第三話 いきなり婚約発表!? その二

 準備を終え、屋敷のエントランスまで出ると、そこにはお母様がいた。


 リディアのお母様…リディアと同じ浅葱色の髪に瞳はリディアとは違う明るい青の瞳。

 リディアの顔立ちは母親似なのだろう。リディアよりも歳は重ねているが、それでもなお美しい顔立ちだ。

 しかしリディアよりも化粧やドレスが派手だからか、かなりの迫力がある。


「遅いですよ」


 言われたその一言に身体が畏縮した。

 おそらくリディアの身体に染み付いた今までの経験からだろう。カナデとしては何も感じないのに、身体が勝手に畏縮する。

 リディアはこの母親が余程怖かったのだな。


「申し訳ありません」


 まあ気にしていても仕方ない!私は今リディアであって、カナデでもある、私はこの母親は別に怖くないし、気にしないようにしよう!

 身体が勝手に畏縮するのは何とかしたいけど……。


 屋敷の入り口に止められていた馬車に乗り込み王城まで。


 リディアの父、ヨゼフス・ルーゼンベルグ侯爵。国の宰相を務めるため、屋敷にいることは少なくほぼ王城で過ごしている。

 ルーゼンベルグ侯爵家は代々、国の重要な役職に就いていることが多く、それ故王城から離れることが出来ない。

 その為、ルーゼンベルグ侯爵家の屋敷は長年王都の一等地、王城へすぐに出向ける距離に構えられている。


 ということは、すぐ近くなのよね。えぇ、そう、それは目と鼻の先。歩いてもそう時間はかからない。

 しかし! お貴族様は馬車なのよ! 余計時間かかる! めっちゃ無駄! はい! また貧乏性!


 ダメだ……落ち着け……目の前にはお母様。突っ込み入れたくても我慢だ。私はリディアなんだから!


 お母様に気付かれないよう、気合いで静かに深呼吸……気付かれないように気を遣い過ぎて、とんでもなく長い深呼吸になってしまった……。まるで今から武道でも始まるのか、というような気合いの精神統一……。


