第四話 王宮生活!?

「殿下少しよろしいですか?」


 声を掛けて来たのは、シェスレイト殿下専属のギルアディス・ガルアドア近衛騎士。葵色の髪に若草色の瞳で騎士という割には優し気な顔付きのお兄さんといった感じだ。


 シェスレイト殿下よりも六歳年上でガルアドア侯爵家の次男。軍務大臣であるガルアドア侯爵に付いてよく王宮へも来ていたため、幼い頃より友としても過ごし本当に兄のような存在なのだろう。

 リディアとも幼い頃に面識があり、会う度に頭を撫でてくれる優しいお兄さんだった。


「ギルか、何だ?」

「リディア様が少しお疲れのようですので、少しばかり休憩を差し上げてはと」


 ギルアディス様! 神様! よくぞ気付いてくれました! この冷徹王子全然気付いてくれないのよ!


「リディア? そうなのか?」


 シェスレイト殿下はこちらを向いたがやはり無表情のままで一切分かっていない様子だ。

 引きつる顔を我慢しこれで最後だ! と気合を入れ渾身の笑顔を作った。


「申し訳ございません、少し休ませていただいてもよろしいでしょうか?」


 無表情のまま興味がなさそうに、冷たい目で見下ろすとシェスレイト殿下はふいっと顔を逸らした。


「挨拶は済んだ。好きにしろ」

「ありがとうございます」


 何が好きにしろだ! そんなことしか言えんのか! と内心ふつふつしながらもギルアディス様にエスコートされ広間を出た。


「大丈夫ですか?」


 ギルアディス様は心配そうに顔を覗き込んで来た。


「連れ出していただいてありがとうございます。おかげで物凄く助かりました!」


 もう本当に助かったのよ! 顔面筋肉痛よ! もう少しでボロが出るところだったのよ!

 だから力を込めて感謝を伝えたら吹き出された。


「ハハ、なら良かった。あまりに顔が引きつっていたから心配したよ」


 バレてたか……。


「あ、すまん。じゃなくてすいません。心配致しました」


 ギルアディス様は何故か馬鹿丁寧に言い直した。


「なぜ言い直すのですか?」

「え、だってリディはもうシェスレイト殿下の婚約者だしな。未来の王妃様じゃないか。今まで通りとはいかないだろう」


 未来の王妃……、、嫌だ……、リディアが逃げ出したくなるのも分かるな。


「嫌です、今まで通りにしてください。私にとってはギル兄様なんですから」

「うーん、しかしなぁ」


 顎に手をやり考え込んだ。


「良いじゃないですか! 今まで普通だったのに急に変わるほうが変です!」


 よそよそしくなられるのは嫌だ、と詰め寄った。

 ギル兄様は少し身体をのけぞり、肩を掴んで少し後ろに押した。


「近付き過ぎだ。少し気を付けろよ? このままでいたいならなおさら距離感はしっかり保て。リディはシェス殿下の婚約者なんだから」


 何だか少し突き放された気がしてむくれたが、しかし婚約者以外の男性とあまり接近するのはよろしくないのは重々承知していた。下手をするとギル兄様にも迷惑がかかる。


「分かりました」


 仕方がないので納得した、という顔をした。

 それを見てギル兄様はフッと笑い頭を撫でた。

 お互い顔を見合わせ笑い合った。


「さて、本当に疲れているだろう、控室で休むか?」

「そうですね、出来れば」


 侯爵家である我が家には控室が用意してある。そこにはマニカが来てくれているはず。

 出来ればそこで休みたい。

 ギル兄様はルーゼンベルグの控室まで案内してくれた。

 扉を開け中までエスコートしてくれると、では失礼します、と丁寧にお辞儀をし部屋を出て行った。

 扉を閉める直前に目配せでウインクをしながらじゃあな、と小声で呟いていき、それが可笑しくて笑ったらマニカに不思議そうにされた。


「お嬢様お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

「えぇ、物凄く疲れたわ!」


 思い切り深い溜め息を吐き、椅子に座り込んだ。

 マニカは苦笑し、他の侍女たちに指示を出し、お茶を用意してくれた。


「良い香り」

「疲れが取れるハーブのお茶でございます。甘いものもご用意しましたよ」


 暖かいお茶を飲むとほっとする。疲れが取れるお茶か、カナデの時もよくハーブティーを飲んでたな、と懐かしくなった。


「疲れた時は甘いものよね! パーティーでは何も食べられなかったし!」


 出されたお菓子を摘みつつほっこりしているとマニカは笑った。


「それは仕方ないですよ、今日はシェスレイト殿下とお嬢様のための会ですからね」

「はぁぁあ、それね! ほんと嫌! あの王子ニコリともしないし!」

「シェスレイト殿下の笑ったお顔は誰も見たことがないと言われていますものね」


 いつか笑った顔が見れるのだろうか。いや、私には関係ないか。なんせ一年限定だし。

 リディア本人はもしかしたら万に一つでもいつか見る日がやって来るかもしれないが、カナデにはないだろう。

 うん、だから特に関わらず一年過ごそう。そうしよう。



 そう思ったのも束の間。

 婚約発表の日、屋敷へ帰宅してから翌日には王宮へ住むように通達があった。


「何でー!!!!」


 王宮に住み込み、花嫁修業兼王妃教育が始まるとのことだった。


「いーやーだー!!!! そんなの聞いてなーい!!」


 リディアに婚約発表があるとは聞いていたが、王妃教育と王宮住み込みとか聞いてないし!

