第79話


ルーナ王女の生誕祭から一ヶ月以上が過ぎたある日。


「くぁあ…」


俺はアルトリア家の屋敷の見回りの任務についていた。


帯剣して、平和そのものの屋敷の周りをひたすら警護する簡単なお仕事。


あまりに平和すぎて思わず漏れたあくびを、俺は必死に噛み殺す。


ふらふらと屋敷の周りを歩きながら、俺はつい最近耳に入ったある噂について考えていた。


「ギルマス…まじで死んじまったのか…?」


それは俺がもといた冒険者ギルド『青銅の鎧』のギルドマスターが何者かに殺されたという噂だった。


あくまで風の噂程度のものなので事実かどうかはわからないのだが、しかし、聞くところによると、ギルマスは頭部を完全に潰されて殺されていたらしい。


町外れのボロ宿に泊まっていたところを狙われたのだとか。


「元メンバーにやられたのか…?」


ギルマスは、ギルドを運営していた頃、所属冒険者たちを散々にこき使い、自分だけは金を溜め込んでいい生活をしていた。


そのことを恨みに思った元『青銅の鎧』所属の冒険者がギルマスに復讐した可能性は十分に考えられる。


「うーん…けど、そんなことするやついるかな…?」


『青銅の鎧』にいたメンバーは、ガイズなどの一部を除いて、本当に気のいい奴らばかりだった。


あいつらが、復讐のためにギルマスを殺すようなことをするとはとても考えられない。


もし復讐のために相手を殺すような奴がいるとしたら…それはガイズぐらいしか考えられないのだが…ギルマスとガイズはグルだった。


ガイズだってさすがにギルマスを殺すようなことはしない…と思う。


…断定はできないが。


「ま、俺には関係のないことだな」


俺はすでに『青銅の鎧』を去った身だ。


追放してきたのは向こうのほうだし、その後のギルドがどうなろうと、たとえギルマスが殺されようと、はっきり言って興味がない。


ギルマスが本当に殺されたのか、それとも噂が嘘なのかわからないが、俺にとってはどちらでもいいことだった。


今の俺には任務がある。


騎士としてニーナと、このアルトリア家を守ることだ。


今の俺はそのことだけを考えていればいい。


「ん…?」


そう心を決めて気合を入れ直し、俺は不審者がいないか周囲を見渡した。


するとフードを被った小柄な人影が一つ、こちらに近づいてくるのが見えた。


「誰だ…?」


顔を隠していて、その人相は定かではない。


だが、特に怪しい感じでもなかった。


それどころか、フードを深く被り、暗い色のマントを纏っているにも関わらず、その人物からは貴賓のようなものが溢れ出ていた。


ニーナの友人の貴族とかだろうか。


俺は一応、丁重に対応することにする。


「何か御用がおありでしょうか。人を呼びましょうか?」


屋敷の門の前までやってきたその人物に、俺はそう尋ねる。


フードの人物は首を振った。


「その必要はありません」


「え…」


俺は思わず息を呑んだ。


フードの人物は女であり、しかもその声に聞き覚えがあったからだった。


「この間は命を救っていただきありがとうございます。ひと月ぶりですね。アルト」


「…っ」


女がフードを取った。


そしてその顔があらわになる。


「え、ルーナ王女…!?」


「うふふ。こんにちは。アルト」


そこでは、この国の第三王女が朗らかに笑っていた。



〜あとがき〜


新作の


『モンスターの溢れる現代日本で俺だけレベルアップ&モンスターに襲われない件〜高校で俺を虐めていた奴らは今更助けてと縋ってきたところでもう遅い〜』


が公開中です。


そちらの方もよろしくお願いします。












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