 窓が閉じられているので外の様子は分からないが、どうやら王城まで着いたようだ。

 御者と門番が話している声がする。

 門が開けられた音がして、そしてまた馬車は動き出す。

 またしばらく揺られていると、馬車は止まり外から声がかけられた。


「奥様、お嬢様、到着致しました」

「ありがとう」


 そう言ってお母様が先に降り、私もそれに続いた。

 城の衛兵が名前を確認すると、会場まで案内をしてくれた。


 その会場へ向かうまでの間、衛兵には聞こえないような小声でお母様から注文が始まった。


「陛下や殿下の前で失礼はないように。何事でも笑顔でいるように……」


 あれやこれや婚約発表した後のことまで、まあ色々と……。

 一応は気を付けますけどね。でも私カナデも入ってますからね。そこのところ見逃して欲しいな、と。無理なのは分かってますけど。


 会場の扉を開くと眩しい光が目に入り、思わず目を細めた。明るさに慣れてゆっくり瞼を上げると、とても広い大広間に大勢の人がいた。


 お母様が入った途端、すでに広間にいた人たちはお母様の姿を見るや否や周りに集まって来た。

 我先にと挨拶をしている。

 そんな中私はお母様から逃れ、周りを観察した。


 大広間では大勢の貴族たちが話をし、横では楽団が演奏をしておりとても優雅な雰囲気だ。


 そんな中、ざわついていた空気が急に静まった。そして扉の前で侍従らしき人が声を上げた。


「シェスレイト殿下、ルシエス殿下のご入場です」


 扉を侍従が開けると若い男性二人が入って来た。

 その後続け様に紹介を続け、


「国王陛下、王妃様、ご入場されます」


 国王夫妻の入場だ。

 その場にいた者たち全てが最上級の礼で迎える。


 国王夫妻は広間の奥へ進むと、少し高くなった壇上へ進み用意された椅子に座った。

 その息子たちは両脇に立ち並ぶ。


 左から順に、シェスレイト殿下。国王陛下。王妃様。ルシエス殿下。


 シェスレイト・ロイ・コルナドア殿下、彼が例の、というかリディアの婚約者になる人。

 リディアよりも二歳歳上の銀髪に瑠璃色の瞳。そして恐ろしいくらいに綺麗な顔立ち。

 この国の第一王子。清廉潔白な素晴らしい王子だが、その清さのため、少しの不正や悪事、怠慢等でも許さず容赦なく処罰するため、周りからは密かに冷徹王子と呼ばれている。

 ニコリとも笑わない冷徹王子は、銀髪と綺麗な顔立ちも相まってか、なおさら冷たく怖い雰囲気だ。

 リディアと彼は幼い頃から何度か会ってはいるが、彼が笑った顔は一度も見たことがない。


 国王陛下はシェスレイト殿下と同じ銀髪に瑠璃色の瞳だ。王家の血筋の色なのだろう。代々王になる方は銀髪、瑠璃色の瞳であることが多い。

 若い頃はさぞかしおモテになられたのだろう、と思える美男ぶりだ。しかしシェスレイト殿下とは少し雰囲気が違い優しげだ。


 王妃様は琥珀色の髪に薄い緑色の瞳で、とても美しい顔立ちだ。シェスレイト殿下はお母様似なのだろう。近寄りがたい美しさがある。しかしシェスレイト殿下のようには冷たさは感じない。女性ならではの穏やかな雰囲気がある。さすがは国母といったところか。


 最後にルシエス・サナード・コルナドア殿下。彼は第二王子で、シェスレイト殿下の二つ年下の弟殿下。ということは、リディアと同い年。王妃様と同じ琥珀色の髪に陛下と同じ瑠璃色の瞳。ルシエス殿下は顔立ちは陛下とよく似ている。

 シェスレイト殿下のような綺麗さよりも、男らしい美男という雰囲気だ。

 ルシエス殿下も今笑顔はないが、彼は周りの評判は良いほうだ。親しみやすく、誰にでも気さくに声をかけ、下の者から慕われていると聞く。しかしそれを利用しようとする者もやはり周りに多いようで、そのせいで兄のシェスレイト殿下とはあまり仲が良くないと噂されていた。

 ルシエス殿下も幼い頃に何度か会っているが、幼すぎたため、やんちゃな男の子、という印象しか残っていない。


 国王ご一家を観察していると、よく見たら端のほうにお父様がいた。

 宰相として控えられているのですね。お父様は今の国王とは幼馴染みらしく、若い頃から側近として仕えていたらしい。そしてそのまま宰相を任されることに。故にいまだに側近としても仕えているようで、なおさら屋敷に戻らないことも多いのだ。



「皆、今日は集まってくれてありがとう」


 国王陛下が声を上げた。

 その時お父様が目配せしてきた。


「今日は皆に大事な発表がある」


 ギクッとして身体が強張る。

 お母様に小声で叱咤され背を支えられた。


「我が息子、第一王子のシェスレイトとルーゼンベルグ侯爵の一人娘リディア嬢との正式な婚約をここに宣言する」


 その広間にいた人々からおぉ! と歓声が上がる。


「リディア嬢、こちらへおいで」


 陛下は立ち上がり優しげな顔で手を差し伸べた。

 あぁ、やはり逃げられないのよね。胃がキリキリする~! 逃げ出したい!

 緊張で足が出ないところを、お母様に背中を思い切り押され一歩踏み出した。

 はは、ありがとうお母様、無理矢理押してくれて。


 何とか歩み始め陛下の前までたどり着くと、ドレスを持ち膝を折った。


 陛下は顔を上げなさいと小さく言い、私の手を取った。畏れ多くて固まる私をシェスレイト殿下に促し、殿下が手を差し出し陛下から殿下へと私の手はエスコートされる相手が変わった。


 殿下は片手で私の手を支え、片手は腰に手を回し、皆の方へ向き直すよう促した。


「前途ある二人に皆の祝福をお願いしたい」


 陛下がそう言うと皆が大きく拍手をし、口々におめでとうございます、コルナドア万歳、と叫んだ。



 その後、広間はダンスや歓談、立食等、パーティーが始まった。

 私はというと……うん、やっぱり挨拶回りよね……分かってた。

 シェスレイト殿下と一緒に次々やってくる方々とのご挨拶。そして殿下とのダンス……うん、ちょっと発狂しそうだ。

 リディアの記憶があるから、立ち居振舞いやダンスはそりゃ完璧ですよ。それはもう! 自分でもびっくりするくらい身体が自然に動くよ。リディアって凄いね、って自分で感心したくらいだよ。


 完璧超人の殿下はダンスしてても、それはもう美しい! ダンスってね、物凄い近いでしょ? 顔が近すぎて緊張するし、綺麗過ぎて見惚れるし、しかしニコリともしないから怖いし……。


 ニコリとしない殿下の代わりに横で愛想笑い浮かべているのにも疲れ果て……笑顔はもう限界なのよ!!

 ダメだ!! 顔が引きつるのが分かる……顔面筋肉痛になりそうだ!! 誰か助けて!! って言いたいけど、言えない、ひぃいと心で泣きそうになっていると、一人の青年が殿下に声をかけた。

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