第3話 愚痴と肉
あれから念入りに体を洗い、口の中もある程度の清潔さは確保した。まだ少し臭うが、もうこれは仕方無いだろう。この後のことは時間に任せよう。
さて、次の問題は服だ。川岸に座って考える。さすがに全裸で人前に出るわけにはいかないし、現在の仮定では盗賊が出る程度の治安を想定している。なおさら全裸はダメだろう。せめてテントでも残っていれば良かったのに、全部無いんだもんなぁ。
ていうかそもそも、こんな場所で野宿するってどういう状況だよ。何? 冒険者? ……マジでありそうなのが困るよな……。それに仮定盗賊だって、何もそんな腕っぷしが強そうな奴らを襲うこと無いじゃん。冒険者的な奴らなら持ってる金も少ないだろうしさぁ、奪えそうな物と言ったら武器くらいしか無いでしょ。それか女? じゃあ俺持ってけよ。なんで遠慮しちゃってるんだよシャイか。シャイは私だけどな。いや小さい頃好きな子に告白したことがあるんだけど声は小さいしさりげなさ過ぎて多分何も気にされなかっただろうし……って何を言ってるんだ俺。
……まあ、服だな。目下の目標は服。もしくは誰かに出会ったら「追い剥ぎにやられました。金貨は守ったので何か服を下さい」とでも言うか? こんな森の中にまで逃げ込む体力のある被害者とそれでも追い掛けてくる追い剥ぎって構図は中々面白いけどね。あ、遭難したことにすりゃ良いか。しかし常識が無いとかはいっそ記憶喪失ですとか言っておくか? 遭難して追い剥ぎにあった記憶喪失者とか怪しいなぁ。
ああ、転生するなら生まれ直して赤ちゃんになりたかった。ママのおっぱいしゃぶってたかった。出来れば美人で巨乳でバブみを感じるママ。貴族に生まれりゃ乳母に育てられたりすんのかな? 血が繋がってない方が良いかもしれん。キモいとか言うなよ傷つくだろ? 同じ状況になれば分かるさ。誰の支援も得られないのに明らかに支援が必要な状況になればな。
このままでは大したことも出来ずにアルフレッドさんと再会することになる。ていうかこの世界じゃ私は世間知らずも大概なんだよ。いざ街とかに着いても仕事が見つかるか分からんわけで、最悪ママのおっぱいじゃなくてパパのチ……これ以上は気が滅入るだけだからやめよう。いっそ誰か嫁に貰ってくれよ、気が向いたら家事もやるからさ。この際、顔と収入と性格が良ければ男でも構わないよ。……そんなハイスペック存在する?
さて真面目に考えようか。まず街やら何やらと言うのは川、つまり水源に沿って造られる傾向にある……気がする。歴史とか地理とか苦手だからなぁ。……まあつまり、この川の流域にヒトが集まるような場所があるんじゃないのか? そうと決まれば川岸を下っていこう。流した方々を追うような形になるのは誠に不本意だけど、登ってくと山にでもたどり着きそうだからね。
服は下っていくうちに何か見つけるか、ヒトを見つけてそいつから譲ってもらうことにしよう。あーあ、チート系主人公ならもうちょい良い感じに服とか出せるのかな、創造魔法とかで。……いや、チートじゃなくても服って初期装備だよね、赤子スタートならまあ全裸だけどさ。……でも腐ってた奴の服着るのも臭いか。全裸で人前に出るのもって言ってた奴誰だよ。こっちはもう露出狂になるのも辞さない覚悟だよ。
悩んでいても時間が過ぎるだけだし、そろそろ動き始めるか。夜の森とか……まあ森は嫌いじゃないけど一人では歩きたくないし。どんな生物が居るかも不明だしね。
