第4話 チュートリアル

 はいおはよう。さあ今日は……「って消えかけてる! 火が!」ああ、マズイ非常にマズイもう着火したくないもん! なんと焚火がほとんど消えている。もはや少し赤い程度だ。

 近くの木の棒を片っ端から集め、その中でもいい感じに乾燥しているものを焚火にくべると、なんとか火の勢いは巻き返した。……こんな消えかけでも普通に巻き返すんだな。ちゃんと火の始末はしなきゃな。

 さて火の怖さを知ったところで、肉を全部焼きながら色々と準備しよう。この拠点とは今日でおさらばして、こんどこそヒトの集落か何かにたどり着くのが今日の目標。

 というわけで、まずは縄をもうちょっと用意しよう。せっかく皮もいぶしたのだから、なにかバッグのような物でも用意しようと思うのだ。それに、腰ミノ程度でも良いので身だしなみを整えたい。


――三時間後


 とっくに肉は焼き上がり、火から上げた頃。そこにはそれなりの出来の縄と、鋭く、そしてある程度綺麗に磨き上げられた、一本の肋骨があった。

 ……待って、説明させて。まずだ、俺は武器が欲しいと思った。これは異世界転生に憧れる者なら多少分かるだろ? で、目の前にあったのはシカトカゲの肋骨付き肉チョップ。俺は思った、この肉に付いた骨……武器にならないか……? と。思いついたらやりたいじゃん。それにやっても誰も怒らないんだよ? ならやるじゃん。

 いや待て、バッグを作るってことは皮を加工するってことだ。つまり、皮に穴を開ける道具が必要なんだよ。なるほど、流石私よな。こうなることを見越して骨を磨いてたんだよ。

 とりあえず、この見た目じゃ寂しいから、持ち手に当たる部分に縄を巻きつけて良い感じにする。んー良い感じのクオリティ、ゴブリンが持ってそう。

 それじゃ、バッグ作っていきますか。まずは皮の外周に石の刃物で……違う、ここは肋骨の尖らせた物で穴を開けていく。穴を開けたら平縫いみたいな感じで縄を通して、一周分通したら縄を結びます。はい完成、ワイルドかつデカい巾着袋。ゴブリンが持ってそう。

 腰ミノは何も言うことは無い。単純に細かく裂いた樹皮を巻き込みながら縄を撚るだけだ。ちなみに、ここまでで合計五時間掛かってる。もういっそ今日の出発はやめようかな。……いや、出発しよう。あ、その前に石の刃物も良い感じにしよう。持ち手になる木の棒を括りつけて完成。縄文人師匠、私、成長してますか。

 何はともあれ、これで完璧な格好だ! 手にはワイルド巾着! 下半身に樹皮の腰ミノ! 腰ミノに結び付けた余った縄、尖った骨、石ナイフ! そしておっぱい丸出し! 完璧な不審者もしくは原始人だぜ! 後はそうだな、弓錐式発火具も持っていこうか。

 あれだね、ここまで来ると、もう何も怖くない。無敵になったような気すらしてくる。なぜならこんな格好をしているやつに、自分らの社会常識を求めるやつは居ないだろうから。それとだ、今更気づくってのもどうかと思うが、黒い髪が眉にかかるくらいに、爪が超深爪からちょい深爪程度まで伸びてる。一夜でこんなに伸びる物なんだね。まあ多分、転生した時の再生効果が残ってるだけで、そのうち落ち着くけどさ。

 さて、色々と揃ったところで、火には土を被して、焼いた肉と金貨は巾着に入れて出発だ。もちろん、危なくなったら帰ってくる予定なのでシェルターはそのままにしておく。そのままにしておいて良い強度かは知らない。

