むとその甘い香りが鼻から抜けとても嬉しくなる。


「これ、お菓子とかにも出来そうだなぁ」

「お菓子ですか?」


 ボソッと呟いたのをフィリルさんに聞かれていた。独り言がすぐ口に出るのを直さないとな。いつかヤバいことになりそう、と苦笑した。


「えぇ、お菓子……クッキーとかスポンジケーキとかに入れても良い香りで美味しそうだな、と」


 この世界では料理やお菓子にハーブを入れるって感覚がないらしいのよね。だからフィリルさんは意外な顔をしている。


「なるほど……お菓子ですか…考えてもみませんでした。良いかもしれませんね! 食べてみたいです!」


 意外と乗り気になってきたフィリルさんだった。

 思わずそれに乗っかり提案してみた。


「王宮の料理長に相談してみましょうか!」


 マニカとオルガがやっぱり驚いた顔をしてるよね。呆れているというか……。


「そんなことをして大丈夫でしょうか……」


 フィリルさんは少し躊躇した。そうだよね…ちょっと無謀かしら。


「まあ聞くだけ聞いてみて。ダメなら諦めて自分で作ります!」

「えっ!?」


 あ、しまった。自分で作るって言っちゃった。マニカが少し慌てている。


「あ、いえ、昔から自分でお菓子を作るのが趣味だったもので……」


 えへ、っと笑って誤魔化した。マニカが頭を抱えている。

 こうなればやけくそよ!言いたいこと言ってしまえ!


「他にもお茶やお菓子に合いそうなハーブや薬草とかありますか?」

「そうですね……色々ありますが……全部になるとかなりの時間がかかりますよ?」

「うーん、ならとりあえずこのコランのハーブだけ少し分けてもらうことって出来ますか?」

「王宮の薬草なので気軽には無理ですが、少しお分けするくらいなら」


 あ、そっか、王宮のもの……すなわち王家のものよね……無理言ってごめんなさい。


「無理を言ってごめんなさい、ありがとうございます」


 フィリルさんはニコリと微笑んだ。その後ろでは頭を抱えたマニカと苦笑するオルガ……。

 ではそろそろ、とマニカに促され、フィリルさんに別れを告げた。


「また来ますね!」

「えぇ、いつでもお越しください」


 そう言って薬物研究所の入口でリフィルさんと別れた。



「お嬢様……」


 マニカが呆れた顔で溜め息を吐いた。


「ごめーん、でもお菓子作りたかったんだもん!」


 可愛く言ってみた。しかしマニカには通用するはずもなく……。


「お嬢様が家でお菓子作りなど……良家の子女はそのようなことは致しません」

「ですよね……」


 しょんぼりしているとオルガが手を握って来た。


「お嬢は好きなことしたら良いじゃない!どんなお嬢でも好きだよ!」

「オルガは余計なことを言わないでください」


 マニカがオルガを止めた。


「ハハ、ありがとう、オルガ。とりあえず料理長に話をするだけでも……」


 チラッとマニカを見た。マニカは溜め息を吐き、


「話をするだけですよ? 料理長もお忙しいのです」

「うん! 分かってるよ!」


 やった! と嬉しそうにしていると、マニカはやれやれと言わんばかりに苦笑していた。


「ですが、今日はまだ騎士団への訪問がありますからね!」

「あぁ、そうだった…」


 がっくりしながら先導するオルガに付いて行った。



 薬物研究所からそう離れていない場所に騎士団の演習場があった。


 多くの騎士たちが訓練をしている。

 剣を使い実践さながらの戦いに、剣のぶつかり合う迫力ある音が怖さを感じる。


 誰かに声を掛けるべきか悩んでいると、一人の青年がこちらに気付き近付いて来た。

 ギル兄だった。

 ギル兄ことギルアディス・ガルアドアはシェスレイト殿下専属の近衛騎士。普段はシェスレイト殿下の側にいるはずだが……。


「ギル兄? 何してるの?」

「リディこそどうした? 俺は今殿下が執務室で仕事中だから、その合間に訓練だ」

「そっか。私は今日騎士団の見学なの」

「見学か……演習場をか?」

「うん、演習場もだし、騎士さんたちの控えの間とか見たいかな」

「んー、ならとりあえず団長を呼んでくるよ」

「え、あ、うん、そうだね…お願いします」


 団長か……何だかわざわざ申し訳ないけど、勝手に歩き回るのも良くないだろうしね……。

 ギル兄はそう言うと走って建物の中へ入って行った。


 ギル兄がいなくなると、訓練をしていた騎士たちがこちらに気付きざわざわとし出した。

 一人の青年が近付いて来ると、それに釣られるように他の騎士たちもわらわらと集まって来た。


「リディア様ですか!?」

「え、は、はい」


 背の高い屈強な男たちに囲まれ、どうしたら良いか分からなくなった。


「シェスレイト殿下とご婚約されたのですよね! おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

「いや、さすが、シェスレイト殿下の婚約者殿、お美しい!」


 あちこちから話しかけられ、少しパニック状態に。ど、どうしよう……。オルガが遠く離れた場所でうろたえているが、さすがにオルガでもこの屈強な男たちの壁に阻まれ入って来れない。


 どうしたら良いのかあたふたしていると、建物から出てきた男性が怒鳴った。


「おい! お前ら何をしている!」

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