色々と考えながらも、川に沿って歩き始める。裸足だと結構痛いが、まあ良い経験だ。ここで原始時代に思いを馳せるのも良いだろう。何よりこういった経験を積んでおけば、原始人に「儂が若い頃は――」等と言われずに済むわけだよ。皆も原始人に聞きたくもない武勇伝を語られないように裸足で歩こう。いや、原始人の武勇伝なら普通に聞いてみたいな……。骨折したまま狩りやったことがある程度なら普通に出てくるんだろうなぁ。少なくとも、昔はワルだったよりも昔はイノシシ追いかけてたの方が楽しそうだ。
そんなこんなでそれなりの距離――三時間程度は――を歩いたところで、前方に何かを見つけた。それはどうにもカモシカの死体のようで、川縁に浮かんでいる。近づくと、特に異臭や傷などは無く新鮮なようだが、足や口周りが異様だ。脚には前後問わず鱗があり、まるで鳥やトカゲのようになっていて、口周りも鱗が生えて爬虫類のような形になっている。そして尻尾もそうだ、普通のカモシカよりも長くて尖っているし、腹を見ればまるでトカゲの腹だ。
「なるほどねぇ、確かにこれはファンタジーだなぁ……。爬虫類からカモシカっぽい形になったんだろうなぁ……」
うん、地球に居ればUMA待ったなしの生物に出会えるとはラッキーだ。まあこれで今日は四体の死体に出会った訳だが……、まあ自然の中に死体があるなんて(多分)珍しいものじゃ無いもんな。まだギリギリ不吉じゃない。
さて、こいつをどうしようか。幸いなことに、川原には石が大量に転がっている。その気になればちょっとした刃物くらい作れそうだ。……そうだな、これは滞在期間にも依るな。長期間この森に滞在することを想定するならば、こいつを解体して肉にするのもありだ。だが、俺がどうしても夜の森を体験したくないって言うならばこんなのは無視してズンズン進むのも良いだろう。……というかサバイバルなんてしたくない。ちょっとした知識はあっても初めてだもん。生兵法は怪我の元とか言うじゃん、間違ってるかも知れんけど。
んー……、決めた。一泊だけならしてやろう。休めるかは分からないけど、多少は休むのもありだろう。何せゲロ吐いて腹壊して髪抜けてのマイナススタートだよ? 正直体力も限界……でも無いけど、休んだって良いでしょう。体力限界じゃないのは何らかのバグかボディの体力が異常なだけで、私の精神はとっくに限界突破してんだよ。そう見えなくてもそうなの! ヒトは死んでるし腐肉と慣れ親しむしで限界だっての。だから一回叫ぶ。
「――もっと夢のある異世界転生にしろチキショー! せめて腐ってんじゃねーよ体ー!」
ふー……青春みてぇな声してんな。夏の海に向かって叫んでる女が居るとして、その叫び声を想像すればこの声になる。あ、盗賊居るかもなの忘れてた。……歩いたし平気よ平気。それにクマ避けにもなるから。クマ、自分から向かって来ないよね? そもそもここの野生動物事情どうなんだ?
元気が出たところで、シカトカゲを解体するために刃物を作ろう。はいクッキングスタート。
まずは川原の石を用意します。両手サイズの良い石が手に入りましたね! そうしたらもう一つの石を用意します。あら片手で充分持ち運べる素晴らしい
さて、クッキングに戻ろう。さあこうやって石を見つけたらー? 一番目の石が刃物になるように祈りながら、二番目の石で砕きましょう!
