第6話 ミドルカーフとオーガ
ステラによる直々のレッスン(と言う名の模擬戦)を始め、1月位が経った。
今日はステラが外に用事があるという事で、孤児院の漁を手伝っている。
10㎝位の魚なら割と素手でも捕まえられたのには驚いた。
大型の魚は銛を使って捕っていく。
いつもは畑仕事を手伝うけど、水中で何分位息が続くかを試したかったためだ。
時間にして大体7分位。
現実世界ならぶっちぎりのギネス記録になるような時間だなぁと実感する。
しかも実際に動いての時間だ。
魔法には色んな魔法があるってステラが言ってた。
だからこう言う状況での試合とか戦闘があるかもしれないし。
そんな事を考えながらも、黙々と漁をする。
漁も結構楽しい。
自分で自分の生活を確保できてるって実感が湧く。
「フェルマー楽しそうだね」
今日はマイルも漁を手伝いに来ている。
マイルも自分の夢を決めたらしく、個別に指導を受けているらしい。
2人とも、今日の指導が無くなり、こうして一緒に働くのは久し振りだ。
チェストに捕った魚を入れて行く。
「マイルこそ、明るくなったよね」
「そうかな?」
「うん。活き活きしてる」
マイルは恥ずかしそうに頬をかく。
「フェルマーのお陰だよ。刺激を貰えたからね」
ちょっと嬉しかった。
共に高め合える仲間がいるって実感が、心折れずにモチベーションを保てる秘訣の1つだ。
「でもさ、今日は大人の人が少ないよね」
「そう言えばそうだね。どうしたのかな?」
ステラが外出する事は滅多に無い筈。
「早めに切り上げるようにも言ってたみたいだよ」
マジでただ事じゃなくないか?
とりあえず切り上げて戻った方が良いかもしれないな。
俺はマイルと頷き、せっせと仲間に呼びかけて片付けを始めた。
ゴゴゴゴ。
地震のような揺れ。
今までにこんな事は無かった。
「この辺って地震多かったっけ?」
「ここに来て初めてだよ」
だよな……。
場所的に、孤児院の敷地入り口辺り。
危険かもしれない。
けど、何が起きたか誰も知らないまま最悪の事態になるのだけは避けたい。
転生前の事を思い出す。
あの時、助けた女の子は助かったんだろうか。
同じように死ぬかもしれない。
なんて事は不思議と思わなかった。
格闘技をやっててこんな状況を放置するなんて最低の人間のする事さえ思ってる。
「様子を見に行こう。誰も状況を知らないのは危険だよね」
マイルの返事も待たずに俺は音がした方へ向かう。
無理矢理になぎ倒された木々。
抉れた地面。
低い唸り声。
砂埃で大きさは見えないけど、3m位はあるんだろうか。
壊された孤児院の門に、倒れた門番。
状況が全てを説明していた。
物凄いスピードで振って来た何かを、距離を取って避ける。
発生した風に、シルエットが明確になる。
グゥゥゥゥゥ。
眼光が俺を捉える。
太り気味の緑色の肢体。
その癖に足が比較的細い。
大きな棍棒。
RPGに出て来るような典型的オーガが5~6体はいるだろうか。
問答無用に振り下ろされる棍棒を避ける。
体格差が俺の倍位ある。
スピードは遅そうだけど、建物内に逃げたところで建物ごと壊しに来るだろう。
でも、棍棒を振り下ろしてから次の攻撃までに時間がある。
こっちは現状俺は拳に布を巻いてない。
だとすればダメージを受ける可能性があるからパンチはあまり多く打てない。
それなら。
別のオーガが棍棒を振り下ろす。
それを間一髪で避け、前進する。
「フェルマー危ないよ!」
マイルが追い付いてきたようだ。
でも。
太い胴回りに対して細い脚。
ふくらはぎの下に思い切り蹴りを入れる。
別のオーガの攻撃を避け、ひたすらにふくらはぎを狙う。
そして距離を取る。
今度は横向きに棍棒を振って来るけど、棍棒の距離はほぼ把握できた。
ふくらはぎの同じ箇所に蹴りを入れる。
こうしてオーガの脚に蹴りを入れまくっていく。
攻撃を距離を取ってかわす。
グ……グゥ!?
オーガの1匹が棍棒を杖代わりに動けなくなっている。
よし。
やっぱり効いたな!
体格とスピードを見て、足が弱点でしかない。
しかもこの体格差ならミドルキックでふくらはぎを狙える。
思った通り、蓄積されたダメージが足を完全に潰した。
「す、凄いよフェルマー……」
でも、倒せないなぁこの状態だと。
剣や魔法でなら倒せるかもしれないけど、どうするか……。
ステラ達が帰って来るのを待ってても、オーガが仲間を連れて来るかもしれない。
「大気の水を凝縮し、全てを止め給え」
後ろを見ると、マイルが祈る格好で詠唱をしていた。
「アイス」
マイルが唱えた魔法によって、脚を潰したオーガが丸ごと氷漬けになった。
おお、すげーな……。
「フェルマー、動きを止めてくれたら僕が凍らせるよ! 出来る?」
言ってる傍からマイルは笑ってる。
アドレナリンが余計に出て来る。
仲間がいるって確かな感覚に、勇気が湧いて来る。
「もちろん!」
棍棒攻撃をかわし、オーガに突っ込んでいく。
ひたすらオーガの脚を潰し、マイルが魔法で氷漬けにする。
動きまくったために来る疲労で、たまにオーガの攻撃が掠る。
それもマイルがヒールによって癒してくれる。
最後の1匹のオーガの脚を潰し、氷漬けのオーガの山が残る。
はぁ……はぁ……。
膝をつく。
ホッとしたらドッと疲れが押し寄せる。
マイルも疲弊していたようで、座り込んでいた。
とりあえず、これで大丈夫そうだ……。
ゆっくりと立ち上がり、マイルの傍に座る。
「マイルがいなかったらダメだったよ。やっぱり魔法を覚えてたんだね」
「うん……。 僕には動く事はきつそうだったから。魔法をってずっと思ってて」
たった2人でも夢を目指せば、大きい力になるんだなぁ……。
実感が湧いて来る。
無言で2人、拳を合わせる。
ズーン。
さっきとは比べ物にならない程の揺れに、ハッと起き上がる。
グゥゥゥゥ……。
な、何だ……?