 一応、方向性としては昨日と同じで、川を下っていくことでなんとかヒトを見つけよう作戦。これでなんとかどこかにたどり着ければ良いんだけど。

 一日目よりも充実した装備で川を下っていく。やはり武器は偉大だ、持っているだけでもちょっと強くなった気がする。これがあれば野生動物や仮定盗賊に遭遇しても多少抵抗出来る可能性が出てくるからね。いや、もちろん逃げが第一だけどね? 戦うのは本当に最終手段。

 そうして川を下っていると、前日に流した死体の一体が川縁に引っかかっていた。……前日は自分の臭いで臭い程度しか感じなかったが、本当に臭いなこいつ。しかもグロい、夢にでも出て来そうだ。

 そんなことを考えながらその死体を眺めていると、一匹のハエが死体に止まる。そのハエには翅が二対あった。……翅が二対ある? 通常ハエの翅は一対のみだ。気になった私は臭いを我慢して、ゆっくり死体に顔を近づける。ちなみにこれは豆知識だが、目の大きな昆虫は、動きの速い物を捉えるのは大得意だが、動きの遅い物を捉えるのは苦手だ。複眼であることのデメリットでもある。

 そうやってハエを良く見ると、二対の翅の後ろに何か小さな棒状の物が見える。恐らくこれはハエの平均棍であろう。そして地球のハエと同じ進化をしているのであれば平均棍は翅が変化した物だ。つまり地球と同じであれば、このハエには、昔は翅が三対あったことになる。確かに、昔の昆虫には三対の翅がある種も存在するが、そういった祖先から三対翅のまま進化したのだろうか。……中々ロマンがある。この世界でも地球と同様、昆虫はロマンだ。

 そうしてハエを眺めていると、一瞬で時間が過ぎてしまった。……ハエで時間を食いすぎたな、そろそろ移動を再開しよう。虫好きなのが裏目に出たね。

 ハエのお陰ですっかり慣れた死体に別れを告げ、移動を再開する。一日目に比べて裸足の行軍も慣れたものだ。

 進みながら辺りを見回しても、地球の現代ではまず見ないレベルの巨大な虫が木に止まっていたりする。この世界は新鮮な体験が多くて楽しいな。……いや、ヒトによってはデカい虫とか悪夢でしかないのかもだけど、最悪の場合、貴重なたんぱく源にすることも出来るからね。デカい方が良いでしょ?


 ――その時、木の陰からガサッという音がした。それが何か確かめようと首を向けると、目の前には巨大な『鎌』が迫っていた。

「うおぁッ! は、何奴!?」

 声を上げ、反射的に何とか避ける。鎌の持ち主を確認すると、なんというか、ゴキブリをハチの形に直して、頭はハンミョウの物に、前足には鎌を装着させましたって風体の巨大昆虫が居た。三メートルもありそうな体を支えるために足は太く、明らかに殺傷用の鎌はギザギザとした細かい凹凸があり、さらに鋭くなっている。

 ……なるほどね、これが戦闘チュートリアルさんですか。いやここはスライムとかゴブリンとかだろ? ゴブリンだとヒトっぽいから少し躊躇っちゃうかも知れんけども。って、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろ。さあ逃げ切れるかの勝負だ。

「じゃあなカマゴキ!」

 森の方が障害物があって逃げるのに適していると考え、森の中に逃げ込む。大丈夫だ、奴のスタイルは恐らく待ち伏せ型。例え私より足が速くても、ヒトのスタミナがあれば逃げ切ることも可能と考えたい!

 追いかけてきているか確認しようと後ろを振り向けばまたもや鎌。薙ぎ払われるように振るわれたそれを倒れこむように避ける。ダメだこれ、逃げられない。相手の足が速すぎる。相手のスタミナが無くなる前に殺される。戦うパターン? 戦わなければ生き残れない奴? 強くなれる理由とかまだ知らないんですけど?