「刃物になぁれ!」
よっしゃ刃物になった。君
刃物が出来ましたらシカトカゲの腹を裂きましょう。石の刃を突き立て、結構な力を込めて腹を引き裂く。鱗が邪魔ではあったが、何とか内臓モロ見えのエッチな体に仕上がった。最初っからこうであってくれよな。今の俺なら野生動物のおこぼれでも火を通せば行けるぜ。
内臓の様子を見るに、死んでからはそこまで経って居ない様子。臭いも無い。ただまあ、異世界の意味分からん動物の内臓は怖いな。ということで、内臓をもぎ取って、他の動物に見つからないように川に捨てる。カニやら魚やら、餌だぞ。喜べ、この自分の顔すら分かってない美女が給仕してやってるんだからよ。美女である確証? そりゃ俺の魂の特性が反映されてるなら美女に決まってるだろ。体の年齢知らないから美少女かも知れない。多少は水面に写るから確認しようとすれば出来るが、せっかく記憶喪失という設定なら、鏡に写った自分の姿に驚愕したいじゃない。「この女の子が……俺……?」ってね。ひゅー王道。
本筋に戻ろう、次に火だ。……火の前に一泊する場所を探すか? いやでも一泊だぞ、そこまでガチ滞在の準備するか? ……やっておこう。せめてシェルターは作っておこう。やることリストに追加されちゃったね。
はいクッキング再開。次に周囲を歩き回ってシェルターを作るか見つけるかしましょう。ついでに樹皮や真っ直ぐな木の棒、乾燥した草、乾燥した木を見つけられると良いですね。
――二時間後。
はい、拠点が都合良く見つかる訳無いだろ。ああ、大木の
ただ、樹皮やらなにやらは見つかった。今は樹皮を裂いたり編んだりして縄を作ってるところ。まあ今回はちょっと使うだけなので量は要らない。撚り方? 適当だよ。現状勘で生きてる。……一人だと勘で動いても気楽だな。失敗しても自分が損するだけだもんな。
とまあ、そんなことを考えていたら縄が完成した。その縄と木の棒で弓を作り、弓の縄を真っ直ぐな木の棒に巻きつける。これで弓錐式発火具だっけ? の完成だ。真っ直ぐな木の棒を乾燥した木に突き立て、上から
まずは一回戦。とにかくがむしゃらにやってみる。
「着火ァァァア! 着け、頼む!」
ボキッと気持ちの良い音を立てて棒が折れた。「はいクソゲー」と呟いてもう一本見つけてきたので再挑戦。次は優しく丁寧に「頑張れ……! 君なら燃え上れるさ、もっと! 熱くなれよ!」と言いながらやるも失敗。縄が切れた。若干キレつつも縄を撚り直して再挑戦。
「お前も、小さい頃はキャンプファイヤーに憧れてたよな。……俺と一緒に、また夢を追ってみないか?」
次は手が滑って棒がずれ、せっかく着きそうなのが台無しに。あれ? これ小学生のころに違う発火具でやったことあるミスだぞ? あの時は全然着かなくて嫌になったなぁ。いい思い出だ。でも着火は諦めないからな、暗い森とか怖いから!
――それから、失敗に失敗を重ね、すっかり日が落ちた頃。
「火種だぁあ!」
そう、長きに渡る闘いの結果、ついに火種を作り出したのだ。しかし喜びの舞を踊っている暇などない。一刻も早くこの火種を
震える手で火種を移し、臭い息を吹きかける。うわくっせえ、ちゃんと歯磨きしてんのかよ。臭いの元を燃やそうとしているのか炎が燃え上る。
「火だ……! 火がある!」
歓喜の声を上げ、その火を地面に置いて乾燥した木をくべる。ここまで来て失敗するなんていう美味しい展開もなく、無事に炎が成長していく。ああ、火って素晴らしいなぁ……。人類の成長を見守ってきた余裕の面構えだ、二酸化炭素の量が違う。
とりあえずシカトカゲは皮と肉を分け、ちょっとした台を作って、その上に置いていぶしておく。こうすれば虫よけと防腐殺菌が出来てお得。流石に作るのが面倒だから縄は使ってないよ、材料はそこら辺に生えてたつる植物と木の棒だけ。
さて、もちろん全部煙に当てるだけではない。一部は今日の夜ごはんだ。足を一本もぎ取り、木の枝で支えて火にかける。はいもうこれだけで美味しそう。空腹は最高のスパイスって言葉を思い出すシチュエーションだ。
しばらく経って、食中毒にはならない程度に焼けたので、少し冷ましてから手づかみで食べてみる。うんうんなるほどね、これは……。
「鶏肉みたいな味だ……」
まさかあの鶏肉みたいな味にここで遭遇するとは思わなかったが、とりあえず美味しい。多少塩っけの欲しくなる味だが、少なくとも腐ってはないし、味も悪くない。うん、美味しいよ。シカトカゲ。
そんなこんなで夜は更け、眠気も出てきたので、おっかなびっくりだが眠りに就くのだった。
……あ、クッキング終了ね。
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