準備室に住むひと、

青田あか

第1話 出会

「「え」」

私と目の前にいる少年は、そう声を漏らした。


ここは私の通う高校。普通なら、歳が同じくらいで制服を着た男子がいる事なんてなにも驚く事ではない。

ただ今は状況が違う。何年も開かないと噂されていた扉の奥に、少年がいたのだ。


瘦せたその少年は私をじっと見つめた。

肌は白く、鼻筋はスッと通り、無気力な感じのする二重の目。美少年だなと思った。

サラサラのその髪は手入れが行き届いていない様子で、きっと髪質がこうじゃなかったら無造作にはねているんだろうな、とどうでもいい事を考えた。 

色素が薄く吸い込まれそうなその瞳を見つめ返す。

少年からは、何の感情も感じられない。

そうしていた時間は僅か数秒で、私は

「何してるんですか」

と声を掛けた。

初対面の人に接する態度とかけ離れた、低い声が出た。

「これ秘密にしてください」

少年は抑揚のない声で返す。

全然質問の答えになっていない。


ここのドアって、針金とかで頑張ったら開いたのかな。この人はここに忍び込んで授業をサボってるんだろうな。

ドアを背に立っていた私はそのまま手をドアノブにかけ、少し引いた。

暗い室内に美術室の蛍光灯の光が入る。

眩しそうな目をする少年は座り込んだまま動く様子もない。


次の授業が始まる時間が近づく。

私は関わる事をやめようとドアに体を滑り込ませた。

「お願い、鍵を返して」

少年が立ち上がる。

私よりも背の高い彼は、さっきよりも強い声でそう言う。


私はさっき拾った鍵を握りしめる。

ずっと開かないと噂されていた美術準備室の扉。その鍵を見つけたのだから先生に渡すのが妥当だろう。


「お願い、返して」

少年が手を差し出す。

背も高いし、3年生の先輩だったらどうしよう。でもここでサボっている人に鍵を渡すのっておかしい。そんな柄でもない癖に、真面目な私がゆらりと姿を現す。そのせいでぐるぐると考えが巡り、次第に手汗で鍵が湿りだす。

少年は私から目を離さない。

私は足元を見つめている。


痺れを切らしたのか少年は

「それ返してくれたらここにまた来ていいから。君がノックしたら開けてあげる。ただ誰もいない時にしてね」

と左手首を触りながら一気に言い切った。

頼んでいるのはそっちなんだから、前で手を組んで言うものじゃないでしょう。

返して、と手を突き出しているのもだるいって言うの?

そんな彼はやっぱり先輩なのだろうか。

なんだか切羽詰まった様子の彼を見て、鍵の交渉は次に来た時でいいか、という結論に至り、私は大人しく鍵を差し出した。

チャイムが鳴り始める。

私はドアをすり抜け走って教室に帰った。

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