第5話 ネーミング

 さて、現在の格好から入ろう。まず上半身、なんとベージュの長袖で厚手の上衣を着ている。そして下半身、驚愕すべきことにベージュの長ズボンを穿いている。多分どっちも亜麻とかそういう素材。一色しか無いのは……多分、実用性しか考えてなかったからじゃないかな……。一応、目の前に居る金髪碧眼目鼻立ちクッキリ勇者フェイスのは革鎧を着てるし、革色そのままのブーツだって履いてるから二色になってるけど。まあ問題があるとすれば、それらはパンツ穿いてるだけの状態の上に装備されていることだな。

 おっと、その目の前に居る男ってのは俺を助けてくれた人物ね。タックルで鎌をズラすって完全にヤバい奴だよね。怖くないのかな。

 ……命の恩人に向かってそんなことを言うのは止めよう。好感度が下がる。多分縄文人師匠もそんなことは許してくれない。

 次に状況説明だ。あのカマゴキに殺されかけた時、こいつが飛び出してきて助けてくれた。んで、こいつに無理やり服を着せられた訳よ。回想してみようか。


 ――助けられた直後。


「あ、危なかった! そこの君、傷は大丈夫!?」

 カマゴキからすれば悪質極まりないタックルで助けてくれた人物が言う。何故か言葉が分かるし、多分話せる。

 その人物はベージュ一色の衣服と革鎧、革色そのままのブーツ、腰には剣という、中々なファッションセンスを持った青年だった。実用しか考えてないファッションセンスの癖に、金色の髪をセミショートにした碧眼のイケメン。なんだろう、助けて貰った側が言うことじゃねえけど、色んな男から恨まれてそうなイケメン具合。

 ……まあ良いか、どちらにせよ恩人だからね。

 ひとまずお礼を言おうと口を開きかけた時、その青年B(仮定)が驚いたような目で固まり、一瞬置いた後に自分の目を隠して叫ぶ。

「なっ、なんなんだその格好!?」

 ……だよね! 価値観同じっぽくて助かるよ! しかし服は無いんだよね。服を持たないことくらい見りゃ分かるだろうけど、多分青年Bさんそこまで頭が回ってない。……ある日、森の中、原始人に出会ったらそうなるな。

 まずは誤解を解こうか。俺は露出狂タイプの変態じゃない。

「……えっと、そのですね、服を持ってなくて……」

 さすが俺、初対面に対して声が小さいね。……気弱な女の子キャラって一定の人気出るじゃん……? そういうことだよ。

「ええっ!? 追い剥ぎにでもやられたのか?」

 そう、俺は追い剥ぎにやられた記憶喪失の女。気がついたら裸で森に取り残されていたが、自分以外に対する記憶は結構残っているので、何とか色々な装備を作ってヒトを探してさ迷い歩いていたところだ。よし行ける!

「あー、そのですね、覚えていなくて……気がついたら裸でこの森に……」

 保護してくれ……! 一生のお願い一回目ですから! 普段はほぼ信仰してない神様仏様もお願いします……!

 願いが通じたのか、青年Bが優しい目で「そっか……それは大変だったね。そうだ、怪我の処置をしたら、嫌じゃ無ければ俺の服を貸すよ。大丈夫、さっき着替えたばかりだから、汚くない筈だよ」と言う。お前良くこんな設定信じたな。まあ服云々に関しては、嫌じゃないので礼を言って貸して貰うことにした。

 怪我は確かに痛いので、おとなしく青年Bに見せる。幸い、傷は貫通こそしているものの脇腹の浅い場所を通っていたようで、カマゴキの頭を引き抜いても、出血多量で死などにはならず、青年Bがポケットから出した包帯を巻くだけで処置は終わった。

「さあ終わったよ、傷が浅くて助かった。自分で動ける?」

 と優しい声で青年Bが言う。傷は浅いし、わりと痛みに強いタイプなので「痛いですが、動けます」と返すと、「そっか、良かった」とこれまた優しい声で返される。優しい人物なのかな?