 まあリディア自身も知らなかったのかもしれないけど。それかあえて言わなかった!?

 いや、言わなかっただけなら、記憶を混在させたときに分かるはずだし……リディアも知らなかったのか。


「くっ……それなら仕方ないよね」

「大丈夫ですか?」


 マニカが心配そうにしてくれている。


「王宮にはマニカも一緒に来てくれるのよね!?」

「もちろんです。お嬢様の行くところへは必ず付いて行きます」


 マニカはニコリと笑いながらしかししっかりと言い切ってくれた。


「ありがとうー!!」


 マニカが一緒なら少し心強い。

 はぁ、王妃教育かぁ、どんなことするんだろう……。


 通達が来てから三日後には王宮へお引越しとなった。


「屋敷から歩いて十分くらいなんだから通いでも良いのに……」


 ぶつぶつ文句を言っているとマニカに窘められた。


「お嬢様、いい加減諦めなさいませ。陛下からのご命令は背けません」

「分かってるんだけどさ、でもさ~」


 わざわざ住み込みってさぁ。


 用意された部屋はルーゼンベルグの屋敷よりもさらに豪華で広い造りだった。

 ベッドルームにドレスルーム、リビングルームにバスルーム、全てが広く高級そうな調度品で埋め尽くされていた。窓を開けるとバルコニーも一部屋くらいありそうなくらいの広さだし!

 まあなんて煌びやか! 貧乏性にはこの広さ、どうしたら良いか分からないわ。苦笑するしかなかった。


 下働き達と侍女達が荷物を運び込み整理してくれている間、暇だったため庭園を散策させてもらうことにした。

 下町娘のようなワンピースでかなりのラフな服装だったため、マニカに着替えるよう止められたが、少し散策するだけだと説得しそのまま出かけた。マニカはハラハラしながら周りを気にしている。


「お嬢様、少しだけですからね! そのような格好を誰かに見られたら……」

「大丈夫だよ、ちょっと外の空気吸うだけだし、すぐ戻るよ」


 そう言って呑気にふらふら歩いていたら背後から声を掛けられギクリとした。


「おや、リディア様ではないですか?」


 振り向くと深緑色の髪に灰色の瞳の爽やかな雰囲気の若い男性が立っていた。


「あの、申し訳ございません。どちら様でしょうか?」


 知らない顔だったため、仕方なく聞いた。嫌な予感がする……。


「あぁ、申し訳ございません。申し遅れました、私はディベルゼ・ロイアスと申します。シェスレイト殿下の側近をしております。これからはお会いすることも増えるかと思いますので、以後どうぞお見知りおきを」


 ディベルゼと名乗った青年は丁寧に紳士の礼をした。

 シェスレイト殿下の側近ね~! はい、アウト! やってしまった。まさかそんな近しい人と出くわすなんて……。

 くっ、どうする。どうやって切り抜ける。

 分からない! そんな時は…考えるの放棄!


「シェスレイト殿下の! まあ存じ上げず申し訳ございません! これからよろしくお願い致しますね」


 とりあえず鉄壁の笑顔を貼り付け、丁寧に丁寧に……ワンピースだけど、スカートの裾を持って膝を折ったわよ! このまま静かにさりげなく撤収よ!


「では、失礼いたしますね。シェスレイト殿下によろしくお伝えください」


 最後まで笑顔で笑顔で……。

 さっと踵を返し足早にこの場を離れる。マニカはディベルゼにお辞儀をすると慌てて私の後を追って来た。


 ディベルゼの姿が見えない所まで来ると小走りに部屋まで戻った。

 いや、小走りって! それまた駄目なやつじゃない! と自分に突っ込みを入れながらも、足は止まらなかった。


「あー、焦ったわ……まさかシェスレイト殿下の側近さんに会うとは……」

「だから言いましたのに!」


 マニカは呆れ顔だ。


「ごめんなさい」


 さすがに落ち込んだ。


「絶対あの側近さん、殿下に言うよね…」

「でしょうねぇ」

「はぁぁあ」


「まずいかなぁ……うーん、でもシェスレイト殿下って私に興味なさそうだしね。どうでもいいかも」

「そうやって現実逃避しないでくださいませ」

「あは、バレた?」


 なかったことにしようとしていたことがマニカにはバレた。

 まあでも本当にどうしようもないことだしね。弁解しても仕方ないし。なるようになるでしょ。


 気にしないことにした。


 予想通り、ディベルゼに鉢合わせてから何日か経っても、特に何も言われることはなかった。

 そして王妃教育が始まっていった。

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