 こちらの武器は石ナイフと尖った骨、それと縄。相手の武器は恵まれた体格と巨大な鎌と大顎と俊足。ん-敗色濃厚。どれくらい濃厚かって言うと西郷隆盛の像の顔くらい濃厚。モンスターをハントする方々は、装備があるからと言えどこのレベルの奴と序盤で戦わされるのか。今から尊敬する気分になったぜ。

 だいぶプルプルした手つきで腰から尖った骨を外し、構える。恐ろしいが、逃げられない以上やるしかない。追い詰められたヒトが如何に何するか分からないか、教えてやろうか。

 まずは相手の動きを窺う。先攻を選ぶと死ぬ気がするので後攻だ。なにより、先手必勝なんて手口が使えるほど、戦闘に熟達しているわけじゃない。戦うのは中学の時の妹との喧嘩以来だったりするからな。

 相対したまま数瞬の間を開け――来た! 左鎌の振り下ろしを、何とかギリギリで避け肉薄、相手の顔面に骨の一撃を叩き込むが、つるりと滑る。硬い! 滑った拍子に体勢が崩れ、噛みつかれそうになるが、右鎌の付け根を掴み、引っ張ることで体をずらして右に避ける。避けるのなら昔から得意だったりするんだよ。毎回ドッヂボールで最後まで残ってた。……キャッチが苦手だったのも大きいけどね。

 息を吸ってもう一発顔面に叩き込もうとするが、カマゴキが鎌を閉じようとしたのでしゃがむ。鎌が頭の上を通過する感覚は恐怖でしかないが、避けられた。……いや、しゃがめたのは好都合だ。なぜなら、ここからなら喉を狙える!

「せやっ!」

 掛け声とともに思いっきりカマゴキの喉を突く。流石に関節は貫けたようで、骨が突き刺さる。ここまで絶好調だ。……そうか、この体はあんなところで死ねる程度には、運動が出来たはずなんだ。だから動ける、だから避けられるってことか。

 喉を貫かれたカマゴキは、驚いたのか後ろに下がる。骨の刺さり方が浅かったようで、今すぐに倒れるような素振りは無い。しかもまだ俺を諦めないようだ。確かにモテたいがお前にモテたい訳じゃない。

 骨は刺さったままなので、石ナイフを腰から外して構える。こいつまで無くなったら縄で戦うことになるので、ここで終わらせたい。縛法なんて知らないしな。

 カマゴキが恐ろしい速さで迫る。また避けようとするが、無理だった。交通事故を起こしたような衝撃とともに、右の脇腹に左大顎が突き刺さる。

「イッ……!? たァアッ!」

 激痛、そりゃそうだ。こんな傷は負ったことが無い。なんとなく内臓は逝ってないような気がするが、それでも痛いもんは痛い。しかし好都合、あちらから首を差し出してくれるとは。

「死ねカマゴキィ!」

 石ナイフを首に突き立て、さらに骨も掴んで思いっきり引き裂く。引き裂いた。しかし、カマゴキが頭を振り回し、その拍子に外れたカマゴキの頭ごと、近くの木に叩きつけられる。脇腹の傷も広がった。

「……でも勝った。勝ったぞ……痛いけど」

 目の前で崩れ落ちるカマゴキの体を見つめながら呟く。いや、正確には、崩れ落ちかけていた。

 目の前のカマゴキの鎌が上がっていく、目は見えていないだろう。目は俺が抱えている頭だ。敵意はあるか、無いだろう。単純に、昆虫が良く見せる頭が千切れた後の大暴れだろう。しかし、この距離感ではそんな適当に振った鎌でさえ当たってしまいそうだ。

 そして運の悪いことに、鎌が振り下ろされる。

 ああ、アルフレッドさん。ごめんなさい、せっかくレクチャーしてくれた異世界転生ですが、もう再会することになりそうです。

 完全に覚悟を決めたその時だ。覚悟を決めて目を閉じる、なんていうカッコいい真似は出来なかった俺の前に、誰かは分からないがヒトが飛び出してくる。その誰かのタックルで鎌の軌道がズレ、私の横の地面に突き刺さる。


 ――この格好はヒトの前に出ると結構ハズいと分かった瞬間だった。

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