第52話


ミノタウロスの討伐を終えた三日後。


俺は騎士のために用意された宿舎で体を休めていた。


昼下がり。


ドンドンドン、と扉を勢いよく叩く音がする。


「なんですか…って、カイル!?」


ドアを開けると立っていたのはカイルだった。


ここまで走ってきたのか、ぜぇぜぇと肩で息をしている。


「どうしたんですか?俺のところにわざわざ訪ねてくるなんて」


俺に用があるのなら従者を使って屋敷に呼び出せばいいのに。


そうしなかったということは、何か余程の事情があってのことだろうか。


「あ、アルト…!大変なことになってしまった…っ!!」


カイルが俺の服を掴みながらいう。


「な、なんですかっ!?お、落ち着いてくださいっ」


「落ち着いていられるかっ…ニーナが…私の可愛いニーナが攫われてしまったっ…!」


「ええっ…!?」


「今朝、市場へ買い物に行くというから騎士を二名つけたのだが…隙をついて男たちがニーナを攫ってしまったらしいのだ…っ」


「そ、それは…」


護衛の意味がない。


騎士は何をやっているんだ。


「助けてくれ、アルトぉ…放っておくとニーナがどうなるか…」


「落ち着いてください、カイルさん。貴族の娘を攫う事件は、大半が身代金目的でしょう?ニーナをすぐには殺したりしないはずです」


「そ、それはそうだが…」


「安心してください。俺が必ず助け出しますから…!」


「本当か!?」


「ええ…それで、カイルさんは屋敷に残っていてください」


「な、なぜだっ、私も捜査に協力して…」


「いえ、攫った側から何かしら連絡が来るかもしれません…身代金目的なら、十中八九、使者が送られてくるでしょう…カイル。あなたの役目は出来るだけ渋って交渉を引き伸ばすことだ。その間に、俺がニーナの居場所を突き止めます」


「わ、わかった…!しかし、居場所を突き止めるのはどうするのだ?」


「安心してください。こういう時に便利な魔法があるんです」

俺の頭の中にはある特定の個体のモンスターを探すときなどに使う魔法が思い浮かんでいた。




ニーナが攫われたという報を受けた俺は、まず屋敷へと赴き、あるものを手に入れた。


それから、攫われたニーナを取り戻すために街に出る。


「この魔法は久しぶりだな…」


がむしゃらに探していても、ニーナの居場所はわからない。


俺は手っ取り早く居場所を突き止めるために、ある魔法を使うことにした。


「サーチ!!…さて、ニーナ。いったいどこにいる…?」


使ったのは探索魔法を呼ばれるサーチ。


対象の関連物から、対象の位置を割り出す魔法である。


「ニーナの髪止め…これでニーナの居場所を突き止める」


俺の手の中には屋敷から持ち出したニーナの髪留めがあった。


これとサーチの魔法を組み合わせることで、ニーナの場所を特定することが出来る。


「こっちか…」


サーチの魔法が、ニーナの居場所を指し示してくれる。


俺は小走りに、雑踏の中を走ってニーナの元へと向かった。



「ここか…」


サーチの魔法を使ってたどり着いたところは、一見の古びた建物だった。


文字のかすんだ看板が立てかけてあるのを見るに、前は飲食店だったらしい。 


廃業した後、誰もここを買い取らずに、そのまま寂れたと言った感じか。


俺は建物の中へと足を踏み入れる。


傷んだ床がギィと音を立てた。


俺はなるべく静かに、人の気配がする奥の部屋へと向かっていく。


「へへへ…こりゃ上玉だ…」


「そのまま奴隷商人に売り飛ばすなんてもったいねぇ…先に俺たちで味見しなくちゃな…」


「いやああああっ!話してくださいっ!!」


ドアの奥からニーナの悲鳴が聞こえてきた。

間違いない。


ニーナはこの中にいる。


「おらぁっ!!」


俺はドアを思いっきり蹴り飛ばした。


「なんだぁ!?」


「うおっ!?」


中にいた男たちが俺の突然の乱入に驚いた声を出す。



人攫いの人数は全部で三人。


全員がいかに元いった顔つきであり、それぞれ腰に剣を携えている。


また彼らの中心では下着姿のニーナが、体を抱えるようにして蹲っていた。


「…っ…てめぇら、ニーナによくも…」 


ふつふつと俺の中に怒りが湧いてくる。


「なんだぁ、テメェは」


「まさか追手か…!?」


「どうやってここがわかった!!」


男たちが剣を抜いて迫ってくる。


「あ、アルト様…!」


俺に向かって手を伸ばすニーナに、俺は頷く。


「大丈夫です。俺が来ました。すぐにこいつら全員倒すのでちょっと待っていてください」


「こいつっ!!」


「調子に乗るなよっ!!」


「ぶっ殺すっ!!」


俺の言葉に逆上した人攫いたちが飛びかかっていく。


俺は静かに抜刀して、男たちを迎え撃つ体制に入った。



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