第10話 起こった最悪は忘れない
たまたま見覚えがある文字を見ただけ。
そう思ってるのに呼吸も荒くなってくる。
これ以上は体調が悪くなりそうなのに、部屋の中へ進む足が止まらない。
大して広くない室内は、埃まみれ。
そんな状況だけど見ただけで分かる、血の跡。
吐き気に気付き、慌てて廃屋を出る。
何もしてないのに息が上がってる。
苦しい。
汗も止まらない。
「う……」
あまりにも気持ち悪過ぎて、その場にうずくまる。
背中がゆっくりとさすられる。
「坊っちゃん大丈夫かい?」
顔を上げると、30代くらいの渋めの顔つきをしたおじさんが俺の元に駆け寄って来てた。
「すみません。ありがとうございます」
「良いって事よ」
しばらくして落ち着き、立ち上がる。
おじさんは廃屋をジッと見る。
「中、酷かったろ? だが敢えて取り壊してねえんだ。忘れねえ為に」
「何か……あったんですか?」
おじさんは何も言わず、目を閉じた。
間違い無く何か知ってるんだろう。
「この町で起こった最悪な事件だった。自分の子に、ひでえ虐待をしてる親がいてな」
ノーザン……虐待……。
俺自身の体の異常なまでの反応。
「後々、何かに操られてる事が分かってな。だが、夫婦は既に手遅れだった。あの家で処刑が行われたんだ」
「その子供は……どうなったんですか?」
「幸い大丈夫だったよ。心にでっけー傷を作っちまったがな」
間違い無く転生する前の俺だ。
「そいつを酷く後悔した奴が、今のシステムをたった2年で作り上げちまうんだから驚きだがな」
「因みに、その人とは?」
「この町の傭兵ギルド長。口調汚きお嬢様。エイリス・ヴァシュトールだよ。覚えときな。坊っちゃん」
俺の頭をポンポンと叩き、どっかへ行く。
「気分が良くなったみてえで安心したぜ。じゃな」
おじさんはそのまま去って行ってしまった。
ここに来る前の俺に、以前の記憶は無い。
だけど体は拒否反応をして覚えてる。
それに。
傭兵ギルドへ走って戻る。
エイリスは事務所にいるとアユムから聞き、ノックもせずにいきなり開ける。
「失礼でやがるわね。ノックもばばあは教えやがらなかったの?」
着替え中……なんて事も無く、エイリスは書類に目を通していた。
肩でする呼吸を整える。
「何か用でやがるの?」
「俺と分かってここに呼んだんですか?」
手を止め、俺を見るエイリス。
「能力があれば誰でも引き入れてやるって聞いてやがったわよね?」
「町外れの廃屋を見たんです。ノーザンと書かれた」
書類を置くエイリス。
「逆に質問してやるわ。君はどこまで覚えやがってるの?」
「何も覚えてないです」
「じゃあ、誰かから聞きやがったのね。その話は」
「あ、はい。おじさんに」
「口が軽いじじいに心当たりがありやがるから、それは置いてやるわ」
「それで、どうなんですか?」
「たった2人で巨大オーガを倒しやがったからその能力を引き抜いてやった。それだけでやがるわ。どうやって立ち直りやがったかも聞かない。それだけでやがるわね」
本当に能力だけを見られて俺はここに来た……みたいだ。
隠し事をしたってあんまり意味が無さそうだし。
「因みに、ステラはこの事を知ってるんですか?」
「事件に関わってない人間に教えてやるような趣味がありやがると思ってるの? アユムも知らないでやがるわ」
知らない……よなぁ。
知ってたら俺がここに来る事に反対しそうだし。
「私は君の能力を認めてやってる。そして君は傭兵を志望しやがった。今ある事実はこれだけでやがるわ。話は以上でやがるの?」
これ以上は何も無いとでも言いたげに、エイリスは書類を見始める。
「私からも質問してあげるわ」
出て行こうとする俺をエイリスは呼び止める。
「何でしょう?」
「君、魔法は本当に使えないでやがるの?」
「あ……はい。拳だけでやってくつもりです」
「分かったわ。もう出て行きやがって良いわ」
本当はもうちょっと聞きたい事があったけど、多分教えてはくれないだろうな。
俺の話じゃないけど、どうにも他人事とは思えないんだよなぁ。
これ以上聞けない話を気にしてもしょうがない。
明日から頑張ろう!
行くぞー! おー!
1人円陣( やってみたかった )をした。
ちょっとだけ悲しい気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます