第66話
ルーナ王女からの要請があり、ニーナからの許可も降りたので、俺は今日一日ルーナの警護をすることになった。
だが、ここで一つ問題が。
それは俺の本来の目的はニーナの護衛ということだ。
俺がこの場にいるのはニーナの護衛騎士として、だ。
だから、俺がニーナの元を離れるのは不自然だし、ルーナ程じゃ無いにしろ、ニーナの命が狙われる可能性もゼロでは無いのだ。
俺にはルーナを守ると同時に、ニーナの警護もする必要があった。
そのことを二人に伝えると…
「それなら簡単です。パーティーが終わるまで私とルーナ様、それからアルト様の三人で一緒にいればいいのです」
という名案がニーナから出た。
「そうね…私もそれがいいと思う」
ルーナも賛成のようだ。
「ニーナと私は元々仲が良かったし、一緒にいても不思議はないでしょう。アルト。ここからは三人で一緒に行動するということでよろしいですか?」
ルーナが俺に訪ねてくる。
「わかりました。二人を守れるように全力を尽くします」
俺は頷いてそれに同意する。
そんなわけで、俺はパーティーの間中、ルーナとニーナの二人の警護を同時に行うことになった。
「あっ…アルト。食べかすが口元についてますよ」
あれからしばらく。
俺とニーナとルーナ王女は三人で行動しながら、パーティーを楽しんでいた。
常に三人で行動する俺たちを周囲の貴族たちは特に訝しむことはしなかった。
ニーナとルーナ王女は以前から仲が良かったために、二人が一緒に行動する様子に違和感はないのだろう。
この調子なら、俺は今日一日、二人を守り切ることが出来そうだ。
二人の距離が離れてしまうと、流石に両方を守り切ることは不可能だからな。
…そんなことを考えながら食事を楽しんでいると、不意にルーナが俺の口元に手を伸ばしてきた。
白く細い綺麗な指先が、俺の口元から食べかすをつまみ取る。
「あっ…すみません…ありがとうございます」
俺は慌てて口元を拭う。
「捨てますので、どうか…」
そして食べかすをじっと見つめているルーナに手を差し出した。
すると次の瞬間…
「ぱくっ」
「「…っ!?」」
なんとあろうことか。
ルーナが俺から取った食べかすを口に放り込んだ。
そのまま済ました顔でごくんと咀嚼する。
俺とニーナは目を丸くして、その様子を呆然と眺めた。
「ちょ、ルーナ!?お前何してんだ!?」
敬語を使うのも忘れて俺は思わず突っ込んだ。
「る、ルーナ様!?一体何を…!?はしたないですよ…っ…あなたは一国の王女ですよ…!?なのにこんなこと…」
「うふふ。二人とも落ち着いて。どうせ誰も見てやしないわ」
「「…!」」
俺とニーナはグルグルと周囲を見渡す。
ルーナのいう通り、こちらに注目している人物は今の所見当たらなかった。
「「ほっ…」」
俺もニーナもほっと胸を撫で下ろす。
「か、揶揄わないでくださいよ…」
「る、ルーナ様…っ…今後くれぐれもこういうことは…」
「あら。誰も見ていないならちょっとぐらいいいじゃない」
ルーナは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「そ、そういう問題では…見られている、いないに関わらず…常に王女たる品格を…」
「あらいやだ。ニーナ。親友のあなたまで私の周りのメイドたちみたいなことを言い出すのね。いいじゃない。今日くらい。私のための誕生会なのですから、羽目を外したって。それとも何?何かそれ以上の理由があるの…?私がアルトの口元についた食べかすを食べちゃダメな理由が…」
「…っ…る、ルーナ様っ、お戯れを…っ」
「顔が赤いわよ、ニーナ」
「〜〜〜っ」
ニーナが何やら顔を真っ赤にして俯いた。
また二人がよくわからない駆け引きを始めたようだ。
「か、揶揄わないでください、ルーナ様…私は別に…そんな…」
「うふふ…冗談よニーナ。ごめんなさい。あなた反応がいいからちょっと虐めてみたくなっちゃうの」
「ひ、酷い…」
「あははっ。本当にごめんなさい」
そう言ってルーナが快活に笑う。
「もう…」
ニーナは不満げにぷくっと頬を膨らませつつも、ルーナの元気な様子にどこか嬉しそうだ。
俺はそんな二人をどこか微笑ましい気持ちで見守る。
そんな時だった。
「あっ…ぐぅ…う…」
「「…!?」」
不意に楽しげだったルーナの表情から笑みが消えて、苦しげに胸を押さえ出した。
「ルーナ様!?」
慌ててニーナが駆け寄る。
「あっ…苦しい…息が…」
「ルーナ様っ、気を確かに…っ!」
突如苦しみ出したルーナは立っていることもままならず、フラフラと体を揺らし出した。
ニーナがその体を抱きとめて、必死に名前を呼ぶ。
俺は何か異変が起こったのかと、ルーナをよく観察する。
「…!」
見れば、ルーナの首筋あたりから頭へ向けて、紫色のアザがどんどん全身に拡大していた。
「あ、アルト様…っ…ルーナ様に一体何が…っ!?」
困ったようにこちらを見るニーナに、俺は言った。
「毒だ。遅効性の毒を誰かが仕込んだんだ」
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