「そうだった。服を貸すね、ちょっと待ってて」

そう言って青年Bが木の影に隠れる。しばらくして、青年Bが戻ってきた。その手には先ほどまで着ていた衣服が収まっており……青年自身はパンツ一丁に革鎧とブーツ、そして剣という、超ド級変態ファッションであった。いや、確かにだ。乳首は隠れてるし、股間もバッチリ。なんなら露出面積は俺よりも全然少ない。でもなんだろうこの

 そんなことを考えていると、青年へんたいBが服を差し出しながら口を開く。

「……荷物とか置いて来ちゃってね……。仲間が来るまで、この格好でも良いかな……?」

 ああそういうこと……。確かに荷物らしい荷物を持ってない。

 服を脱いで準備万端になったのかと思ったが、そうじゃないことを知って安心する。実際、露出面積はそうでもないし、そもそも男だしで特に嫌がる理由も無いので、格好に関しては別に良いと伝える。そしてせっかく服を差し出してくれているので、その服を受け取ってその場で着る。いや、やっぱり木の影に隠れて着る。なんでなんだろうね、がエロいのは分かるよ、だって服を脱ぐんだから。でも服を着るという工程にもエロは発生するんだよね。人類の七不思議に加えても良いでしょこれ。

 着衣が完了したら青年Bの元へ出る。

「服、ありがとうございます。……そしてそちらの服を奪ってしまって申し訳ない……」

「いやいや、別に良いよ。困ったときはお互い様。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。俺はファティス・ティサ、冒険者の卵ってところかな」

 マジで冒険者あるんだ……。いや、あるかもとは思ってたけど、マジであるとなると結構ビビるな。とりあえずティサさんに自己紹介を返す。

「ティサさんですね。私は卯……」

「う?」

 あっぶねぇ! 記憶喪失だって言ったじゃんか! 内心冷や汗だらだらだが、表情には出さずに「……ごめんなさい、名前が分からなくて……」と言う。もうちょっと元気出せよ俺。さっきから声色暗いぞ?

「……そっか、そうだよな……」

 ほら青年Bも暗い声色に戸惑って、どうしたら良いか分からなくなっちゃってるじゃん。今の彼の頭の中はおそらく、どうやったら俺を傷つけずに話すかで一杯だぜ? でもここで「私のことは気にしなくて良いですから……」とか言ったらそれはそれでアレだしな……。


 ――回想終了。

 そうだよ、今は両者座り込んで無言タイムだよ。記憶喪失設定はミスったな。どうにも話が重くなる。そりゃ疾患だから重くなるのは分かるけど、こうも重いものか? ……上手く扱えばもうちょい軽く出来るんじゃないか? 今さらだな。

 沈黙の時間に堪えきれなくなったのか、ティサさんが口を開く。

「……っそうだ! 君、俺が冒険者になったらパーティに加わらないか? 確かに危険な仕事だし、あまりオススメ出来ないけど、ナギオオカマ……この虫を倒せる実力があれば充分だよ! もちろん、嫌なら強制しない!」

 カマゴキってナギオオカマって名前なんだ。サシオオカマとかも居るのかな。いやそれも気になるけど、パーティってアレだよね、大勢で集まって騒ぐ方じゃないパーティだよね。答えあぐねて居ると、ティサさんが「冒険者っていうのはナギオオカマみたいな危険な動物を倒したり、危険な場所での採取を行ったりする職業で、パーティは冒険者の集まりのことだよ」と教えてくれた。なるほど、俺が想像したもので間違い無さそうだ。

 さてどうしよう。正直もう危険は懲り懲りなんだが、以前も考えた通り、私は世間知らずだ。今ここで断っても、生きていける自信はない。……まあ無理に思ったら辞めれば良いか。

「……じゃあ入っても良いですか?」

 そう言うとティサさんは笑顔で「やったぁ! ちょうど人手が足りなかったんだ、ありがとう!」と言う。良い笑顔しやがって。

 ちょうどその時、近くから「おいファティス! どこ行ったァ!」と男の厳つい声がする。ティサさんの仲間かな? 中々おっかないのを仲間にしてらっしゃる。

 ティサさんがその声に応えると、すぐに声の主が姿を現す。その人物は、身長こそ普通か少し上程度だが、ガッチリとした筋肉質な体に厳つい顔面、そしてスキンヘッドというヒャッハーぶり。格好はニッカポッカのような緑のズボン、革のブーツと亜麻色の長袖上衣、そして革鎧だ。なんと三色もある。その人物がティサさんの荷物を持っていたようで、ティサさんにリュックサックを投げ渡した。

「グレント、ありがとう」

「オウ、あんま一人で行動すんなよ」

 ティサさんとの会話を見るに、強面だけど普通に良い人っぽいな。グレントさん。

 ちょっと私が困惑しているところに、仲間がもう一人追加された。

 もう一人の方は縮れた栗毛を後ろで纏めた中年女性……なんだけど、デカい。色々デカい。まず体がデカい、一八〇センチは絶対に超えてる。次に胸がデカい。そして筋肉がデカい。顔の造形は垂れ目で温和なおばさんって感じなのに、色々巨大なせいで迫力がヤバい。大きな両手持ちのメイスのような物を背負っている以外は、もう見慣れたベージュアンド革鎧だが、着るヒトによって印象は変わるものだな。正直グレントさんよりビビった。

 その女性が開口一番に「ファティス! なんだいその格好は!」と言うとティサさんが「その子に貸したんだよ」と地べたに座っている俺を指差す。えっ俺?

「あら! 可愛いじゃないの! こんな子どこで拾ったんだい? それともこのナギオオカマから助けたりしたのかい?」

 あっ、俺って可愛いの? そういう方向性だったの? いやそれは置いておいてだな、別に私は拾いネコとかそういう類では無く、ガチ遭難者なんですよ。遭難者としてのプライドがあるんすよ。助けては貰ったけども。

「助けたっちゃ助けたけど、ほとんどこの子がやったよ」

 ティサさんがそう言うと女性がこちらを向き、「あらそうなのかい? やるじゃないか。あたしはマイアってんだ。あんたは?」と聞いてくる。若干の威圧感を感じながらも、「えっと、すみません。自分のことが思い出せなくて」と設定上の自分をなぞる。大丈夫? 自然に出来てる? バレたら殴り殺されたりしない?

 そんな不安が良い感じに『自分のことが分からないヒトの不安感』に映ったのか、「ふぅん、そりゃ大変だね。……そうだ、ナギって呼び名はどうだい? この虫はあんたが倒したんだろ?」と納得してくれた。ついでに多少適当な由来ではあるが、名前もくれるのだそうだ。どうせ自分じゃ良いストーリーも思いつかないし、貰っておこう。

「ナギ……良いですね。語感が良いです」

「だろ? 伊達に母ちゃんやってないのさ」

「マイアさん、強引過ぎだって」

「あらファティス? 本人が良いって言ってるし良いじゃないか」

 ……すげえ肝っ玉母ちゃんって感じのヒトだな。実際母ちゃんらしいし。

 そういえばグレントさんとやらはどこに行ったんだと思うと、ナギオオカマの方向から声が上がる。

「マイアの姉さん! このナギオオカマ、どうしましょうか!」

 なるほど、ナギオオカマの状態でも見ていたのか。ナイフか何かを持ったグレントさんが、ひっくり返ってぴくぴくと足を痙攣させるナギオオカマの横に立っている。

「そいつは持って帰るよ! ナギちゃんの金になるかも知れないじゃないか」

「ナギ? ああ、そいつですかい。分かりました! 解体しておきます!」

 そうやって金の心配をしてくれるのはありがたい。マイアさんに「ありがとうございます」と礼を言うと、「困ったときはお互い様だろ?」と返された。なるほど、この土地、もしくは冒険者ってのはそういう文化でもあるのかな。良い文化だ、乗っからせてもらおう。

 そして解体か、それなら普通に興味があるぞ。グレントさんは顔が怖いのでおっかなびっくりではあるが、近づいて観察してみる。

「あ? 解体が珍しいか?」

 いやこええよ……。なんだその鋭い眼光は、俺の心臓を滅ぼす気か? ビビりつつ「ティサさんのパーティに入ることになったので、少しは勉強しておかないとと思って……」と言うと「お、それじゃ俺と同じパーティになんのか。よろしくな、ナギ」と返される。やっぱり悪いヒトじゃない感じはする。カタギの顔してないだけで。

 ゴッツイ見た目と違ってグレントさんは手先が器用らしく、大きなナイフで巨大な昆虫の体をすいすいとバラしていく。なんか見た目のせいでバイクのオーバーホールやってるみたいな絵面。

「ところでナギ、どうやってこいつを倒したんだ? 見たところ大した武器持ってないだろ」

「あ、この石と骨で倒しました」

 尖った骨と石ナイフを差し出す。よくもまあ折れずに残ったなこいつら。

「お? ンだこれ。オメーこんなもんで戦ったのか?」

「えー、はい……」

 一瞬の間を置き、グレントさんが大爆笑する。その癖して手は止めてないのだから、本当に器用なヒトだ。

「お、オメーそれで……! 原始的にもほどがあるだろ!」

 馬鹿にしてんのか。こちとら必死だったんだよ全く。そんな不満の色が顔に出ていたのか、グレントさんが「いや、すまねえな。あまりにも原始的な装備だったもんでな。まあ、そんな物でナギオオカマを倒したってんなら大したもんだ」と言う。まあ褒めてくれてるならよろしい。

 バラされていくナギオオカマを見ながらも、ある程度グレントさんの怖さに慣れていくのだった。

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