体格は同じ。
だけど倍ほどの大きさのオーガがいた。
い、いつの間に……?
立ち上がるけど、疲労は隠せない。
しかもでかすぎる。
こんなモンスターが近くにいたなんて……。
どうする?
汗が滴り落ちる。
「フェルマー、ここは僕が何とかするから休んで回復して」
よろよろのマイルが俺の前に立つ。
そんな事出来る訳が無い。
マイルの前に立つ。
「足止め位なら出来るかもしれない」
「僕もそれが限界だと思う」
グオオオオオオ!
信じられない程の速さの棍棒が振り下ろされる。
マイルを庇って転がるのが精一杯の速度。
疲れてなければ避けれたとは思う。
言い訳にもならない事が頭を過ぎる。
オーガが棍棒を再び振り上げる。
ある程度の知能に驚きを隠せない。
背筋を悪寒が走る。
明確な死を覚悟した。
「天の力よ集結せよ。全てを焼き尽くし給え」
詠唱が聞こえて来る。
この声は……。
遠くに雷を纏った誰かがいるのが見えた。
次の瞬間、オーガが真っ二つになっていた。
それだけじゃない。
氷漬けになってたオーガの群れも粉々になっていた。
声も無く崩れるオーガを背景に、レイピアに雷を纏ったステラが剣を収める。
はっや……。
何m離れてたのか分かんないけど、あの距離を一瞬で詰めたのか……。
とんでも無いな……。
意に介した様子も見せず、ステラは俺達の元へやって来る。
「フェルマー! マイル! 無事ですか?」
即座にステラは魔陣札(魔法陣が書かれた札をそう言うらしい)を取り出し、即座に俺達を回復してくれる。
「これだけの巨大オーガ、オーガロード相手に何て無茶を……」
「足を潰してやったので、マイルと合わせて何とかなりました」
「ごめんなさいステラ……」
盛大にため息をつくステラ。
戻って来た他の支援隊によって門番は意識を取り戻していた。
「幸い、死者はいませんでした。不幸中の幸いです」
無茶はしちゃったけど、俺達が何とかしてなかったらって思うと行動して良かった。
とりあえず怒っては無いみたいだ。
体力が全然無い。
体力があったら危ない目に逢う事も無かっただろう。
反省材料だ。
晩ご飯を食べたら反省会だ。
~傭兵ギルド~
各町には、必ず傭兵ギルドと魔術ギルドが存在している。
傭兵と魔術師が互いに寄り合い討伐専用のパーティを組み、モンスターの巣窟やモンスターを討伐するためだ。
そんなギルドの執務室に、エイリス・ヴァシュトールはいた。
彼女は女性ながらも傭兵ギルドの長を務めている。
エイリスは資料を見ていた。
封印が破られたモンスターの洞窟に関する報告書だ。
「誰がこんな事をしやがったんでしょうか」
丁寧なのか汚いのか分からない言葉を呟き、エイリスは伸びをする。
ノックの音が鳴る。
「失礼します」
入って来たのも女性。
名前はアユム。
アユムはエイリスの補佐だ。
要はこの傭兵ギルドにおいて2番目に偉い地位にいる。
「エイリス。一応捜索隊の派遣は要請しましたが、明日になるでしょう。取り急ぎ封印が破られたノースラズリの洞窟は冒険者用の緊急クエストとして張り出してはありますが、どの程度危険なのかは何とも」
「お疲れでやがりますわ。アユム」
「イラっとさせる喋り方はいい加減止めて下さい。 ……それはそうと、ノースラズリの孤児院周辺に出没した巨大オーガは無事鎮圧されたそうです」
「あの辺りはばばあ(ステラの事)がいやがるから大丈夫でしょう」
イライラを抑えつつ、アユムは切り出す。
「いえ。それが報告によれば倒したのはステラではないそうで」
「通りすがりの冒険者とでも言いやがるのかしら?」
「孤児院の子供が大半を倒した……ようです。オーガロードには流石に太刀打ちできなかったようですが」
エイリスの視線がアユムに向く。
「子供? 何かの間違いでやがるか、ばばあが何か仕向けやがったみたいね」
「ええと名前は……マイル、ノーザン・フェルマーの2名のようです」
「ノーザン……フェルマー……でやがるの?」
「はい。それが何か?」
「巨大オーガを……」
「それで、どうしますか?」
エイリス嫌そうな表情で立ち上がる。
「ばばあと顔を合わせるのは癪でやがるけど、直接会ってやるのも悪くないでやがるわね」
文がおかしい事を喋ってる間に満更でもない表情に変わっていくエイリスを見て、アユムは再びイラっとした。
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