第71話


透明化で身を潜めた俺が監視する中、カゲルという名前の暗殺者とミッシェルというドレス姿の女は、ルーナ王女暗殺の手筈を話し合う。


やがて話が纏まったのか、二人とも背を向けて反対方向に歩き出した。


ミッシェルは奥へ、そしてカゲルはパーティー会場の方向へ歩き出した。


「ルーナ王女…必ず今日中に殺してみせる…」


そう物騒なことを言いながらこちらへと歩いてくるカゲル。


「…(おっとと)」


ぶつかりそうになった俺は慌てて脇にそれた。


「ん…?」


カゲルが一瞬だけ俺の気配を感じ取ったのか、こちらを訝しげに見つめる。


「気のせいか…」


しかし、俺は透明化して気配も消しているため、カゲルは俺に気づくことなくそのままパーティー会場の方へと戻っていった。


「…(さて、どちらを追うか)」


俺は去っていくミッシェルと会場に向かうカゲルを交互に見ながら逡巡する。


ミッシェルを追えば、暗殺を指揮した真犯人を炙り出せるかもしれない。


が、カゲルを放っておくとルーナに危険が及ぶことになるだろう。


「…(まぁ、俺の任務はあくまでルーナの護衛だしな…それ以上のことに踏み込むべきではないか)」


俺はミッシェルを追うことは諦め、カゲルの背後に回り込んだ。


「…(さて、どうするか…)」


俺はカゲルの背後をとりながら、どうするべきか考える。


このままパーティー会場に戻ってカゲルを常に監視しながらルーナを守り切るか…


それともここでカゲルを始末してしまうか…


パーティー会場には人も多い。


参加者が貴族豪族の特権階級である以上、巻き込みは許されないだろう。


であるなら。


「おい、待てよ」


こいつはここで始末しておくのが得策だろう。


「…っ!?」


透明化の魔法を解除して背後からいきなり声をかけると、カゲルは勢いよく振り向いた。


その目は驚きに見開かれている。


「い、いつの間に…!?」


気がつかない間に接近されていたことに衝撃を受けているようだ。


信じられないと言った顔つきで俺のことを見てくる。


「なぜ暗殺者の俺が、他者の接近に気づけなかった?…そんな顔だな」


「…っ」


カゲルの顔が悔しげに歪む。


俺は人差し指を立てて、ネタバラシをする。


「簡単なことだ。インビジブルの魔法を使ったんだよ。お前も暗殺者なら知っているだろ?」


「…何?インビジブルの魔法だと…?」


カゲルが訝しげな表情になる。


「ん?インビジブルを知らないのか?透明化の魔法だ」


「知っている、馬鹿にするな!!」


カゲルが怒鳴る。


「インビジブルの魔法は…!ただ単に体を透明化するだけの魔法で、気配までは消せないはずだ…!お前が気配を消して俺に接近できた理由にはならない…っ!!」


「は…?何を言ってるんだ?」


俺は訳がわからなかった。


「インビジブルは姿だけでなく気配も消せる魔法だろ?」


「…っ…なるほど。手の内を明かすつもりはない、ということか」


カゲルが目を細めて、警戒するようにこちらを見る。


「いや、別に手の内を隠すとかじゃなくて…」


「どうでもいい。どちらにしろ、気配を消して俺に接近した時点で、相当の使い手であることに違いはない…!」


「あぁ…うん」


何だか説明するのも面倒くさくなった俺は、カゲルに合わせることにした。


「それで…?気配を消して俺に接近した目的はなんだ?」


カゲルから殺気が放たれる。


明らかに俺を警戒している。


まぁ、そりゃそうか。


カゲルからすれば、先程の会話も聞かれている可能性が高いだろうからな。


「一応自己紹介だ。俺はアルト。冒険者で、普段はアルトリア家で雇われてるんだが、今日一日に限り、ルーナ王女の護衛をしている。だから…お前をあのパーティー会場に返すわけにはいかない」


そう言ってカゲルの背後の会場を指さす。


「そうか…お前があの時の…」


カゲルから放たれる殺気が勢いを増す。


「どうやらルーナ王女より先にお前を殺す必要がありそうだ」


「だろうな。かかってこい」


俺はカゲルに向かってこいこいと手招きをした。


カゲルの体から魔力の気配がした。


何らかの魔法を使うつもりなのだろう。


「毒殺してやるぜ、冒険者アルト…ポイズン・ハンド!!」


カゲルが魔法名を唱えた。


直後、カゲルの両の手が紫色に染まり出した。







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